第121話 収穫祭 その9

 勝手に決められて誰も怒らなかったのは、それ以外に選択肢がないと言うところも大きかった。注文も済んでしまったので、後は料理が出てくるまで待つばかり。そこで待ち時間の間に雑談が再開される。

 まずは、なおがこのお店の雰囲気について話し始めた。


「落ち着いたいいお店ですね」


「収穫祭のお昼時だし、もっと混んでるのかと思った」


 この客席の混み具合について話したのはマール。この疑問にミチカは彼女なりに考えた理由を口にする。


「ここ、メインの会場から離れてるでしょ。だからだよ」


「よくこんなお店知ってたね」


 話しついでにマールはこの店を知っていた事についても言及。この当然の展開にミチカは満を持してネタばらしをする。


「実はここのシェフ、お父さんの知り合いなんだ」


「ああ、そう言う……」


 大体の事情が飲み込めて彼女が納得していると、ミチカはこのお店についての思い出話を語り始めた。


「ちっちゃい頃はただで食べさせてくれたんだけどねー。今は融通効かなくてさぁ」


「いや、小さい頃はともかく、今はもうダメでしょ」


 ここでずっと黙っていたエーラが我慢出来ずにツッコミを入れる。そうして4人は軽く笑いあった。そんな感じで雑談を続けていると、完成した料理がテーブルに並び始める。


「お待たせしました。こちら前菜となります」


 そこに並べられたのはまるで高級料理みたいに洗練された料理だった。お皿に盛られた料理は魔法料理だけあって美しい光を放っている。実際に並べられた本格的な料理を見てマールは思わず戸惑ってしまった。


「え?ちょま、本当にコース料理じゃん。あの値段でいいの?桁違いそうなんだけど」


「だからいいんだって、お金ないならツケも行けるよ」


 困惑する彼女に対して幼い頃からこのお店を知っているミチカは当然のような顔をして平然と料理を口に運ぶ。そのツケと言う言葉にマールは更に驚くのだった。


「いや払えるけれども。すごいいいお店だね。でも経営大丈夫?」


「このお店、出来て20年だよ」


「はえ~すっごい……」


 良心的な価格で本格的な料理を出して、なおかつ経営が安定している。その事実にマールは感心して言葉を失ってしまう。話してばかりで中々料理に手につけない彼女にミチカは早く食べるよう催促した。


「それより食べなよ。味も保証するよ」


「うん、そうだね。うまあっ!」


 料理は最初の一口目から美味しくて、そこから先はみんな黙々と食べるのに夢中になってしまう。コース料理なので食べ終わるとすぐに次の料理が運ばれて、スープ、魚料理、口直し、肉料理と流れるように進んでいった。


 地元の食材を使った料理はそのどれもが初めて食べる異次元の美味しさで、加味されている魔法も料理の繊細な味を更に際立たせていて、例える言葉が思いつかないほどの完成度を誇っている。そうして気が付くと最後のデザートのアイスになっていた。

 こうして初めてのコース料理を留学組の2人は存分に堪能する。


「デザートのアイスも美味しい!」


「量が多くなるのかと思ったらちょうど良かったですね」


「分量は一人ひとりに合わせて作ってるからね」


 まるで自分が調理したかのようにミチカは胸を張って答えた。デザートまで食べ終わって満足した4人はホクホク顔で会計へと向かう。レジ前で料金を支払いながら、なおは改めて担当の人の声をかけた。


「あの、本当に料金これだけでいいんですか?」


「ええ、勿論」


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


「有難うございました!またのご来店をお待ちしております」


 会計を終えた4人はそのままレストランを後にする。女子中学生が普通の外食に使う料金の二倍程度のお値段で本格的な魔法コース料理を味わえて、マールはご機嫌になって満面の笑みを浮かべた。


「ふー、まんぷくぷー」


 マールがさっきの料理を美味しさを記憶の中で反芻する中、なおはこのお店を紹介してくれた彼女に感謝の言葉を伝える。


「ミチカさん、素敵なお店の紹介、有難うございます」


「いやいや~」


 その言葉を聞いたミチカは心がくすぐられたのか手を振って苦笑いで謙遜した。その友達であるエーラもまたさっきのレストランには何度か足を運んだ事があるようで、同じく満足した顔で話に入ってきた。


「あそこのお店はいつ行っても美味しいよね」


「でしょでしょ!」


 友達の言葉にミチカは嬉しそうに返事を返す。レストランが気に入ったマールもまた嬉しそうに口を開いた。


「今度から街に出る時があったらちょくちょく寄らせてもらうよ!」


「そうしてそうして!」


 新たなレストランファンが生まれた事にミチカはまるで自分の事のように喜んだ。

 こうして多幸感に包まれた一行は、収穫祭の見物に戻りながら次にどの会場を巡るかの相談を始める。まずはミチカがみんなに向かって話を持ちかけた。


「で、これからどうしよっか」


「うーん……」


 初めての本島の収穫祭、いくら催し物のパンフレットが手に入っても流石にこのイベントに初めて参加したマールはどこを巡っていいのか分からない。

 じいっとパンフレットとにらめっこをするばかりの彼女に、地元民のミチカは自分のオススメの場所をプレゼンする。


「じゃあ昼からの収穫祭のメイン会場、行っちゃう?」


「メインって?」


「それは勿論中央大神殿だよ」


 収穫祭は収穫の喜びを神様に感謝するお祭り。つまりこのお祭りの最終的なメイン会場は神殿と言う事になる。マールの出身地のクリング島でもその本質は変わらなかった訳で、ここまで盛大な収穫祭の一番盛り上がる場所がどれほど賑やかなものなのか、マールが気にならないはずがなかった。


 ミチカのこの提案に異議を唱える人が誰1人として現れなかったのもあって、全員満場一致でメイン会場に向かう事となる。大勢の人混みをかき分けながら4人が中央大神殿に辿り着くと、会場は既に新しい人を受け入れられないほどに人が集まっていた。

 マールはこのあまりの人混みにめまいを覚える。


「うわぁ。すごい大盛況……」


「ここで何をしているんですか?」


「そりゃあお祭りだもの、神様と収穫の喜びを共に楽しむんだよ」


 そのあまりの盛況ぶりに首をかしげるなおにミチカが建前上の答えを口にした。この答えだけではイマイチ納得出来ていない風な彼女を見たエーラが、補足するように言葉を続ける。


「なおちゃんは収穫祭自体が初めてだったんだよね」


「えっと、はい」


「この神殿のメイン会場で行われているのは、簡単に言うとフェスみたいなものかな」


 彼女曰く、収穫祭自体の人気で人が集まっているのではなくて、収穫祭イベントと言う事で集まったプロのアーティスト達の人気でここまで盛り上がっていると言う事らしい。

 これでようやく納得したなおに、マールが収穫祭についての常識を少し自虐的に説明する。


「言っとくけど、ここのがすごいだけで、私の地元での収穫祭の方が普通だから」


「今度はクリング島の収穫祭も見てみたいです」


「ま、ここに比べたら地味なんだけどね」


 それから4人はこのメイン会場で行われているイベントについての雑談を始める。出演アーティストやそのタイムテーブル等の確認をパンフレットを元に話していると、どうやら今から午後の部のステージが始まるらしく、設置されたスピーカーから派手な音が鳴り響き始めた。

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