第97話 精霊のいる森 その3

 冗談に冗談で返してお互いが顔を見合わせて笑い合うと、そのまま2人は並んで座席のある場所まで移動する。同じ光景を目にしていたなおも急いで後を追った。

 3人が席についたところで、早速ゆんがその写真集のページを開く。本に載っている精霊は神秘的な白い服を来ていて、とてもいい雰囲気だった。この写真を見たマールは感想を口にする。


「精霊って写真に写るんだね」


 ペラペラとページをめくると中々に刺激の強い写真も現れ、3人も、特にゆんが興奮し始めた。


「おおお……」


「なんか、巨匠が描いた絵みたい」


「憂いを帯びた表情が素晴らしいです」


 その完成された美しさを目にしたマールもため息をつく。そのページでは深い森の中で精霊が岩に腰掛けてどこか遠くを見ていた。その雰囲気は見る人それぞれが別の印象を抱く事だろう。ある人はそこに神聖さを見出し、ある人は劣情を催すかも知れない。


 森から満ち溢れるエネルギーと儚げさと美しさを併せ持つ精霊の姿が見事に相乗効果をもたらしていて、その何とも魅力的な写真がこの写真集には何枚も収められていた。どの写真もいい写真ではあるのだけれど、思春期の少年少女が目にするには少し刺激が強すぎる気がしないでもない。


「まるでモデルさんだね」


 どの写真も精霊がまるでポーズを取ったモデルのような雰囲気を醸し出していて、そう感じたマールのこの一言にゆんも同意する。


「本当だよ。あれ……?」


「どうしたの?」


 何かに気付いた彼女が急いで写真集の最後のページを開いてそこに書かれていた文章を確認する。それで確信を得たゆんは一緒に本を眺めていた2人の顔を見て苦笑した。


「これ、精霊をイメージしたモデルさんの写真集だった」


「え?それじゃあこれコスプレ?道理で鮮明に写ってると思った」


 種明かしをされたマールは、写真集を見ていて感じていた疑問が一気に解消してホッと胸をなでおろす。写真集に映っている精霊が人間サイズの大きさだった理由も、自然エネルギーが形を取ったにしてはやたらハッキリ映っていた理由も、ポーズが不自然なほどに神秘的だった理由も、最初からモデルさんが演じていたならば納得だ。そう言う写真集も置いてあると言う事でなおも感心する。


「この図書館って色んな本が置いてあるんですね」


「流石は10万冊」


 本物の精霊の本が読みたかったマール達はまた本棚に戻って別の精霊に関する本を探す。今度はなおが詳しそうな本に目星をつけて引っ張り出した。


「精霊についてはこの本が詳しそうですよ」


 と言う訳で、その本を持って席についたなおがページを開くと、眺める3人の目の前に広がったのはびっしりとページを埋め尽くした文字の羅列だった。


「うげ、文字小さっ……」


 そう、なおが持ってきたのは精霊についての本格的な学術研究書だったのだ。このレベルの本もまた思春期の少年少女には不釣り合いだろう。書いてる文章も理解の難しいもので、1行目からつまずいたゆんはすぐにリタイアを宣言する。


「私、さっきの写真集でいいや。写真写りとか色々と参考になるし」


「あ、ちょ」


 思い立ったが吉日と、ゆんはまたさっきの写真集を読もうとして席を立った。マールはこの状況にどう対処していいか頭を悩ませる。そんな彼女の苦悩を察したなおはマールの顔を覗き込んだ。


「マールちゃんも文字ばかりの本は苦手ですか?」


「しょ、正直言うとね。イラストが多い本とかの方がいいかなー」


 マールは焦りながら自分の希望を口にする。するとなおはまるでその答えを予想していたかのように、もう一冊の本を机の上に差し出した。


「じゃあ、この本でしょうか?一応持ってきていたんです」


 それは親しみやすいイラストが表紙の精霊についての入門書のような感じの本だった。本の表紙を見ただけで分かりやすい雰囲気を察したマールは、目を輝かせて本に食いついた。


「お、おお……。これは分かりやすそう」


「子供向けの本ですけどね」


「あ、あはは……」


 なおの説明にマールは思わず苦笑い。それから自分の読みたい本を小声で独り言のようにつぶやいた。


「簡単な本と難しい本の中間みたいなのはないのかな~」


「子供向けでも結構情報は詰まってるんですよ」


「じゃ、じゃあそれでもいいか。この図書室にあるって事は学生のレベルに合った本には違いないんだろうし」


 彼女にやんわりと説得されたマールは、恥ずかしさを我慢しながらこの子供用の精霊の本を読む事にする。年齢的に言えばマールもまだ13歳な訳で、子供向けの本を読んだところでそこまで違和感はないはずなんだけど、この時期って背伸びをしたい年頃なんだよね。

 本は流石に分かりやすく書かれていて、精霊について懇切丁寧に説明されている。とにかく精霊の事を知りたい2人にとって、この本を選んだのは正解だと言えるだろう。


「精霊は自然現象を司るエネルギー体が、形と意志を持ったものみたいですね」


「ほほう……」


「精霊の森にいる精霊はそのものズバリ、森の精霊だそうです」


 本を読んで精霊についての理解を深めながらマールは今度のイベントの事に思いを馳せ、頬杖をつきながら独り言をつぶやいた。


「やっぱ滅多に会えないのかなぁ」


「でも、絶対に会えないと言うものでもないみたいです。運と相性と必然みたいな縁があれば、と言うところみたいですね」


「私達、会えるかな?」


「会いたいですよね」


 こうして昼休みギリギリまで精霊について勉強した2人は、本を戻して図書室を後にする。ちなみにゆんは例の精霊写真集をそのまま借りたらしい。

 写真集のモデルのポーズとかを、色々と今後の参考にしたいのだとか。



 授業も終わって放課後、寮の部屋で夕食後にまったりしていると、留学組のみんなの話題も今度のイベントの事にシフトする。まずはマールが何気なく話を切り出した。


「精霊、会えるかな?」


「精霊は私も見た事がないから、是非見たい!」


 彼女の話にすぐに食いついたのは本島で何度も妖精を見ていたファルアだった。妖精マニアの彼女も、まだ精霊にはお目にかかった事がないらしい。鼻息の荒い彼女に若干引きながら、マールは話に参加しているみんなを見回した。


「ファルアが見た事ないなら、この中で見た人はいないね」


「ただ、森の滞在時間が2時間ちょっとだから、過度に期待はしない方がいいよ」


 興奮するファルアを諌めるようにゆんが口を開く。するとすぐにファルアは今回の学校の方針に文句を言った。


「大体、学校は何でそれだけの時間しかいられないのに日帰りの強行スケジュールなんて組んだんだろ?ほとんど移動時間じゃん」


「確実でなくても、精霊について感じてもらうためなんじゃない?精霊は自然現象の化身。見えなくてもそれはただ具現化していないだけかも知れないもの」


 ファルアの言葉に学校側の意図を代弁したのは、ここまでずっと沈黙を守っていたしずるだった。この言葉を聞いたマールがポンと膝を打つ。


「成る程、森の神聖さを感じるために行くんだ」


「きっとそれだけでも意味がある事なんだよ」


「さっすがしずる!いい事言う」


 マールは手放しでしずるを褒め称える。話をずっと聞いていたファルアはそこで拳を握りしめ、メラメラと闘志を露わにした。


「でも行くからにはギリギリまで探すもんね!私は持ってるもん」


「ああ~、運なら負けないもんね!何せコンロンの森で妖精見たし!」


 彼女の宣言に何故かマールが対抗意識を燃やす。

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