第91話 新しい生活 その2
「でもあなた達、いい時に留学してきたよね。あ、そっか、この時期だから留学してきたのか」
「え、何?」
ミチカの言うその言葉にピンとこなかったマールは思わず聞き返した。すると彼女はふんと胸をそらし、得意気に説明する。
「もうすぐ授業でね。精霊の森にいくんだ」
「精霊?妖精じゃなくて?」
「精霊がいるんですか?」
ミチカの口から出た精霊と言う言葉に2人共目を丸くする。何故なら精霊については何も知らなかったから。聞きなれない言葉に戸惑っている2人を見た彼女は、この島のベテランと言う雰囲気を顔に出しながら更に事情通っぽく説明を続ける。
「妖精なんてこっちじゃ珍しくないからね。でも精霊は珍しいの。滅多に見られないんだから。あ、そうだ!島で精霊を見た事は?」
「いや、妖精ですら珍しかったよ」
「精霊はまだ見た事ないです」
自分の予想が当たって嬉しかったのか、ミチカはテンションを上げながら明るい声で提案する。
「そうなんだ!じゃあきっといい思い出になるよ!私が案内してあげる!」
「あ、ありがと……」
「ありがとうございます」
彼女の怒涛のテンションに2人は圧倒されて、お礼を言うので精一杯。この会話を聞いていた委員長キャラの子が、フォローのために話に割り込んできた。
「暑苦しくてごめんね。あ、私はエーラ。分からない事があったら何でも聞いて」
次に自己紹介をしたのが委員長キャラのエーラ。実際は委員長ではないみたいなんだけど、その雰囲気や振る舞いがすごく委員長っぽい。
身長はミチカより少し高くて髪は黒髪パッツン前髪ストレートのセミロング。制服もびしっと真面目に着こなしていて、実に様になっている。きっと全ての面において真面目なんだろうな。どことなくしずると似たような雰囲気を感じるよ。
「エーラはすごいんだよ、魔法検定でB+なんだ。クラスでも3人しかいんだよ」
エーラの話が途切れたと思ったら、すぐにミチカが彼女についての補足説明を続ける。どうやら見た目やふるまいからの判断もあながち間違いでもなかったらしい。魔法検定B+と言うのは後少しでAになると言うかなりの高ランクの結果。その優秀さに低ランクのマールは素直に感心する。
「それはすごい!私なんてね……」
「あ、無理に言わなくていいよ。下位ランクとかさ、口にしても空しくなるだけじゃん」
「だよねー」
高ランクのエーラに対して、ミチカはそうでもないらしい事がこの会話から容易に伺われた。自分に近いものを感じたマールはここで意気投合する。
そんな2人を見たなおもまた、彼女に好印象を抱くのだった。
「ミチカさん、いい人ですね」
「うん、すぐに仲良くなれそう」
「エーラさんも頼れそうな人で安心しました」
なおは話しかけてくれた2人を高評価。それはマールも同じ意見のようだった。クラスに受け入れられてきたと感じた彼女は、目をキラキラと輝かせながらなおに話しかける。
「私達も積極的に話しかけていこうよ!早く馴染まないと!」
「そ、そうですね……」
その圧に少しなおはたじろいだものの、マールに引きずられる形で2人はクラスのみんなに話しかけていった。留学生と言う武器を使って、取り敢えず一通りクラスメイト全員に名前を売り込んでいく。話しかけられた相手もみんな快くマール達と挨拶を交わしてくれて、2人は仲良くなる手応えを感じていた。
クラス全員に名前を売り込めたところで、今度は更に突っ込んだ話をしようと、マールは一歩踏み込んだ話題を口にする。
「ねぇねぇ、この街の事、教えてくれないかな……」
「街もいいけど、まずは学校案内じゃない、定番としては」
「あ、そっか」
ここでも最初に反応が帰ってきたのはミチカだった。どうやら彼女、かなりの世話焼きキャラらしい。流れが学校案内になったと思ったら、率先して手を差し出して動いてくれた。
「じゃあ案内してあげるから着いてきて」
これは願ったり叶ったりだと言う事で、すぐに2人は彼女の誘いに乗る事にする。
「なおちゃん、いこっか」
「は、はい」
ミチカの案内で最初に向かったのは学校の図書室だ。マンモス校なだけあってその規模はかなりのもの。図書室と言う名前ではあるけれど、校舎からは独立していて、図書館とも言える規模となっている。彼女はこの図書室に着くと、勢い良くドアを開けて早速説明を始めた。
「ええと、ここが図書室、蔵書は大体10万冊と言うところ。やっぱり魔法関係の書物が多いのかな。娯楽小説とかも結構多いから、結構いい暇潰しになるよ」
「じゅ、10万冊?途方もないね」
彼女の説明にマールは目を丸くする。学校の図書室と言えばマールの学校では何冊くらいあるのだろう?数えた事はないけれど多分1万冊もないくらいじゃないかな。それでもその数が特別少ないと言う事はなかったはず。
改めて本島の学校の規模に2人は言葉を失っていた。
「そう?こっちじゃ普通だよ」
「流石本島は違いますね」
なおもマール同様に桁違いの蔵書数に驚いてはいたけれど、本の好きな彼女はその数の多さに興奮しているようだった。
マールは図書室全体を大雑把に把握しようとしていて、なおは本棚に収められている本を細かく興味深そうに観察している。
10万冊の蔵書数を誇るこの図書室は大きさも規模も図書室離れしており、校舎から独立しているのもあって、かなり異質な雰囲気を醸し出していた。
簡単に言うと、まぁ、とにかく広い。本棚の多さも勿論だけど、それを読むスペースも広く取られていて読書環境はかなり快適だと言っていい。
初めて入った2人がそれぞれの興味の赴くままに部屋を眺めていると、この図書室に関してミチカが得意気に詳しい説明をする。
「ここに入り浸る生徒も多いけど、席も十分確保されているからいつ来ても座れないって事は多分ないと思うよ。後、図書室のお約束だけど静かに利用してね」
「ミチカもよく利用するの?」
「私?私はあんまり……。えへへ」
マールに質問された彼女は苦笑いをしながら頭を掻いた。どうやらあまり読書は趣味ではないらしい。その態度に共感したマールもまた苦笑いをする。
「私もあんまり縁がないかも」
「お、気が合うね」
「よろしくっ!」
2人が意気投合したところで図書室の案内はこれでいいだろうと言う話になる。3人が部屋を出てきたところで時間を確認すると、休み時間は残り後僅かになってしまっていた。
なので続きは次の休み時間と言う事になった。
この学校の授業だけど、マンモス校だし、島の学校よりレベルが高いのかと覚悟していたら、意外とついていける内容でマールはほっと胸をなでおろす。
授業に関して言えばフォースリンク諸島全体で厳密な指導方法が確立されていて、島の学校も本島の学校も教育レベルは同じくらいのレベルに保たれている。そう言う訳で留学生2人もまたストレスなくスムーズに授業を受ける事が出来ていた。
時間になって休み時間になると、すぐにミチカが声をかけてきた。
「じゃ、次、いこうか」
こうして彼女の案内で学校案内は再開される。次に向かったのは校舎の外だった。靴を履き替えててくてく歩いていくと、校舎の真正面あたりに来たところでくるりと振り返る。
「ここが運動場。……って見たら分かるか。授業以外の時間は魔法スポーツ選手がそれぞれのエリアで練習しているから邪魔しないようにね」
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