第130話 ハロウィン その8
返事が返って来なかった事で事情を察したなおは、それを責める事もなく優しい微笑みを浮かべる。
「じゃあ、明日また聞いてみましょう」
「う、うん。明日は忘れないよっ」
こうしてひとつの話題は終わり、また沈黙がやってきた。何となくマールから話題が切り出せない雰囲気の中で、再度彼女が疑問を口にする。
「そう言えば、あの部室には特別優秀な人か直系しか入れないって事でしたけど、だとしたらしずるちゃんもそうなるんですよね」
「ま、偉い人のご先祖様はほぼ全員直系になるんだよ」
フォースリンク諸島で地位のある人の家系を遡ると、直系と呼ばれる最初の魔法使いの血統に辿り着く。これは島民なら誰もが知る事実だ。新しい島の知識を仕入れたなおは、改めて隣を歩く友人の顔を興味深そうに見つめた。
「マールちゃんもそうなんですか?」
「うん、ウチも昔は結構偉かったみたい。いつの間にかみんなと同じような感じになっちゃったけどね」
「人に歴史ありですね~」
その言葉を聞いた2人は顔を見合わせてクスクスと笑う。そうして時間は明るい雰囲気のまま過ぎていった。
次の日の放課後、転移魔法の習得で監督としてやってきた先輩に対して、リベンジとばかりにマールは儀式の間についての話の続きを催促する。いきなり至近距離で迫られたために先輩は一瞬引いたものの、すぐに昨日の事を思い出してマールをまず適切な距離に戻した後に話を始めた。
「そう言えば話の途中だったっけな……。あれは日があるんだよ。儀式が行われるのは魔休日の日だな。後はハロウィンの当日だ」
「へぇぇ……」
魔休日とは空気中に漂う魔法の源であるマナの力の弱まる日で、大体10日に1回くらいの周期で訪れる魔法の休日の事。この日は普段より魔法の力が発揮されない。そのため、多くの魔法使いはその日を休日として定めている。
先輩の話によれば、その魔休日の日に儀式の間はその本来の役割を果たすらしい。魔術研の部室はその時に行かないと意味がないのだとか。後、特別校舎の部室は儀式専用のもので、普段の魔術研の活動はまた別の場所で行っているとか何とか。
そんな話を一通り話しきった後、先輩はそこで行われる儀式そのものについての所見を口にする。
「でも実際つまんないぞ?」
「先輩は参加したんですか?」
まるで実際に体験したかのようなその口ぶりにマールが質問すると、先輩は少しバツが悪そうに視線をそらした。
「いや、参加者の話を聞いただけだけど」
「生贄とかは……」
この流れなら言えるとばかりに、マールは勇気を出して一番聞きたかった事をここで口にする。ただし、段々と小声になってしまい最後までハッキリとは言い切れなかった。
先輩はその悪質な噂を速攻で否定する。
「ばっかそんなのする訳ないだろ。どこでそんな話になったんだよ」
やはり噂は根も葉もないものだと分かり、マールは胸をホッとなでおろした。それから、自分達が頑張った成果を思い出して願望を口にする。
「でも折角しるしを得たんだし、儀式にも参加してみたいなあ」
「資格持ってたらフリーパスだよ。好きにしな」
先輩はそう言ってマール達の背中を押した。この言葉に勇気をもらったマールは、更にやる気をみなぎらせる。
「じゃあ正式部員の資格も今から取るから!」
「おお、やってみな!」
発破をかけられた形になって、マールは気合を込める。
「ぬおおおおおおおっ!」
「気合い入れ過ぎだバカ。もっと力を抜けよ」
先輩はそう言ってマールの背中を軽く叩いた。その軽い刺激がいいアクセントになって、今度は上手く力を抜く事に成功する。
「そうだよ、それでいい。後は行きたい場所をイメージして、飛べっ!」
こうして力の加減をつかめたマールは、先輩の言葉に合わせて強く行きたい場所をイメージした。その瞬間、転移魔法のエネルギーが彼女を包み込み、そうして姿がパッと消える。
マールの姿が消えた事を確認した先輩は、それをまるで自分の事のように喜んだ。
「おおっ、成功だ!」
「でもどこ行っちゃったんでしょう?」
ずっとその様子を見守っていたなおは、ここで素朴な疑問を口にする。転移魔法は本人の行きたい場所に瞬間移動する魔法。行き先はその本人にしか分からない。
しかも初めての転移魔法の場合、そのコツが掴めずにおかしな座標に転移してしまう可能性も低くなかった。
事前に転移魔法が成功した時の事を特に決めていたなかったため、転移先でマールがどうなっているのか、その後この小屋前に戻ってくるのかさっぱり分からない。
念のためにと携帯に連絡を取ろうとしたところ、電波の届かないところメッセージが返ってきて、更に遠隔テレパシーでも居所が掴めない事態に発展してしまい、流石の先輩も気が動転し始める。
「……これはヤバイかも知れん」
「さ、探しましょう!」
この突然の転移魔法トラブルに、なおと先輩は自分達に出来る範囲での探索を始める。まずは学園内をぐるぐる回ったものの、何の手がかりも得られず、2人は途方に暮れてしまった。
転移魔法は原理的には過去にその人が訪れた場所ならどこにでも移動出来る魔法だけれど、消費魔力も距離に比例するので、今のマールの魔力ではそこまで遠出は出来ないはずなのに……。
で、その頃、当のマール本人はどこに行ったのかと言うと――。
転移魔法を発動させた彼女は、謎の魔法空間の中をふわふわと漂っていた。その内に強力なエネルギーに引っ張られて、不思議な部屋に迷い込む。そこでマールは、改めて今の自分の状態を確認しようと辺りをキョロキョロと見回した。
「あれ……っ?」
一連の流れの中、転移魔法発動後からずっと混濁していた彼女の意識は、その部屋に辿り着いた事でようやくハッキリしてくる。マールはこの空間に来る事を望んで飛んだ訳ではない。彼女はなおと同じく魔法召喚部の部室に飛ぼうとしていたのだ。
魔法の成功で望みの場所に飛んだはずだったのに全然予想していなかった謎の場所に辿り着いてしまい、当然のようにマールは困惑する。
取り敢えずはこの場所がどこかを知るために気配を探っていると、背後で少し前に耳にした印象的な言葉が聞こえてきた。
「ふむ、よく来たな」
振り向いた彼女が目にしたのは、魔女の許しの儀式で目にした半透明の魔女の姿。この空間での彼女は、ハッキリとした実体を持っている。まさかこんな場所で出会うとは思わなかった事もあって、マールはつい大声を上げてしまった。
「ええーっ!」
それからマールは魔女の側まで近付いて、自分がこの場所に来た経緯を語る。望んでこの場所に来た訳でない事が分かると、魔女は分かりやすくがっかりとしたリアクションを取った。
「何だ、自らの意思で来たのではないのか。つまらん」
「ここ、どこですか?」
「魔法結界の中だ。お前にはここに来る素質があったのだろう」
魔女のその言葉を聞いた彼女の頭の中で、幾つものはてなマークが浮かぶ。
「えっ……?確か転移魔法って行った事のない場所にはいけないはずだったんじゃ……」
「私がしるしを授けたからな、その影響だろうよ」
「ああ……っ」
大体の事情が判明してマールは魔法結界内の床に手をついた。どうやら転移魔法と魔女のしるしの力が相互作用を起こしてしまい、それで彼女はこの空間に引き寄せられてしまったらしい。
落胆するマールを見た魔女は、その心の内を読んで先に忠告をする。
「戻りたいのか?無理だぞ」
「嘘……?だって転移魔法で来たんだよ?それなら……」
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