第120話 収穫祭 その7

「ねぇ、ゆんに声かけに行こうよ」


「行きましょう」


 なおもすぐその話に賛同する。2人が盛り上がる中、ミチカ達本島の学生側もこの話に乗ってきた。


「私達も行っていい?」


「勿論だよ」


 こうして4人は席を立って、みんなでゆんのもとに向かう。その頃、出番を終えたクリスタルエレメンツは別の場所でファン相手の握手会を開いていた。


 勿論プロではないので握手自体は無料。ただ、サインが必要な場合は有料と言う形をとっていた。プロのアイドルのようにチェキサービスもやっていて、それも当然有料になる。クリスタルエレメンツはゆん加入以前から活動しているため、その人気は中学生アイドルの中でもかなりの上位に位置していて、この握手会でも多くのファンが列をなして並んでいた。


 ゆんはまだ加入してから日が浅かったのもあって他のメンバーよりその列は短い。なのでマールはすぐに彼女と話す事が出来た。


「ゆーん!」


「え?マール、なお、来てたんだ」


「クラスの友達と一緒にね。私初めてゆんのステージ見たんだけどすごかった!すごい良かったよ!」


「最高でした。会場も盛り上がってましたし、流石ですね」


 友達2人に褒められたゆんは照れ隠しに言葉を濁す。


「ま、まぁ、ずっとレッスンしてたし?基礎は出来てたからね」


 その言葉に留学組2人の後ろに並んでいた少女が感心したように声をかけた。


「そっか、前からレッスンしてたんだ。だからこその完成度だったんだね」


「ど、ども……」


 この初めて見る彼女にゆんは戸惑いながら返事を返す。少し戸惑っているようなその態度をみて、少女は改めて自己紹介をした。


「初めまして、私、マールのクラスメイトでエーラと言います」


「ゆんです。えっと、よろしくです」


 彼女からの自己紹介を受けてようやく大体の事情が把握できたゆんは、アイドルの笑顔を浮かべて握手しようと手を差し出す。その行為を受けてエーラも快くゆんと握手をした。彼女との握手が終わったところで、その後ろに並んでいたもうひとりの同行者も満点の笑顔でゆんに話しかける。


「私はミチカ、いやあ感動しちゃった。ファンになっちゃったよ」


「あ、有難うございます」


 そのテンションに少し引き気味になりながらゆんはミチカとも固い握手を交わした。その様子を見ていたゆんの隣に座る先輩メンバーが、このイベントに苦戦する彼女にアドバイスを飛ばす。


「ゆん、硬いよー。アイドルなんだからもっとフレンドリーにね」


「あ、はい」



 ゆんと握手をした4人は満足して握手会の現場を後にした。そうして改めて会場内を歩き始める。歩きながらここまでのステージの感想を話し合った。


「いやあ、いいもの見られたよー」


「感動しましたね」


 マールとなおがそんな会話をしていると、ここでミチカが全員に向かってある提案をする。


「ねえ、屋台で色々食べてかない?」


「賛成!」


 その話にちょうど小腹の空いていたマールは即答した。この仮設ステージのある場所は中央にステージ、その周りを地元の名産物が食べられる屋台群で構成されていて、4人は歩きながら既にその漂ってくる匂いに誘惑されまくっている。

 と、言う事もあって、みんなはそれぞれの屋台で好みのものを購入していった。


 屋台で提供されるものは本格的な食事と言うより、お祭りの屋台と同じく軽食がメインで、少しだけお腹が空いた状態の4人の空腹感をちょうどよく満たしていく。


「うんまうんま」


「今度はどこ回ろうか」


 マールが地元の名産品を焼いた串を頬張っていると急にミチカが尋ねてきた。とは言っても、どこで何をやっているのかの詳細を知らない彼女は当然のように困惑する。


「他にどう言うイベントやってるんだっけ?」


「はい、パンフレット」


 答えに詰まっているマールにエーラはこの収穫祭のイベントを網羅したパンフレットを手渡した。


「あ、有難う」


「これ、各家庭に配られるんだけど、流石に学校の寮は無理だもんね」


「あ、じゃあこれって……」


 エーラにとってもこのパンフレットは貴重なものかも知れないと感じたマールは渡された紙を返そうとする。すぐにその行為に気付いた彼女はすぐに今渡したパンフレットの事について説明を付け加える。


「心配しないで、ほら、各会場の案内コーナーにも置いてあるから。そこで取ってきたんだよ」


 エーラが指さした先には大量のパンフレットがお好きにお取りください状態で置かれていた。それを見て安心したマールは早速収穫祭のイベントを確認する。本島の収穫祭は規模がとても大きくて、あちこちでバラエティ豊かなイベントを開催していた。

 そのためにマールもすぐにここに行きたいとか即答する事が出来ない。何度も何度もイベントを見比べて悩みながら、ようやくひとつの催し物の名前を口にした。


「えーっと……パレードは?」


 マールが興味を持ったパレードとは、収穫の喜びを示すために色んな人が好きな衣装を着て踊りながら道を練り歩くと言うもの。本島の収穫祭の中でも結構な人気イベントで、参加者も多い分、見物する人も多い。リクエストを聞いたミチカはすぐにパレードについて調べ始めた。


「今の時間だと……中道通りを進んで神殿に向かってるね」


「行ってみる?」


 話を聞いたマールはなおの顔を覗き込む。


「行きたいです」


「じゃ、決まりだ」


 こうして4人はパレードの見物に向かった。向かった先は街の中心部を走る中央通り。いつもは車で行き交う片道3車線の道が今は通行止めでパレード専用の道となっていた。見物人の数も多く、来るのが遅かった4人は肝心のパレードが殆ど見えない場所に位置取りする事しか出来なかった。

 この人だかりにマールは圧倒されてしまう。


「うひぃ……すごい人だかり」


「はぐれないでね、分からなくなる」


「分かってる」


 流石に地元民のミチカはこの人の数にも動じない。何とかか頑張ってパレードを見ようとマールは背伸びしたり人の隙間を狙って動き回ったり悪戦苦闘。

 そうして少しでもお目当てのものが目に入るとしっかりと目を見開いて、その光景を記憶に焼き付けた。


「おお、これはすごい」


「でしょ、収穫祭でも結構盛り上がるイベントだよ」


 パレードを喜ぶ彼女の姿を見て、まるで自分の事のようにミチカは鼻を高くするのだった。


 同じ景色を見たなおもまた素直な感想を口にする。


「きらびやかですね」


「うん、多くの人が集まるのも分かるよね」


 彼女の感想にエーラもまた自分の事を褒められたみたいな気持ちを感じていた。パレードは長い行列が続いていて、その参加者の関係者の声援が中央通りを更に賑やかなものにしていく。

 こうして4人がそれぞれ道を歩いていくパレードにのみ意識を集中していた事で、ある不具合が発生していた事に気付くのが遅れてしまう結果となった。


「あれ?」


「あれ?」


 パレードが一段落したところで4人はその事にほぼ同時に気付く事となった。キョロキョロと周りを見渡したマールが叫ぶ。


「なおとエーラがいない!」


 その頃、なおもまたこの事態に困惑していた。


「マールちゃんとミチカちゃんがいません!」


 4人が離れ離れになってしまって急に不安になってしまったマールは、思わず隣にいたミチカの顔をじいっと見つめる。

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