第119話 収穫祭 その6

 マールとミチカが部員談義に花を咲かせていると、パンフレットには載っていない豆知識をエーラが披露した。


「あの2人、今年で卒業だから来年には……」


「それは何とも淋しい話ですね」


 部員のいなくなった部活に存在理由はない。今後のコント研究部の未来を想像したなおは少し暗い気持ちになっていた。それでもコント自体の完成度はすごく高くて、暗い気持ちになった2人も気が付くとまた爆笑の波の中に飲まれ、お腹が痛くなるほど笑う。そうして会場を爆笑の渦に巻き込みながら学生芸人2人はその割り当てられた時間を無事に終えたのだった。

 またしても盛大な拍手で見送られる中、マールがこの出し物の感想を口にする。


「いやあ面白かったぁ」


「学生コントでここまで笑ったのって初めてかも」


「あの2人、才能あるよね」


 なおとミチカもその感想に同意する。きっとあの2人はコントで芸能界に入ってもきっとうまくやっていけるだろう。魔法世界なのに魔法を使わずに話術だけで会場を沸かせたその実力は間違いなく本物だった。

 楽しく感想を言い合っていたところで、マールはメンバーがひとりいない事に気付く。


「あれ?エーラは?」


「あ、いつの間に?」


 そう、エーラが見当たらなかったのだ。3人は最初トイレかなと思ったものの、もし違っていたらと色んな考えを巡らし始める。舞台の上では次の出し物の準備のために休憩時間的な時間が取られていた。

 3人の不安がMAXに達した頃、件の少女が手に何かを抱えて戻ってくる。


「はい、飲み物。炎天下だから水分補給はしなくちゃね」


「あ、有難う」


 そう、エーラはみんなのために飲み物を買ってきてくれていたのだ。マールには炭酸、ミチカには果物ジュース、なおにはスポーツドリンクとそれぞれの好みもしっかり把握されている。ミチカはともかく、マールもなおも自分の好みを明言した事はなかったのに。流石は委員長キャラ、洞察力が素晴らしい。

 マールは彼女から炭酸飲料を貰いながら、すぐにポケットの中を探り始める。


「えっと、幾ら?」


「ここは私が奢るよ」


「そんな、悪いよー」


 今回のジュースはエーラの奢りらしい。彼女が誰からも代金を受け取らなかったので、マールは申し訳ない気持ちになっていた。そんな彼女の様子を見てエーラは一計を案じる。


「じゃあ、また別の時に奢って。それでいいでしょ」


「まぁ、それなら……」


 そのアイディアに納得したマールはここでようやく笑顔を見せる。それから彼女が遠慮なく炭酸飲料を飲み始めていると、舞台上ではお待ちかねの3番目の演目が始まりを告げようとしていた。

 この時、少しうつむき加減になっていたマールの背中をミチカが勢いよく叩く。


「ほら、始まるよ」


「私達、レビド中央魔法学校のアイドル、クリスタルエレメンツですっ!」


 舞台上では可愛いキラキラの衣装を着た5人組がペコリと頭を下げていた。現れたアイドルの姿を見たマールは思わずその感想を口にする。


「うわっ、可愛い」


「衣装凝ってるね。まるでプロみたい」


 ミチカも舞台上の部活アイドルの姿に感心したようだった。クリスタルエレメンツはメンバーそれぞれが5つのエレメンツのひとつを担当すると言うコンセプトのアイドルグループらしい。

 ここでリーダーっぽい中央に立っているメンバーが、ライブの開始を力強く宣言した。


「このメンバーでライブをするのは今日が初めてです!盛り上がって行きましょうっ!」


「ねぇ、スカウトされた子ってどこ?」


 突然ミチカに聞かれたマールは舞台上のメンバーを見て戸惑った。アイドル衣装にアイドルメイク、アイドル髪型をしていたせいもあって、すぐにはゆんがどこにいるか分からなかったからだ。


「ええっと……」


「右から二番目です」


 困っている彼女を見かねてなおが正解を口にする。そう言われてよく見ると、確かに右から二番目のメンバーにゆんの面影が見て取れた。

 こうして見分けられたと言う事で、早速マールは大声でステージ上に声援を送る。


「あ、ホントだ!ゆんー!」


「へぇぇ、結構馴染んでるね」


 メンバー5人の中で留学生は彼女ひとり、それなのに途中加入っぽい雰囲気は全く感じられない事にミチカは感心する。それから音楽が流れ始め、ついにクリスタルエレメンツのライブが始まった。アイドルっぽい曲とアイドルっぽいダンスに、いつの間にか会場に現れていたアイドルオタク達が熱狂している。

 ゆんのアイドル衣装の色は紫の寒色系。その色から色々と想像したミチカはライブにノリノリになりながらマールに質問する。


「あの子はクール系キャラの立ち位置なのかな?」


「そうなのかも。ゆんからアイドルの事あんまり聞いた事ないから詳しくは知らないけど」


 こうして舞台上で歌い踊るゆんの設定上の役割が何となく把握出来たところで、彼女は更に質問を続けた。


「普段もクールなの?」


「いや?どっちかって言うと元気系かなぁ」


「なるほどキャラ付けだ」


 マールの言葉にミチカは納得したようにうなずいた。ライブはその後も精力的に続き、会場も大いに盛り上がっていく。舞台上の5人も各キャラの役割に合わせたダンスや歌声を気持ち良さそうに披露していた。

 ゆんのライブを初めて見たマールは、興奮しながら隣りに座っている彼女に話しかける。


「それにしても、歌いながらダンスってすごいよね」


「それよりファンがすごいよ。ほら、勝手に踊ってる」


 話しかけられたミチカはすぐに会場の方を指さした。この舞台、前方は椅子があってみんな座っているものの、後方は椅子もなくてみんな思い思いに立ち見をしている。その自由スペースのとある一角で興奮したファンがヲタ芸を披露していたのだ。

 この初めて見る光景にマールは目を丸くする。


「おぉ、ヲタ芸だ……生で見たの初めて。プロのステージでもないのに」


 ヲタ芸とはプロのアイドルの現場でそのファンであるヲタクが音楽に合わせて踊る行為だ。この収穫祭のステージでは4~5人位のそれっぽい人達が必死になって楽しそうにヲタ芸を披露していた。

 視線を舞台上に戻したミチカはマールの疑問に対して、ヲタ芸をする人が現れるのも当然だとその根拠を口にする。


「いやでもこのパフォーマンスはプロレベルだよ」


「まぁ確かに……」


 ゆんの所属するクリスタルエレメンツは楽曲もパフォーマンスも素晴らしいもので、プロのアイドルだと言われたら素直に信じられるレベルだった。とても中学生の部活レベルじゃない。それだけクオリティが高く、メンバーやスタッフが頑張ってきた事が伺われた。

 まずは最初の3曲を歌いきったところで、リーダーの少女が大きな声で観客席に向かって話しかける。


「みんなーっ!盛り上がってるーっ!」


「うおーっ!」


 そこでまたライブは一気に盛り上がった。持ち時間の関係上ライブは5曲で終了し、盛大な拍手に包まれながらフレッシュな現役中学生アイドルの出番は大好評のまま無事に終了する。


「有難うございましたーっ!次は演劇部の劇になりまーす!」


 マール達4人も力の限りの拍手をしてそのパフォーマンスに感謝の気持ちを伝えた。次の出し物のために舞台の準備が進められる中で、さっきまで見事なライブを見せてくれた彼女達を労おうとマールがみんなに向かって話しかける。

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