第117話 収穫祭 その4

「本当、私が起こしてなかったらずっと寝てたぞこいつは」


「感謝してます」


 と言う訳で、寝過ごしかけたミチカをエーラが起こしていたので、待ち合わせ場所に着いたのがこの時間になったらしい。

 時間がなかったからだろうか、身だしなみもきっちりしているエーラに対して、ミチカはどこかやっつけ的な雰囲気を漂わせていた。髪型も服装もどこか急いで間に合わせた雰囲気で、大きなイベントを楽しむにしては気合が入っていなさすぎな気もする。

 ただ、それがミチカの標準センスなような気もして、誰もそこに突っ込む事は出来なかった。


 彼女のセンスはともかくとして、こうして全員が集まったと言う事で、早速マールが確認のために声をかける。


「じゃあ今日は4人で遊ぶって事だよね」


「今日はよろしくです」


 彼女に続いてなおも集まったミチカ達に軽く頭を下げる。丁寧に挨拶されて少し戸惑ったミチカも、すぐに気を取り直して留学生組2人に挨拶を返した。


「こちらこそ」


「じゃあ収穫祭を楽しもーっ!」


 こうして4人は揃って収穫祭が行われているメイン会場の中央広場に向かって歩き始めた。その道中で好奇心が膨れに膨れていたマールはこの島の住人である2人に向かって、目をキラキラと輝かせながら話を始める。


「で、私の地元では収穫祭って言ってもバザーとかするくらいなんたけど、こっちでは違うの?」


 逆にこの質問にミチカの方が驚いていた。どうやらマールの地元の島と本島の収穫祭とはかなり規模が違っているらしい。


「えっ?嘘でしょ?屋台とかパレードとかしないの?」


「屋台は出たし、それなりに賑わってはいたけど、普通の休みがちょっと賑やかになった程度だったなぁ」


 クリング島の収穫祭は中々に慎ましやかなイベントで、派手に騒ぐと言う規模のものではないんだ。それに比べて本島の収穫祭は規模も集まる人数も桁違いのようだった。まずミチカが例えに出したパレードと言う言葉にマールの耳は反応する。

 そうして、どうやら本場はそれだけではないっぽくて――。


「大道芸人さんが出たりとかは?」


「いんや?」


「収穫祭に合わせて歌唱大会なんかは?」


「いんや?」


 次々に彼女の口から出るイベントの数々。それらは今日この収穫祭で行われるもののようだ。地元ではそれらは行われないと次々に否定しながら、マールは本島の収穫祭のスケールの大きさを改めて実感していく。

 ここまでの段階でもうお腹いっぱい状態のマールに対し、ミチカは更に言葉を続ける。


「じゃあ収穫祭記念の演劇とか?」


「やらない」


「ダンスパーティとか?」


「しないねぇ」


 次々に繰り出されるイベントの数々をことごとくマールに否定されて、流石のミチカもちょっとイラッとしてきてしまったらしい。ここで彼女はつい声を荒げてしまった。


「もう!腕相撲大会はするでしょ!」


「やらないってば」


 何もかもを否定されて最後に呆れてしまったミチカは、落胆して声のトーンを落とした。本島とまるっきり規模が違うので残念に感じたようだ。


「えぇぇ……全然何にもしないの?」


「だからバザーと屋台は出るって言ったじゃん。後は収穫の感謝の祈りを捧げたりとかの儀式的なものくらいだよ」


「それはこっちでもするよ……」


 マールは逆ギレして返すものの、それがまたミチカの憐れみを乞う結果となってしまった。なおはこの暗い雰囲気を何とかしようと、敢えて明るい声で身振り手振りを加えてミチカの説明をよく理解した旨を伝える。


「つ、つまり、本島では多くの人が楽しめるイベントが沢山開催されているんですねっ!」


「そう、そう言う事なんだよなおくん」


 おだてられて気分の良くなったミチカは、調子に乗ってどこかのキャラじみた口調になった。

 こうして場の雰囲気がリセットされたところで、本島組の収穫祭談義は続く。


 まずは規模の話からイベントの話、そうして収穫祭における細かなルールだとか、今年の収穫祭の目玉イベントだとか……。

 その止めどもなく語られる情報量に、マールは何度もうなずき感心するばかりだった。


「流石本島はすごいね」


 そうして話をしている内に収穫祭のメイン会場である中央広場が近付いてきた。調子に乗って鼻が高くなっていたミチカは、このイベントでの先達らしい態度で留学生2人組を案内する。


「ついて来たまえよ。本場の収穫祭を教えてあげよう」


「よろしくお願いしますう~」


 そのノリにマールもちゃっかり乗っかって4人は中央広場に辿り着いた。流石に収穫祭らしく、すぐに目についたのは数々の農産物と、それらを物色するお客さんの数の多さだった。この中央広場にはクリング島の収穫祭の軽く10倍以上の人が集まっている。

 実際の賑わいを見たマールはただそれだけで感動してしまい、ついその感想を口に出していた。


「うわ、すごい人だね」


「みんな、はぐれないでね」


 人がたくさんいると言う事はそれだけはぐれやすい事も意味している。この収穫祭常連のミチカはそう忠告するものの、好奇心のリミッターの外れたマールはあちこちキョロキョロと見回して全く話を聞いていなかった。

 そんな彼女がひときわ興味を持ったのがある農産物の展示だ。


「これは、おばけ野菜……」


 そう、そこにあったのは通常の野菜の10倍以上の大きさの野菜達。魔法社会なのでこう言うのも簡単に作れそうではあるのだけれど、意外とここまで作物を大きくする事が行われる事は滅多にない。作物には適切な味と栄養のバランスがあるので、むやみに大きくする事はしないものなのだ。


 と、言う訳で、おばけ野菜はこの収穫祭の展示でも食料用と言うよりは観賞用のようだった。マールがその巨大作物をあんまり熱心に見ているので、不思議に思ったミチカが声をかける。


「向こうでもこう言うのは見た事あるでしょ?」


「うん、規模はかなり違うけど」


 目を輝かせながら見つめ返してきたのでミチカはちょっと面食らってしまう。とにかく収穫祭を楽しんでいるのはそれで分かったので、彼女はもっとすごいものを見せようとマールの手を握ってどんどんディープな方向に案内していく。


「まだまだこんなもんじゃないよおー!」


「ええっ、ちょっ……」


 向かった先はおばけ野菜専門の展示スペース。そこでは毎回コンテストが開かれると言う事もあって、選りすぐりの立派な作物がこれでもかと言わんばかりに展示されている。

 右も左も立派なそれらを見たマールはただ感嘆の声を上げるばかりだった。


「うはぁ……すごいすごい……」


 おばけ野菜を存分に堪能した後、自販機でジュースを買って休憩していると、今度は自分の番とばかりにエーラが話しかけてきた。


「ねぇ、仮設ステージに行ってみる?」


「何かやってるの?」


「各学校の部活発表会っぽいのをやってる。ウチの学校も確か参加してたはず」


「えっ、本当?」


 学校の行う発表会と聞いてマールの好奇心がまたうずき出した。今通っている学校の生徒も参加するとなると、見てみたくなるのは当然だよね。


「もしかして、ゆんちゃんの言ってたステージってこれじゃないですか?」


「あっ、多分そうだよ」


 なおからも話が出てマールはポンと手を叩く。2人から聞き慣れない名前が出て、頭の回転の早いエーラはすぐのその名前の主の正体を読み当てた。

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