第131話 ハロウィン その9

 転移魔法の原理を知っているマールはこの魔女の言葉に納得出来ず、すぐに抗議する。魔女はそんな哀れな少女を見下ろすと、呆れたような表情を見せた。


「戻りたいならやってみればいい。納得するまでな」


 その言葉に触発されて、マールは勢いよく起き上がる。そうして、早速習得したばかりの魔法を発動させようと気合を入れた。


「ふんぬうううううう!」



 その頃、マールが消えた現実世界では、なおと先輩が必死になって捜索を続けていた。彼女が行きそうな場所を何ヶ所も当たって、周りの人にも聞いて――。

 それでも有効な情報は何ひとつ手に入らなかった。効率を考えて2人はバラバラに探していたものの、情報共有のために一旦合流する。


「いたか?」


「いえ、どこにも!」


「マズいな、こんな事は初めてだ」


 いつもは余裕ぶっている先輩も、この異常事態には流石に焦りが顔に見えていた。出来る事は全て試してそれでも成果は得られず、他に何も思いつけなかったなおはここでもっと優秀な人の助けを借りるべきだと先輩に提案する。


「あの、部長さんにも連絡して……」


「いやダメだ!私達のミスは私達でケリをつける!」


 どうやら先輩は部長に泣きつくのが恥だと思っているのか、飽くまでも自分達でこの不始末のケリを付けたいようだ。そう言う妙なプライドのないなおは、当然この先輩の決断に納得出来るはずがなかった。


「で、でも……」


「泣き言は後!もう一度探すよ!」


 先輩の強い言葉の圧に押し切られて、結局なおは自分の意見を引っ込めざるを得なかった。そうして探索は続けられたものの、結局その日は何の手がかりも得る事は出来なかった。



 魔法結界の中では、何度も転移魔法で脱出を試みるマールの姿が。

 しかし、彼女がどれだけ気合を入れてもその望みが叶う事はなかった。


「あれ?何で?」


「まぁここでは時間の流れが違うからな。ハロウィンの時には出口も開く、それまで待て」


 この結界の事を知り尽くしている魔女は、そう言ってマールを慰める。つまり転移魔法での脱出は不可能と言う事らしい。この事を経験で学んだ彼女はやる気をなくし、その場にぺたんと座り込む。

 そうしてしばらくは何もする気もなくぼうっと放心していたものの、今度はこの空間の存在自体について好奇心がむくむくと盛り上がり始めた。自分の心が抑えきれなくなったマールは、座り込んだままこの結界の住人にその答えを求める。


「あの……この魔法結界って何のためにあるんですか?」


「この島全土を守るためだ」


「それって、外が危険って事?魔法壁で守ってるのも……」


 マールは魔女の言葉から、そうしなければいけない理由を想像した。さっきまでの行動からこの珍客の事を見くびっていた魔女は、意外と普通の思考も出来る事を知って軽く感心する。


「ああ、お前それなりに頭が回るんだな」


「バカにしないでくださいよ」


「はは、それは悪かった」


 こうして少しずつ打ち解けあえるようになって、少しずつ会話は弾んでいった。ただ、基本的にはマールからの質問の一方通行。魔女の方はこの来客にそこまで感心がないのか、自分から質問をする事はほとんどなかった。

 その事はマールにとってはとても居心地が良く、どんどん調子良く口が動いていく。魔女もまたどんな質問にも嫌がる事なく答えていく。こうして魔法結界は住人が1人増えた事で結構な賑やかさになるのだった。


「魔女さんはいつからここに?それと、他に人はいないんですか?」


「いつから、か。正確にはどれくらいかはもう分からん。ただ、ハロウィンは200回ほど通り過ぎたかな」


「200年も1人で?」


 魔女の言葉にマールは絶句する。200年を1人と言うだけでも気が遠くなるのに、その時間を過ごすのがこの結界内。自分だったら到底耐えられないと彼女は想像を膨らませた。その呆然とする表情を見つめながら、魔女は誤解を解こうとこの魔法結界についての説明をする。


「この結界内だと時の流れは早い、外の時間の流れと同じ200年を過ごしている感じではないな。それとこの空間は基本1人しかいられない」


「え?じゃあ私がいるのって」


「気にするな、そんなすぐに限界が来る訳じゃない」


 結界の説明を聞いたマールはそこでハロウィンの噂を思い出し、その噂とこの状況を合致させた。


「……もしかして、生贄みたいなものなんですか?」


「は?違う違う。私は自ら選んで、そうして結界に選ばれてここで務めを果たしているんだ。お前もいつか分かる」


「え?なんで?」


 魔女の最後の一言が理解出来ず、マールは思わず聞き返した。キョトンとしている彼女の顔を見ながら魔女はニヤリと笑う。


「お前も後継者候補の1人だからだ」


「え?なんで?」


「この結界内に入れたのがその証拠だろう?」


 確かにマールは結界内にこうして入り込んでいる。それは魔女のしるしの影響下にあったせいなのだけど、そのしるし自体が選ばれた人にしか許されないもの。つまりはその資格があったからこそ、こう言う状況になったと言う事になる。

 現在の島の守護者である魔女に見つめられながら、それでもマールはその役目は自分には向かないと、その理由を不満そうに口にした。


「私ずっと1人だなんてやだ」


「ふふ、今はそれでいい、今はな」


 魔女は口を尖らせている彼女をどこか羨ましそうに眺めていた。それからも会話は続き、マールは魔女の事を少しずつ知っていく。名前がラウダと言う事。前任者から役目を引き継いだのが21歳の頃だった事、同じように結界で守護をしている魔女が他にもいる事、今のところは特に何の問題も起きていない事――。

 色々知っていくと更にもっと知りたい事が生まれ、好奇心の膨張は止まらない。彼女はどんどん質問を続けていった。


「ラウダさんは私のご先祖様なんですか?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるな」


 今まではっきりと答えてくれていた魔女は、ここで初めて曖昧な返事を返した。その予想外の答えにマールは困惑する。


「え?」


「私は子を残していないからな」


 ラウダはそう言うと少し淋しそうに笑った。その表情から色んなドラマを想像したマールは質問の方向を変える。


「いつまでこの務めを?」


「この結界に耐えられなくなった時だな。その時は継承者候補の中から次のお役目を決める事になる」


 きっとこのお役目は普通の人には耐えきれないくらいの過酷なものなのだろう。そう想像したマールは自分の希望を口にする。


「それがずーっと先である事を願います」


「はは、私もそう願っているよ」


 この魔女の言葉がが本音なのか冗談なのか分からないまま、それからも会話は続いていく。趣味とか、苦手な事とか、好きな食べ物とか……。最初こそ一方的に質問していたマールも話し相手の事が理解出来ていくに連れ、自分の事も積極的に話すようになっていた。2人は何となく息が合ったのか、楽しい会話は途切れる事なく続いていく。

 それでもやはりいつまでもこの状況が続く事に不安を覚えないはずはなく、マールは会話が途切れたところで思いっきりため息を吐き出していた。


「はぁ、それにしても私、いつまで……」


「ほら、光が見えてきたぞ」


「えっ……」


 魔女が話の途中で急に結界内のある一点を指さした。マールはその方向を見て目を疑う。最初こそ空間のほころびから光が漏れ出したような小さな点でしかなかったその光点が、あっと言う間に大きく広がってきたからだ。

 急激に広がった光はこの魔法結界内の全てを満たして、マールはあまりのまぶしさに顔を手で覆った。

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