第102話 精霊のいる森 その8

「初めまして。ケインに言われたから会いに来たよ」


「せ、精霊、さん?」


「そうだよ。あ、君が契約者だね」


 話しかけたマールをひと目見ただけで精霊は彼女の特質を見抜いた。いきなり妖精の契約者だと見抜かれたマールは目を丸くする。


「分かるんですか?」


「それで君が特異点の娘だ」


「え?」


 特異点と指摘されたなおは、自分の事を指しているとはすぐに気づかずに思わず周囲を確認してしまう。精霊の呼びかけに対しては戸惑う彼女の代わりに、同じく目が点になっているマールが返事を返した。


「特異点?なおちゃんは特別なの?」


「そうだよ」


 肯定の言葉にようやく自分が特異点だと言われている事に気付いたなおは、急に目の色を変えて精霊に質問する。


「あの、私記憶がないんです!どうして……」


「それは僕も分からないかな。特異点って言うのは見た目で分かるんだ。オーラの色が違うからね。それだけの話だよ」


 彼女は精霊は自分の知らない事も見抜いていると思って質問したものの、望んだ答えが戻らなかった事ですぐに落胆する。がっくり肩を落とした彼女の肩をさすりながら、マールはすぐ側で完全に固まっているもうひとりの友達に声をかけた。


「ほら、ミチカも何か話したら?」


「えええええっと、あの、ご趣味は?」


 念願の精霊に会えた事でガッチガチに緊張しているミチカは、何を思ったのかお見合いの定番のセリフを口走る。この質問に精霊は少し含み笑いをすると、質問者の彼女に爽やかな笑顔を見せ、透き通るような声で質問に答えた。


「僕の趣味かい?森の散歩かな?」


「そ、それはいい趣味ですね」


 頭の中が真っ白になったミチカは、無難な返事を返すので精一杯。その様子を見た精霊は優しく彼女に話しかけた。


「そんなに緊張しなくていいよ。別に取って食べたりとかはしないからさ」


 精霊に優しくされて舞い上がったミチカは多少精神的な余裕も出来たのか、今度はもう少しだけまともな質問をする。


「あ、あの、森には他にも精霊さんがいらっしゃるんですか?」


「うん、いるよ。後もっと普通に喋ってよ。僕もそんな偉いって訳じゃないし。みんなと楽しく話したいからさ」


 この話の通りなら、この森には今マール達の目の前にいる精霊以外にも複数の精霊がいる事になる。沢山精霊がいる景色を妄想したマールは、思わずコンロンの森で出会った妖精達を思い出した。そこで気になった彼女は小声でミチカに声をかける。


「そう言えばこの森に妖精はいるんだっけ?」


「え、えーと……」


 頭の中が精霊の事で満たされていた彼女はこの質問にすぐに答えられない。焦るミチカを目にして軽くため息を吐き出した精霊は、右手を腰に当てると彼女の代わりに質問に答えた。


「妖精かい?勿論この森にもいるよ。ただ、多くいるのはもっと東の方かな。この辺りにはあんまりいないね」


「え?あ、そ、そうなんだ……」


 まさか精霊から答えが戻ってくるとは思わなかったので、マールは驚きながらぎこちなく相槌を打つ。精霊はこの森の妖精について更に話を続けた。


「彼らにも好みがあるからね。逆に僕はこの辺りが気に入ってるのさ」


「ええと……」


 会話を繰り返して精霊とのやり取りにも慣れ始めたマールが、次の質問をしようと話しかけたその時だった。先生からの撤収の声が辺り、全体に鳴り響く。


「そろそろ帰りまーす!みんなはぐれないように」


「どうやら時間みたいだね。君達と話せて楽しかったよ。またね」


 時間が来た事を察した精霊は、朝日に溶ける霧のように音もなく姿を消していく。その情景は本当に神秘的で、まるで夢を見ているようだった。3人は心ここにあらずと言った感じで、しばらくは一歩も動く事が出来なかった。


「すごい体験をしてしまった……」


「良かったね、ミチカ」


「2人のおかげだよー、ありがとー!」


 精霊に会えた事に一番動揺して感動していたミチカが、思わずマール達に抱きついてくる。彼女に抱きしめながらマールとなおはお互いに彼女の言葉にピンとこず、ただ呆気にとられるばかりだった。


「私達、何かしたかな?」


「さあ?」


 こうして課外授業の精霊の森体験は終わりを告げ、生徒達は行きと同じくバスに乗って3時間かけて学校に戻ってくる。行きと違って帰りはみんな疲れ切っており、ほとんどの生徒がその3時間をぐっすり眠って過ごしていた。

 学校にバスが着くとそこで解散で、生徒達はそれぞれの帰る場所に散っていく。マール達もミチカと別れるとそのまま寮に戻っていった。


 マールとなおが今回の森での出来事の感想を話し合いながら自分達の部屋のドアを開けると、そこで先に帰ってきていたメンバーの姿が目に入る。


「うえ~。ちかれたあ~」


「ほぼバスに乗ってただけなのに……」


 ベッドに倒れ込んで疲労を訴えるファルアに、マールがすかさずツッコミを入れる。その言葉に少し気を悪くした彼女はムクリと起き上がると、疲れた理由を愚痴っぽくつぶやいた。


「結局精霊に会えなかったんだもん。それに車移動苦手」


「え?会えなかったの?」


 ファルアのその報告にマールは目を丸くした。この態度を見て逆に驚いたファルアはすぐにマールのいる方向に向かって身を乗り出した。


「嘘?会えたの?」


「うん」


 呆気なく首を縦に振る彼女を見たファルアは、頭をかきむしって自分の不運を嘆く。


「どーしてマールには精霊がやってくるのよもー!あー、無理矢理にでもマールを見つけて一緒に行動したら良かった」


「ゆんとしずるも会えなかったの?」


 悔しがる彼女を横目に、マールは残りのメンバーにも今回の森での事について質問する。名指しされたゆんは両手を後頭部に組みながら言葉を返した。


「会えてないよ。喋る木は目にしたけど」


「私も何かは感じたけど、姿は目にしなかったな」


 どうやらメンバーの中で精霊と出会えたのはマール達だけだったらしい。その事実を前にファルアが逆ギレする。


「一体どんな魔法使ったのよ!あんた達は妖精と言い、変な運ばかり持ってんだから!」


「私は何も……。そうだ!精霊さん、なおちゃんの事特異点だって言ってた」


 何故非難されるのか分からないマールは、みんなと情報を共有しようと自分が精霊と会った時のエピソードを披露する。この聞きなれない特異点と言う言葉に、早速ゆんが食いついてきた。


「えっ?どう言う事?」


「何かオーラが違うんだって」


 自分もよく分かっていないマールは、精霊の言った言葉をそのまま伝える。その答えに同じく理解が追いつかなかったゆんは首を傾げるとスパッとその話題を切って、自分でも理解出来そうな別のエピソードを催促した。


「ふーん。それより精霊に会った時の事もっと詳しく教えて!」


「わ、分かったよ。えーとね……」


 ゆんの圧にたじろぎながら、マールは今日起こった奇跡的な出会いにについて多少の脚色を加えながらオーバーリアクション気味に説明する。精霊に会えた彼女の話を、同室の会えなかった面々は興味深く耳を傾けた。

 面白おかしく話して時折笑い声の漏れる中で、留学組のメンバーのひとり、しずるだけが特別な感情でなおを見つめていた。


「……」


 彼女がどう思ってなおを見ていたのか、それは誰にも分からない。見つめられていた彼女もこの時はマールの話に気を取られていて、しずるの気配には気付いていなかった。果たしてなおは何者なのか、そしてその謎はこの留学中に明かされる事になるのか。現時点ではまだ何も分からない。

 ただ、この精霊との出会いが今後何らかの変化をもたらしそうな、そんな雰囲気をこの時の僕は強く感じていたんだ。

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