第96話 精霊のいる森 その2
「本格的に探したいなら一泊するべきなんだよね、それを日帰りとかさあ」
2人が行事の問題点を把握したところで、ミチカがこの行事自体を否定するような持論を述べる。この言葉を聞いたマールは、身を乗り出して得意気に話す彼女に尋ねた。
「ミチカは前に行った時、精霊に会えたの?」
「それが覚えてないんだ。記憶にないからきっと出会えていないんだと思う」
「じゃあリベンジだね!」
森には行ったものの目的を果たせていないと言うこの言葉に、マールは両手を握って応援する。
けれど当の本人はあまりその事に固執はしていないようだった。彼女は仕方ないと言うジェスチャーをしながら、諦め気味に口を開く。
「ま、期待はしていないけどね。こう言うのは期待すればするほど駄目だって言うし」
「ジンクスですね」
ミチカの言葉になおが同意する。こうしてこの話題も途切れたところで、マールが根本的な話を切り出した。
「精霊かぁ……どんな感じなんだろうな」
「見た人によればすごく神秘的らしいよ」
ミチカはマールの疑問にまるで噂話をするように答える。この言葉に感化されたマールはまた拳を握って力説した。
「絶対見たいね!」
「そう言うと見られないですよ」
熱気に燃える彼女に対して、多少は冷静ななおはすぐにジンクスを思い出して暴走気味なマールに釘を刺す。そうして3人はまた笑い合うのだった。
午前の授業が終わって昼休み。教室で昼食を採ったマールは、ちょうど食事を終えて片付けているなおに声をかける。
「ね、図書室行こっか」
彼女はすぐにこの誘いに同意した。そうして2人で並んで学校の図書室――規模的に言えば図書館だけど――に向かって歩いていく。歩きながら、なおがこの図書室についての話題を振った。
「遠いから昼休みとかじゃないとゆっくり楽しめませんね」
「後は放課後とか」
マールのこの答えがヒントになったのか、突然何かを閃いたなおが目を輝かせながら口を開く。
「あ、読書のクラブと言うのはどうでしょうか?」
そう、それは朝話していた部活の事についてだった。確か、無数にあるこの学校の部活の中に、読書をする部活として読書クラブと言うものがあったのだ。
なおは読書が好きだし、マールも読書自体は苦手ではない。そう言う意味においては悪くない選択肢のようにも思えた。
けれどそんななおの思いつきに対し、マールはあまりいい顔はしなかった。
「えー?だって読むだけじゃないでしょ部活ならさ。多分感想文とか書かされるよ?私、そう言うの苦手だよー」
「あ、それは私も苦手です」
「おお、気が合うね」
意見が合致した事で、この読書クラブに入部と言う話はなしと言う事に決まる。それからも雑談しながら図書室に向かっていると、図書室まで後もう少しと言うところで建物の死角から突然生徒が現れた。
「うわっ」
「あれ、転移魔法ですよ。使えたら移動も楽でしょうね」
なおの見立てによると、何もないところから突然生徒が出現したからくりは、転移魔法と言う魔法らしい。転移魔法とは、その名の通り好きな場所に転移する魔法で、極めれば移動時間はほぼゼロになると言う夢のような魔法だ。レビド中央魔法学校のような広大で移動に時間のかかる大きなマンモス校において、転移魔法は使えればかなり精神的、肉体的に楽になる。
ただし、ここにひとつの大きな問題があった。それをマールは口にする。
「でもああ言う魔法って確か学校が禁止してなかったっけ?」
「だからこんな物陰に転移したんじゃないでしょうか?」
そう、転移魔法は学校で使用禁止となっている。なので多くの生徒は律儀に魔法を使わずに移動している訳だ。転移魔法を使う生徒は、先生にバレないように隠れて使うしかない。バレたら注意されるか下手したら停学か更にそれ以上の罰か。校則違反だから仕方ないね。
そんなリスクの高い転移魔法だけど、使う人は隠れながらも結構平気で使っている。この光景を見たマールがこの魔法に憧れない訳はなく、すぐに目を輝かせながらなおに話しかける。
「私達もどうにか使いこなしたいよね」
「でも授業じゃ教えてくれませんよ?」
「えー、じゃあどこで教えてくれるのー?」
使用禁止の魔法を授業で教える訳がない。その当然の話にマールは肩を落とす。落胆する彼女になおはひとつの方法を口にする。
「どうやら転移魔法を教えてくれる専門の学校があるみたいですね」
「うへぇ。学校以外で勉強なんてしたくないよ」
面倒くさがりのマールは、学校で授業を受けながら別の学校で新たに勉強すると言うその方法に嫌悪感を露わにする。こうしてマールの転移魔法への憧れは、泡のように呆気なく消える事となったのだった。
図書室に入った2人は、ズラッと並ぶ蔵書の中からお目当ての本を探し始める。ここに来るまでにその目的を聞いていなかったなおは、そこで改めて先行するマールの背中に語りかけた。
「何の本を読むんですか?」
「それは勿論精霊の本だよ。あらかじめどう言うものか知っておけば探すのも楽になるでしょ」
そう、彼女は精霊について図書室で予習しようとしていたのだ。ニコニコと話すマールの顔を見て、なおも釣られて笑顔になった。
そうして2人が本棚をなぞりながら精霊の関する本が並ぶコーナーを探していると、見知った顔が明るい声で話しかけてきた。
「あれ?マールじゃない」
「ゆん?何しに来たの?」
「ここで本読む以外に何があるのよ」
「てへ」
声をかけてきたのは、クラス分けで授業中はほぼ会う事のなくなった友達のゆんだった。彼女も本を読むためにこの図書室に来ていたのだ。偶然会った顔馴染みにテンションが高くなって、その場で雑談が始まる。
いつも寮で会っているのでそこまで話のネタがある訳ではなかったものの、話し過ぎて図書係に注意されるくらいには話は盛り上がった。
「へええ、マールも精霊の事を調べようとしてたんだ。勉強熱心じゃない」
「ふふん、当然よね」
ゆんに褒められたマールは調子に乗って鼻を高くする。彼女の話を聞いたゆんは目的が同じだった事もあって、2人の予習に参加する事となった。
こうして3人で精霊についての本を探す事になったものの、さすがは蔵書10万冊、中々お目当ての本のある場所には辿り着けないでいた。
「えーと……本が多いと探すのも大変だね」
「ここにありますよ」
「お、なおちゃんナイス!」
マールとゆんが苦戦する中、優等生のなおが特に苦もなく精霊関係の書籍の並ぶ棚を見つけ出した。彼女の呼びかけに2人が合流すると、そこには結構な数の関連書籍が並んでいる。この状況を前にマールは軽く途方に暮れた。
「うあ。精霊関係の本だけで数十冊はあるよ」
「精霊の研究に精霊の歴史に精霊写真集に……」
3人はこの中からどの本を読もうかと首をひねる。ずっと本棚の前で立ちっぱなしなのも時間の無駄だと、ここでゆんが並んでいる本の中からある一冊を勢い良く引き抜いた。
「じゃ、写真集にしよっか」
彼女が引き抜いたのは精霊の写真集。その本はオールカラーで全てのページに精霊の写真が収められているらしい。ゆんはその本を手にしながらニッコリとマールに笑顔を向けた。
「一緒に見ようよ」
「えー?」
このお誘いに彼女はわざとらしく嫌な返事を返す。当然ながらこの反応にゆんは不機嫌になった。
「駄目なの?本島に来てから変わっちゃったね」
「うそうそうそ!一緒に見よっ!」
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