精霊のいる森

第95話 精霊のいる森 その1

 部活関係の話題で盛り上がった翌日、マールとなおの2人は教室でその事について話し合っていた。しずるがどうするかは具体的には分からなかったものの、ゆんもファルアも活動を始めている。この2人は島にいたときから活動していたからその延長だけど。

 マール達は島にいた時から特に何の課外活動もしていなかったため、ここでどうするか考え始める羽目になってしまった訳だ。


 2人共、出来れば今までの流れのままで行きたかったものの、雰囲気的には何か活動した方がいい感じになっていて、だからこそ2人で意見を出し合っていた。


「部活、どうしましょうか?」


「前の学校でもしていなかったんだし、しなくていいんじゃない?」


「でも勧誘の誘いが……」


 そう、能力的に普通のマールはあまり勧誘されてはいなかったんだけど、日が経つにつれ明らかになってくるなおの才能に多くの部が勧誘を始めてきたんだ。

 運動部、文化部の区別なく、ほぼすべての部活がなおを自分達の部活に引きずり込もうとしていた。


 まず見た目が可愛い事から演劇部が目をつけ、魔法の才能が飛び抜けている事から魔法に関する部活の皆さんに注目され、声が美しくて放送部に、歌が上手くてコーラス部に、楽器の演奏が上手くて吹奏楽部に、絵の上手さから美術部に――。

 島にいた頃は勧誘なんてなかったのもあって、この熱狂ぶりに彼女自身が大いに戸惑っていた。


「なおちゃん何でも出来ちゃうからなぁ……」


「そ、そんな事ないです」


 マールの言葉になおは両手を左右に振って謙遜する。マールはすぐに顔を窓の方に向けて両手を後頭部に組んで自嘲した。


「その点私は気楽なもんだよ。特に何かが秀でてるって訳でもないしさあ」


「そ、そんな事ないですよ!」


「いや、いいんだって」


 慰めようとするなおの言葉を軽くかわしてマールは苦笑いを浮かべる。そんな彼女を見たなおは机に手をついて勢い良く立ち上がると、じいっと相手の顔を見つめ、お互いに見つめ合うかたちになった。

 この突然の行為にマールは思わずたじろいだ。


「な、何?」


「だから一緒に何か部活、やりましょう!」


「えっ?」


 この予想もしていなかった突然のなおの告白にマールは目を丸くする。呆然としている彼女を見たなおは自分がそう発言した理由を語り始めた。


「何かの部活に所属すればもう勧誘はなくなると思うんです」


「うん」


「だからマールちゃんも一緒にやりましょう!」


 なおはそう熱弁しながらマールの手を握る。自分が部活をするために必要だと言うその言葉をすぐには理解出来なかった彼女は、なおに説明を求めた。


「ちょ、なんで?」


「私、ひとりじゃ不安なんです」


「えーっと……」


 大体の事情を飲み込めたマールはこのまま帰宅部員を続けたいと言う自分の欲望と、なおの願いを叶えてあげたいと言う願いとで悩み始める。返事がすぐに返ってこないので、なおは不安になったのか段々顔色が悪くなり始めた。


「駄目ですか?」


「いや、駄目って訳じゃ……」


 その言葉をマールはすぐに否定したものの、賛同していないと言う現状には変わりなく、彼女は椅子に力なく座るとそのままうつむいてしまう。


「……」


「あ、うん、駄目じゃない、駄目じゃないよ!分かったよ、一緒に部活やろ!」


「有難うございます!」


 無言のそのプレッシャーに耐えきれなくなったマールはついに自分の中のタブーを取り去った。色好い返事の聞けたなおは顔を上げて満面の笑みを彼女に見せる。

 その笑顔を見ただけで、マールは自分の選択も悪くはないものだと思えたのだった。


「でも部活かー。どこがいいだろうね?なるべく楽しくて楽なのがいいな」


「そうですねー」


 そう言う訳で何かの部活に入る事までは決めた2人なのだけど、マール達が留学したレビド中央魔法学校は部活の数がやたらと多く、その中からひとつを決めるだけでも大変な作業となった。部活の兼任も認められているとは言え、部活未経験者の2人が複数の部活を掛け持ちするなんて言うのは全く想定の外でしかない。

 そもそも勧誘地獄から逃れたいと言うのが理由なので、最初から部活に対する情熱もない訳で――。そう言う理由もあって出来るだけ楽で楽しく続けていけそうな部活を2人は真剣に検討し始めるのだった。



 2人が部活を決めかねている中、クラスでは担任の先生があるプリントを生徒達に配り始めた。


「え~、来週は精霊の森に行く訳ですが、詳しくはそのプリントを熟読するように」


「精霊の森……」


 そう、精霊の森に行く日が近付いてきていたのだ。森は遠いところにあるらしく、バスでそこまで行くらしい。

 休み時間にプリントの内容をマールが読み直していると、ニコニコ満面の笑みを浮かべてミチカがやってきた。


「楽しみだね、マール」


「う、うん」


 熟読してる最中に突然呼びかけられたのでマールはびっくりして返事をするので精一杯。彼女がやってきたと言う事で、なおが恐る恐る質問する。


「ミチカちゃんは私達が水泳部に入らなくても仲良くしてくれますか?」


「え?そんなの当然じゃん。そんな事で嫌いになったりしないよ。もしかして気にしてたの?」


「あ、はい、すみません」


 彼女は自分の質問でミチカが気分を害してしまったと思い反射的に謝った。その言動に疑問を抱いた彼女はすぐになおを元気付ける。


「いやいや、謝るのはおかしいって。ほら、顔上げて、笑って。なおは笑顔が一番だからさ」


「あ、はい。有難うございます……」


 こうしてこの話にうまく区切りがついたところで、話の流れを変えようとマールは口を開いた。


「プリント読んでたんだけどさ、精霊の森はバスで行くって事になってるけど……結構遠いの?」


「遠いよ。車とかじゃなきゃ行けないくらいにね」


 ミチカは森の場所を知っているのかすぐに答える。もしかしたら本島の住人はみんなそのくらいの事は常識レベルで知っているものなのかも知れない。

 距離が遠いと言う事で、同じプリントを確認していたなおがここで言葉を続ける。


「バスでも3時間もかかるんですよね」


「そ、結構なもんだろ」


 ミチカはそれがまるで自分の手柄のようにドヤ顔で答えた。森までの距離が大体感覚的に掴めたところで、次にマールは森についての質問を口にする。


「森自体は大きいの?」


「大きいよ。2人は行った事ないから感覚は掴めないだろうけど」


 そのいかにも知った風な口ぶりを聞いたマールは、彼女の顔を覗き込む。


「って事はミチカはあるんだ?よく行くの?」


「てへへ、実はまだ一回しか行った事ないんだ。その時は家族旅行だったんだけど、もうあんまり記憶にない」


 マールに追求されたミチカは苦笑いをしながら真相を口にする。その告白を聞いて3人は誰からともなく自然に笑い合った。

 そうして場の雰囲気がふんわりと軽くなったところで、今度はなおが心配そうな顔をしながら口を開く。


「往復6時間ならあんまり森自体は楽しめませんね」


「ちゃんと最短コースを歩くようになっているから、うまく行けばきっと精霊にも会えるよ」


 このミチカの言葉にマールは一抹の不安を覚え、聞き返した。


「えっ?それって……」


「プリントをよく読んでみた?」


 彼女の指摘を聞いて2人がじっくりとプリントを隅から隅まで目を通すと、そこに気になる言葉を発見する。


「あ、確かに出会えるかどうかは運次第って……」


「あ、本当ですね」

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