第99話 精霊のいる森 その5
ただ、それを初めて聞かされた2人はそれだけでも感心して、彼女の説明にウンウンと何度もうなずいていた。
バスはその後も長い長い道を進んでいく。しばらくはくねくねと起伏のある道を進んでいたものの、いつの間にかその道は単調な一本道に変わっていた。
「長い一本道が続くね~」
「これもクリング島にはなかった景色ですね」
「雄大でしょ」
この辺りに来ると特徴的な人工物もなく、特徴的な自然の造形物も見られなくなっていた。ただ真っすぐ伸びる道をひたすら走っていくその光景に、この場所に来るのが初めての2人も流石に飽きてくる。さっきまで得意げに景色の説明をしていたミチカもネタが尽きたのか、さっきから当たり障りのない無難な事しか口に出さなくなってきていた。
マールはついに我慢が出来なくなって、ガイドに思わずツッコミを入れる。
「ねぇ、段々説明が雑になってきてない?」
「うん、実はこの辺りってあんまり詳しくないんだ。だからさ、ゲームしようよ」
ミチカは苦笑いをしながらここで観光ガイド役を放り投げる。マールは彼女の発したゲームと言う言葉に敏感に反応し、素早く顔を窓から180°動かした。
「え?持ってきてたの?」
ミチカはそれから鞄を開けてゴソゴソと漁り、何かを掴んだのかそのままそれを勿体つけながら取り出し、2人に披露した。
「じゃん!カードゲームだよ」
「あ、それは……」
そのカードゲームは同じ色をまとめて出していくオーソドックスなもので、マール達も遊んだ事のあるお馴染みの物だった。なのでルール自体は2人共知っていたものの、そのカードゲームを見てマールが少し嫌な顔をする。その表情の変化に誰も気付かなかったけど。
ミチカは無邪気な顔をして2人にカードを配る。そうしてカードゲームは開始された。ゲームは予想以上に白熱し、バスが森に着くまでの2時間弱の時間をそのゲームを楽しむだけで過ごせていた。
ゲームはお互いの心理を読み合ったり逆転に次ぐ逆転で盛り上がる。そうして何ゲームもプレイする中で、マールひとりだけ不機嫌になっていく。
バスがもうすぐ森に着くと言う事で最後にしようと言う事になり、このラストゲームはミチカが逆転を決めて勝利した。
そうしてカードを集めて箱に入れてそれを鞄にしまいながら、彼女はポツリとさっきまで繰り広げていた連戦の感想をぽつりと口にする。
「マール、弱いね」
「うう……バスに乗りながらだったからだよ」
そう、このゲームでマールは1勝も出来なかったんだ。3人勝負なのだから数多くゲームをすれば弱くても何回かは勝つ事が出来るはずなのに、今回の20回以上プレイした結果はなおかミチカのどちらかが勝っていた。
マールはこのカードゲームが圧倒的に、それはもうトラウマになるくらいに弱い。
島にいる時にいつものメンバーとプレイしていた時も戦績は常に最下位で、今回初めて対戦した相手からも勝てなかった。その事でマールは分かり易くいじける。今回の連敗理由についても、彼女は条件はみんな同じなのにバスのせいにしていた。ゲーム弱い系キャラの言い訳のテンプレだよね。
ただ、ずっと勝てないのを哀れに思ったミチカは、その理由にすらなってない理由を苦笑いしながら受け入れていた。
「じゃあそう言う事にしといてあげる」
「帰りは!絶対負けないんだからねっ!」
「おう!その挑戦受けて立つ!」
こうしてゲームでの暇潰しのおかげで長い車移動もそんなに苦にならずに済み、いよいよバスは目的の精霊の森に辿り着く。みんなが車から降りたところで、先生が注意事項を話し始めた。
勝手に歩かない、危険なものには触らない等の幾つかの基本的な禁則事項の説明をした後、最後に先生は生徒達に今後の予定について話し始める。
「それでは今から森に入る訳ですが、その前に食事にしましょう」
そう、バスが森についた時はちょうどお昼時。腹が減っては戦は出来ぬと言う事で、すぐに昼食の時間となった。
森の近くには観光客が食事をしたりお土産を買ったりする商業スペースがあって、そのお店の一角が学校の貸し切りとなっている。そんな訳で生徒達はぞろぞろとそのお店に入っていった。
「席にお弁当が用意されていますので、どうぞごゆっくり食事を楽しんでくださいね」
お店の人の案内を受けて生徒達は思い思いの席に座っていく。全員が用意された席に揃って座ったところで、お待ちかねの昼食の時間となった。マールが目の前のお弁当箱を期待に胸を膨らませながら開けると、中には美味しそうな森の幸が行儀良く収まっていた。
「おおお、これはすごい」
「美味しそうですね」
感嘆の声を上げるマールに呼応するように、なおもお弁当の感想を口にする。隣の席に座ったミチカが早速このお弁当についての説明を始めた。
「おかずはこの辺りの名物ばかりなんだよ」
「へぇぇ~」
美味しそうなおかずにいてもたってもいられなくなったマールは、手を合わせると早速そのひとつを箸で掴み口に運ぶ。新鮮な森の幸は口の中で咀嚼する度にその芳醇な味が口の中いっぱいに充満して、自然と顔がニコニコと笑顔になった。
「本当だ、美味しいね」
「これは箸が進みますね」
お弁当の美味しさに2人が感動していると、それはこの昼食を取っているみんながそうだったらしく、店内の生徒達は誰もが幸福に満たされた表情を浮かべている。
マールが夢中になってこの美味しい食事を楽しんでいると、不意にミチカから質問が飛んできた。
「で、森を前にした感想は?」
「うぇ?うん、楽しみだよ」
「すごい大きな森ですよね。神秘の力を感じます」
2人の感想を聞いて満足したのか、彼女は自分もお弁当を食べながら今日の決意を改めて口にする。
「今日こそ私は精霊を見つけるんだ」
「頑張ろうね!」
力の入った決意を聞きながら、マールもその野望に協力する事を約束する。その後も楽しく談笑しながら昼食は進み、気がつけば用意されたお弁当をぺろりと平らげていた。
「ふー、まんぷくぷー」
満足したマールは十分お腹が膨れたところで、満面の笑みを浮かべながらお約束のセリフを口走る。昼食もこうして終わり、次こそはメインイベントの森の精霊を探すツアーが始まった。
まずは生徒全員が森の前に整列し、揃ったところで先生が声を上げる。
「それでは皆さん出発します。森の息吹を感じて、偏在するエネルギーをよく覚えていてくださいね」
「あ、やっぱり精霊を見つけるのがメインじゃないんだ」
先生の言葉の中に精霊と言う言葉が出なかった事から、今回のイベントの趣旨をマールは改めて実感する。それから生徒達はぞろぞろと森に入っていった。
マール達も緊張しながら初めて入る森を一歩一歩踏みしめていく。ある程度歩いたところで、少し精神的余裕が出てきたマールは一緒に歩いているミチカに声をかけた。
「精霊ってそう簡単には見つからないんだよね?」
「そうだよ。見られない人は何年通っても見られないんだって」
「そんなになんだ……」
彼女の説明を聞いて精霊に会う事のハードルの高さを実感したマールは、たった2時間弱で精霊に会おうと言うのはやはり無謀なのかも知れないと軽く落胆する。同じ説明を聞いていたなおは精霊に会うために必要な条件を顎に手を当てながら推測した。
「精霊って自然の力が具現化したものですし、会うためにはきっとタイミングが重要なんでしょうね」
「お、予習してきたね。その通りなんだよ。だからさ、逆に今日みたいな日にこそ見つかったりするかもなんだよね」
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