第100話 精霊のいる森 その6

 なおが妖精について詳しかったので、すぐにそのからくりを見抜いたミチカは得意顔になって自説を展開する。ここで運の良さが話のテーマになっていると読んだマールがさっきまでの態度から一転、急にふんぞり返るとドヤ顔で宣言する。


「うふふふ、今日は私がいるんだよ、絶対見つかるって」


「なんでそんなに自信たっぷり?」


 あんまりその態度の変化が変わりすぎたので、ミチカがその理由をマールに尋ねる。すると彼女はふんすと鼻息荒く自信たっぷりに口を開いた。


「何しろ私は契約者だから!」


「契約者って?まさか妖精の?」


「知ってるの?」


 妖精の契約者は妖精の生み出した別世界に自由に出入り出来る。その事は島にいる時にほとんどの人は知らなかった。

 けれど、流石妖精が当たり前にいる本島の住人はその事をほぼ常識レベルで知っているらしい。驚かれなかった事にマールが少し落胆していると、追い打ちをかけるようにミチカがさらに厳しい一言を口にする。


「でも妖精の契約と精霊は別物だから関係ないんじゃない?」


「ここに来てそんな酷い事言わないでよー」


 落ち込んだり、得意気になったり、また落ち込んだり――短時間の間にコロコロ変わるその表情を楽しみながら、最終的にミチカは落ち込む彼女の背中を景気良くバンバンと叩いて叩いて元気付けた。


「そうは言っても嘘はいかんでしょ。大丈夫、会える時は会えるんだから。元気出して」


 その後も雑談をしながら森の中を一行は歩いていく。森は留学組が見た事がないくらいにスケールが大きくて、そうして育っている植物達から発生する緑の生命力を生徒達は強烈に感じ取っていた。そのエネルギーは不思議な力を与えてくれる。魔法使いにとってこの森は全体が強力なパワースポットだった。

 そんな生命力の息吹を体全体に浴びたマールは、素直に森の感想を口にする。


「それにしてもすごいね。地元にも大きな森はあるけど、ここはそこ以上だよ」


「コンロンの森よりエネルギーが濃い感じがしますね」


「この森、隅から隅まで観察しようとしたら一週間はかかるって言われているからね」


 2人の感想を聞いていたミチカが、得意げに精霊の森の大きさを説明する。その言葉にイメージの翼を広げたマールは素直に感動した。


「それはすごい。何か色んな伝説とか持ってそう」


「確かに色んな噂はあるけどね。詳しくは知らないんだ」


 流石にまだこの森に来るのが今回で二回目の彼女は森の噂についてまでは詳しくなさそうだ。また彼女から興味深い話が聞けると思っていたマールはその返事に少し落胆する。

 この時、マールが沈黙していたそのタイミングで、今度はなおが森についての疑問を口にした。


「ここに妖精はいないんですか?」


「いるけど、今回のコースの中にはいないかな」


「精霊と妖精は一緒にはいないんだ?」


 精霊と妖精は似たものだと思いこんでいたマールは、このミチカの言葉に認識を新たにする。それからどこかに精霊はいないかとキョロキョロと見渡していると、突然彼女の目に信じ難い光景が飛び込んできた。


「あれっ?」


「ん?どした?」


「さっき向こうの木が動いたような?」


 マールが目にしたのは動く木だった。本来植物は動く事が出来ない。その動くはずのないものが森を行く彼女達の側100mくらい先でひょいひょいと動いていたのだ。マールの地元の島で動く木と言うものの話題は聞いた事がない。つまり島には普通の木しか存在していない。

 だからその光景を目にした当初は、マールも自分の見たものは目の錯覚だと信じてはいなかった。


 けれどそれから二度見、三度見をして確認すると、確実に目に映る現実の景色でその木が景気よく動いていた。なのでいよいよ彼女は自分の見たものを信じざるを得なくなる。

 ただ、それが正常な感覚なのかどうなまでは確信が持てず、そこで周りに知らせる事で自分だけにしか見えていない光景なのかどうかの確認をしたのだった。


 その衝撃的な発言は同じく留学組のなおを驚かせはしたものの、本島在住のミチカは全く動じてはいなかった。それどころか彼女はケロッとした顔でマールの顔を見る。


「ああ、そう言う木がここにはあるんだよ。話す事も出来るよ」


「えぇ……精霊の森、すごい」


 あまりにもあっさり現状を受け入れている彼女にマールは唖然とする。この事からも動く木はしっかり実在していて、今見えている景色も間違いなく現実のものらしい事が分かった。

 同じ景色を目視で確認したなおは、この事について色々知っていそうなミチカに質問する。


「この森には動く木って多いんですか?」


「このエリアにはそんな多くないかな。ただ、動く木しかないような場所もあるよ」


「ほおお~。すごい」


 彼女の言葉にマールは感心する。そうして妄想の中で動く木がワラワラ集まって世間話をしているところを想像して、ひとり楽しくなるのだった。



 ある程度まで森の中を進むと、先導していた先生がそこで振り返り、生徒達に説明する。


「ここから先が精霊のいるエリアです。皆さん感度を高めて観察してくださいね」


 この言葉を聞いて生徒達は盛り上がった。みんなそれぞれ精霊を見つけ出そうとテンションを上げている。マール達もここからが本番だと静かに闘志を燃やした。


「ここからかぁ~」


「思うんですけど、見世物みたいな扱いをしていると出てこないんじゃないでしょうか?」


「それは大丈夫、そう言う契約だから」


 なおの心配に対し、ミチカがポロッとこぼしたその言葉にマールが反応する。


「契約?」


「40年くらい前にこの森で精霊と話をしたこの森の管理人が、教育目的に限って会う事を約束してくれたらしいんだ」


「でも会えるかどうかは分からないんでしょ?」


 契約の話を聞いたマールは疑問を感じて首を傾げる。そう言う約束をしたのなら確実に会えると思うのが普通だ。

 けれど実際は会えるかどうかは分からない。これは一般的に契約違反と呼ぶものでないのかと。この疑問にミチカは分かりやすく説明する。


「会えるかも知れないってところがミソなんだよ。普段はよっぽど縁がないとまず会えないんだから」


「じゃあ、会える事を願いましょう」


「だね!がんばろー!」


 彼女の話をなおがポジティブに捉えたので、マールも前向きに考える事にした。精霊がいるエリアまで来たところで、そこからは生徒達の自主行動に切り替わる。生徒達は思い思いに精霊のいそうな場所を探して歩き出し始めた。マール達もミチカと3人で精霊捜索を始める。

 森は道がしっかり整備されていて、その道を外れなければ迷う事はない。大きな木々がそびえ立つ森で、その木々を見上げながらマールはつぶやいた。


「それにしても大きな木が多いね、それと清浄な力を感じるよ」


「ここは大地の気が強いから。それを木々はエネルギーにしているんだよ」


 マールの感想にミチカが森の説明をする。それを聞いたなおが相槌を打った。


「私達も力を感じますもんね」


「なおちゃん、また何か見えてる?」


 マールは以前の遠足時の事を思い出して彼女に質問する。なおはじいっと森の景色を眺め、そうして感じた事を素直に口に出した。


「力の流れは見えますけど、具体的なものは……」


「え?なおは何か見える系の人?」


 マール達のやり取りを見たミチカはその言動に興味を持って声をかける。興味津々な眼差しを感じたマールは、今度は自分達が話をする番だと少し自慢げに過去のなおのエピソードを紹介する。

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