第122話 収穫祭 その10
雑談に夢中になっていたマールがステージに目を向けていなかったので、それが気になったミチカが彼女に見るように促す。
「ほら、始まったよ」
急かされてひょいとステージに顔を向けたマールは、テレビでよく見る有名アーティストが目の前にいる事に理解が追いつかずに困惑する。
「プ、プロの人が……画面の向こう側の人が……」
かつて地元の島でアイドルライブを体験した事はあるものの、それ以外の有名人とは全く無縁だった彼女は、何組ものプロアーティストが目の前でテレビ以上のパフォーマンスをしているこの現実を前に、興奮が肉体の限界を超えてしまった。
「マールちゃん?!」
「あちゃ~、彼女には刺激が強かったかぁ~」
突然目の前で倒れてしまった彼女を見て、エーラも驚いている。ミチカもこの突然の状況に、心配をすると言うより不思議現象を目にした観測者のような反応をしてしまっていた。
「興奮しすぎて失神する人、初めて見た」
「マールちゃん!」
その後、マールは近くに用意されていた医務室に運ばれる。ベッドに寝かされて数時間後、彼女は無事に意識を取り戻した。
「はっ、ごめん……」
「大丈夫?」
「あ、うん。一瞬何がなんだか分からなくなったけど、もう平気」
ずっと心配そうに顔を覗き込んでいたなおに優しく言葉をかけられ、マールは笑顔で復活をアピールする。こうして無事に目覚めたと言う事で、現地組の2人もマールのもとに駆け寄ってきた。
起き上がって元気そうに話している姿を見たミチカは、少し申し訳なさそうに声をかける。
「ごめん。いきなりは刺激が強すぎたかもね」
「そうだよー、事前に出演者を知ってたら……」
「倒れない自信があった?」
もしもの話をするマールにミチカの鋭いツッコミが突き刺さり、この場に一瞬の沈黙が流れる。頭の中でシミュレーションを実行した彼女は、その結果を苦笑いしながら口にした。
「……やっぱり倒れてたかも」
「芸能人を間近に見る機会少なそうだもんね」
「ば、馬鹿にしないでよ!事実だけど」
芸能人慣れしていない事を突っ込まれて少し不機嫌になったしまったマールに、今度はエーラが声をかける。
「でも、今日ここに来て良かったでしょ?」
「いや、良くない!」
「えっ?」
予想外の反応が返ってきて彼女は困惑してしまう。どう反応していいか分からずにあたふたしているエーラを目にしたマールは、そう話した理由をすぐに説明した。
「だって、私倒れたせいでほとんどステージ見てないんだもん!」
「そりゃしょーがないよ」
この理由にミチカがタイミング良くツッコミを入れる。自分の見たかったアーティストが出場していたのに倒れてしまってそれを見る事が叶わなかったマールは、その悔しさをギュッと手を握りながら口にする。
「うう……来年こそは」
「でもマールちゃん、留学は一年間だから」
「ああっ!」
なおの冷静な指摘にマールは頭を抱える。留学が終われば地元の島に帰るため、本島のイベントには気軽に参加出来ない。この事実を前に彼女は目の前が真っ暗になった。
悲劇のヒロイン状態のマールに、ミチカは彼女の肩をポンポンと軽く叩きながら気軽に声をかける。
「収穫祭の日はどこも休日なんだからまた遊びにくればいいよ」
「よーし!来年は絶対リベンジするぅ!」
「頑張れー!」
こうしてマール達の収穫祭観光は終了する。最後に失敗したけど、そこまではパレードやらゆんのアイドル活動やら美味しい魔法料理やらとかなり充実した時間を過ごせたと言えるだろう。
この時は混乱して頭が回っていなかったみたいだけど、そもそも転移魔法をマスターしてしまえば旅費ゼロでまた本島の収穫祭を見に来る事が出来るのだ。
ただ、この魔法は学校で禁止されている。うっかり口にしてしまうと問題になったかも知れないので、この時のマールが転移魔法の事をすっかり忘れてしまっていたのは逆に幸運だったのかも知れない。
秋から冬にかけてのこの時期はイベント続きのフォースリンク諸島。収穫祭の次に待っているのはハロウィンだ。マール達は息つく暇もなく、次に始まるこのイベントの準備に追われる事となるのだった。
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