第92話 新しい生活 その3

 流石マンモス校だけあって運動場の広さもかなりのもの。そうして運動場のそれぞれのエリアが運動部のテリトリーらしい。この運動場を見ただけで放課後とか各部活がそれぞれ活発に活動してさぞかし壮観な光景になる事は容易に想像出来た。

 それはそれで素晴らしい話ではあるものの、マールには少し気になる事もあるようで、ミチカの話が途切れたタイミングを見計らって彼女はそれを打ち明ける。


「ねぇ、私達が普通に遊べる部分はないの?」


「勿論自由に開放されている場所もあるよ、見たら分かると思うけど……」


 この質問にもミチカは少しも言い淀む事なくスムーズに答えた。少しクイズじみたその返事を聞いて、運動場をじっくり観察していたなおは閃く。


「あ、あの辺りは今誰もいませんね」


「そう、なお正解!あそこがそう。ちなみに魔法陸上と魔法サッカーの間の部分だよ。あ、2人は部活とか入る?」


 流れから部活の話になって2人は困惑する。何故なら島では2人共部活には入っていなかったからだ。上手く答えられそうにない気がしたマールは返事をそれとなく誤魔化した。


「うーん、各部活の内容を詳しく知ってからかな」


「わ、私も……」


 マール同様に部活の事を何も考えていなかったなおも彼女の言葉に追随する。返事を聞いたミチカは好奇心が疼いて2人の顔を覗き込む。


「島では何やってたの?」


「えへへ……実は何も……」


 その圧に耐えきれなくなったマールがつい本当の事を口にすると、彼女の表情は一変し、途端に勧誘モードに早変わりした。


「えー!勿体ないよ!何かやろうよ!きっと面白いって」


 この反応に何かあると察したマールは好奇心が疼いてすぐに質問を返す。


「そう言うミチカは?」


「私は魔法水泳部所属!レギュラーに選ばれるのが目標なんだ」


「へええ、すごいね」


 彼女が水泳部で頑張っていると聞いてマールは素直に感心する。そこでミチカは目を更に輝かせて、話に興味を持ち始めたマールを同じ道に引き込もうとした。


「良かったら水泳部に入る?」


「で、出来ればスポーツ以外の方がいいかも」


 マールはこの圧にたじろぎながらもその誘いをやんわりと断った。あての外れた彼女はターゲットをしれっと変える。


「そっか。なおは?」


「わ、私も色々見てから考えます」


 話を振られたなおも慌てて保留する。いきなり却下しても本当はいいんだろうけど、雰囲気的にやっぱりそれは出来ないよね。勧誘に失敗したミチカは少し沈んだ顔をしながらも、すぐに顔を上げて普段通りに表情に戻った。


「……ま、それもいいかもね。じゃ、このまま野外の施設の説明といこうか」


「おー!」


 マールがその声に手を上げて陽気に反応する。その行為に元気をもらったミチカは意気揚々と歩いていく。そんな彼女が最初に紹介したのはかなり大きな全天候型のスポーツ施設だった。流石本島だけあって桁違いの大きさを誇っている。


「ここがプール。私の主戦場。で、向こうが武道館ね。体育館とは別にあるんだ」


「あのドームは?」


 ミチカの説明から漏れた立派な施設をマールは指差した。彼女はこの質問にも即答する。


「魔法空中競技用の施設だよ。ああ言う作りで風の影響を受けないようにしてるんだ」


「すごいね、島にはなかったよ」


「まぁここまでの規模のは本島でも数えるほどしかないね」


 ミチカは得意げにそう言った。この学校は何もかもがスケールが違っていて島の学校とは比較にならない。なので説明を受ける度にマールの口は開きっぱなしになってしまっていた。圧倒されている彼女と違って、いくらか平常心の残っていたなおは冷静にまだ説明されていない建物について言及する。


「残りの建物が体育館と講堂ですね」


「そ、講堂でもたまに映画の上映とかしてくれるよ。内容はつまんないけどねー」


 このミチカの不満を耳にしたマールは、ようやく共通の話題が出来たと嬉しくなって言葉を弾ませた。


「学校あるあるだ!」


「たまにはスカッとするアクションモノとか恋愛モノとかやって欲しいよね」


「わかるー」


 こうして2人が意気投合したところでまたしてもタイムリミットになる。授業開始のチャイムが鳴る前に3人は急いで教室に戻った。学校が広いため、下手に離れ過ぎると戻るのにもしっかり時間を計算しなくてはならない。3人が教室に戻ったのはチャイムが鳴り終わった直後だった。

 幸い、先生がその後に教室に入ってきたので戻るのが遅いと責められる事もなく、何事もなかったように授業が始まる。授業終了後はまた学校案内の続きとなった。


「じゃ、また校舎の案内に戻ろっか」


 ミチカはそう言うと鼻歌を歌いながら廊下を歩いていく。ご機嫌そうな彼女にマールは目を輝かせながら弾んだ声で話しかけた。


「ねぇ、何か面白い教室とかない?」


「ほう、お主は学校をテーマパークか何かと?」


「いや、そんなつもりじゃ……」


 ミチカに心を深読みされたマールは慌てて弁明する。その様子がおかしかったのか彼女は少し含み笑いをすると、そのよく通る声で元気に話しかける。


「あるよ!着いてきて!」


 まさか本当に面白い教室があるだなんて……マールは自分の冗談が通用しなかった事に少し困惑していた。その面白い教室はマールのクラスからはかなり離れているらしく、3人はずーっと廊下を歩く羽目になっていた。


「しかし本当に広いね。島の学校の何倍も大きいよ」


「うちはこのあたりの地区でも一番大きいからね~。ただ、生徒数が多いのも良し悪しだよ」


 マールとミチカの2人はもうすっかり仲良くなってまるで昔からの友達のように会話を楽しんでいる。学校の規模談話は終わる事なく続いた。


「まずは移動が大変だよね」


「そこなんだよねぇ」


 廊下を歩いて階段を登って……そろそろ弱音のひとつでも吐き出そうかとマールが決意した頃、ようやくその教室に辿り着いた。先行するミチカの動きが止まったので確認のためにマールは質問する。


「ここ?」


「そ、入ってみて」


 彼女の進められてマールは恐る恐るそのドアを開ける、するとその先にあったのは巨大な天体観測装置だった。その教室の光景を見たマールは興奮のあまり思わず大声を上げる。


「うわあああ……でっかい望遠鏡……」


「ここがこの学校の自慢のひとつ、天体観測室だよ。星見は魔法使いにとっても大事な学問だからね」


 どうやらこの教室自体がこの学校の自慢のひとつでもあるらしい。初めて見る巨大望遠鏡にマールは好奇心が抑えきれなかった。


「み、見てもいいのかな?」


「流石に昼間に見ても星は見えないよ」


「あ、そっか。残念」


 いくら望遠鏡が高性能でも昼間は星を観測する事は出来ない。この当たり前の事実を前に彼女はがっくりと肩を落とす。そんなマールをフォローするようになおがこの教室の感想を口にした。


「でも、ロマンがありますよね」


「でしょ」


 自慢の教室を誉められたミチカはとても嬉しそうだった。一旦落ち込んでいたマールもすぐに調子を取り戻し、得意げなミチカにおかわりを求める。


「他には?他にはないの?」


「あるよ!」


 この無茶っぽい要求もよっぽど自信があるのか即答で返される。彼女は教室を出て廊下を歩きながらその面白い教室の情報を口にする。

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