第101話 精霊のいる森 その7
「うん。島にいた時なんだけどね、魔法壁が見えたんだって」
「えぇ、すごい。それって魔法検定Aレベルだよ」
「あ、はい」
ミチカの話によると魔法壁が見えるのは魔法検定Aの実力を持つ者だけらしい。その言葉を聞いたなおは素直にそれを肯定する。彼女の実力を知ったミチカはそれで更に動揺し、そして感心する。
「ひ、否定しないんだ。マジで?クラスにもAなんていないのに……なおはすごいね」
「そ、そんな事ないです!」
「いや、なおちゃんはすごいよ!すごいんだよ」
なおは謙遜するものの、すぐにマールが彼女を褒め称えた。自分を褒めるその言葉になおは顔を赤らめ両手を何度も左右に動かした。
「すごいだなんて、そんな自覚ないです」
「ああ~無自覚系かぁ~。天才に多いんだそんなタイプ」
「あの……えっと……」
ミチカにも謎の分析をされ彼女はひたすら戸惑うばかり。その様子を見た彼女はニコッと笑うと困り顔の天才の肩をぽんと叩く。
「大丈夫!なおが天才でも私達は友達だよ!」
「うん、私だって」
マールもすぐに後に続いた。こうして何とか天才騒動の話に収まりがついたところで3人はあははと笑い合う。その楽しい様子に引き寄せられたのだろうか、ガサガサと3人に近付く大きな音が聞こえてきた。
その気配を感じたみんなは、まるでタイミングを合わせたみたいに一斉に振り向いた。
「おや?珍しいにおいがするぞお」
「うわあ!」
そこにいたのはさっきも目にしていた動く木だった。この突然の巨大な訪問者の出現にマールは驚いて大きな声を上げる。この森が二回目のミチカもここまで動く木と接近した事がなかったために、動揺して口をパクパクと動かすばかり。
そんな中でなおは何とか深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻し、この森の住人にぎこちなく挨拶をする。
「ど、どうも……」
「君はこの辺りの子じゃないねぇ」
木は珍しいお客さんを前に事情を聞き始めた。童話で目にする喋る木は顔があって表情豊かに喋るのが定番だけど、この森にいる本物の喋る木は表情がない。表情どころか顔すらない。目の前にいるのは自由に動き回る普通の木。見た目はどこにでもあるよく見かける木と何も変わらない。
ただ、根が足のように動き、枝が手のように動くだけ。
ではどうやって言葉をかわしているのかと言えば、テレパシーのようなもので木の意思が直接周囲の人々の脳に届いていた。
彼に出自を聞かれたなおは素直にその質問に答える。
「えっと、クリング島から来ました」
「ああ、あの海の向こうの島だねえ」
「は、はい」
木の声はとても優しく、まさに大地と共に生きる者の声とはかくあるべしとも言えるものだった。誰もがその声を聞くだけで深い癒やしを覚える事だろう。
彼はなおの答えにすぐに理解を示した。と、言う事はこの森にいながら、森の外の、しかも海の向こうの島の事も知っていると言う事になる。なおはそんな木の持つ知識の深さに感心する。
彼はわざわざ海の向こうからやってきたお客さんに興奮したのか、枝をさわさわと揺らすとすぐに質問を続ける。
「そんな遠いところから何をしに来たんだい?」
「せ、精霊を見に来たんです!御存知ですか?」
ここでようやくマールが平常心を取り戻し、木の質問に自分達がこの森に入った理由を説明した。
「やっぱりそうかあ、残念」
精霊の森に入る人間はみんな精霊と会う事を一番の目的にしている。動く木に会いたいなんて思う人は少数派だ。しかも普段動かないものが動いていると言う事で、人によっては気味悪がられたりもしている。今回はそれがなかっただけ彼も饒舌になっていたものの、本来の目的を知ってしまった事でがっかりしたみたいだった。
その様子を気にしたマールが、勇気を振り絞ってうなだれる木に話しかける。
「で、でも木さんにも会えて嬉しいですよ。島にはいなかったし。な、名前とかあるんですか?」
「有難う、君達は優しいね。僕の名前、本当の名前は発音が難しくて覚えにくいって管理の人に言われたんだ。代わりにその人から貰った名前でいいなら」
どうやら動く木には同じ仲間同士で呼び合う名前と人間と会話する時に使う名前の二種類の名前があるらしい。彼は気を使って人と話す時の名前を教えてくれると言う。その好意をマールは素直に受け入れた。
「うん、それでいいよ」
「じゃあケインって読んでおくれよ。僕もちょっと気に入ってるんだ」
そう話す彼、ケインの様子が楽しそうに見えたので、なおはニッコリ笑って話しかけた。
「気に入った名前を貰えて良かったですね」
「ああ、本当だね。じゃあ僕はこれで」
「あ、どこに行くの?」
折角仲良くなれたのにすぐにこの場を離れようとするケインをマールは呼び止めようとする。すると彼は枝をさわさわさと揺らせながら、そうしたい理由を説明した。
「君達は精霊に会いに来たんだろう?だから呼んできてあげるよ」
「本当に?有難う!」
このケインの好意にマールはとびっきり弾んだ声でお礼を言う。彼は根を器用に動かして、遠ざかりながら枝をさわさわと揺らして別れの挨拶をした。
「次に会えたらもっとゆっくり話をしたいねえ」
「その時はよろしくね~」
マールは遠ざかるケインに対して右手を上げて左右に振ると、さっきまでそこにいた人懐っこい動く巨木に元気よく別れの挨拶を返す。
ケインが精霊を呼びに行って3人の視界から消えると、そこでようやく緊張が解けたのかミチカが大きくため息を吐き出した。
「はぁぁ、2人はすごいね。歩く木と話すの初めてだったんでしょ?」
「うん」
彼女の問いかけにマールが首を縦に振る。その態度にミチカは苦笑いを浮かべた。
「普通はビビって返事も出来ないもんなんだよ」
「ミチカも?」
マールは彼女の言葉にキョトンとした表情になって首を傾げる。この無言のプレッシャーに、ミチカは焦って手をデタラメに動かしながら弁明した。
「いや、だって、木が動くんだよ?しかも脳内に直接声が届くんだよ?そんなのが近付いてきたら漏らさないでいるので精一杯だよ」
「あんなに優しそうなのに」
ケインをすぐに受け入れたマールは、それが簡単に出来ない他の人の反応に不満を漏らす。その様子を見たミチカはもう一度ため息を吐き出しながら、がっくりと肩を落とした。
「はぁ、やっぱ島の子は違うわ」
「えー。何それー」
2人のやり取りを聞いていたなおは話の途切れたタイミングを見計らって、この森について自分が感じた事をミチカに伝える。
「もっと心を開いて大丈夫ですよ。この森の生き物に悪意は感じられません」
「いや、それは分かってるよ。分かってはいるんだけど……」
彼女はなおの言い分にも理解を示しつつ、それでも中々上手くは行かない実情を訴える。そんなやり取りをしていると、急に場の雰囲気が変わる。賑やかだった森の気配が突然静かになったのだ。
まるで時間が止まったみたいな感覚に襲われて、一体何が起こったのかと3人は振り向く。するとそこにはあの図書室で見た写真集から抜け出したみたいな美しい姿の霊的存在が、まるで最初からそこにいたみたいに姿を表していた。
「うふふ、君達、面白いね」
「あ」
「あっ」
その霊的存在は妖精とは違い、人間と変わらない大きさをしていて、中性的な顔立ちで中性的で魅力的な声で話しかけてきた。
体は全体的に白くボヤケていて、そのあまりに現実離れした佇まいに3人はすぐに目の前に現れたこの存在の正体に気付く。
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