第87話 交換留学 その4

 ひとり陽気になる彼女にゆんが皮肉っぽく返事を返すものの、有頂天になっているマールにその言葉は全く刺ささらない。


「よーし!何だか勇気湧いてきた!これからもっとクラスのみんなに優しくしよう!」


 次の留学生の発表を数日後に控えたこの時期に今更ジタバタ慌てても何の意味もない。テスト前日に一夜漬けをするようなもので、そんな行動を起こそうとしている彼女に友達2人はすぐに忠告をする。


「いや、付け焼き刃は逆に怪しまれるって」


「そうだよ。もうとっくに留学生は決まってるって」


 テストと違ってこれは学校側が人選をするイベント。普通に考えてもうその人選は終わっているはず。2人にそう言われて現実に戻ったマールはがっくりと肩を落として消え入るような声で後悔をする。


「そっかぁ……こんな事なら入学した時からしっかり根回ししとけば良かった」


「マール……目が本気過ぎるから」


「その執念だけは認めるよ」


 ゆんとファルアは真剣に落ち込んでいるマールを彼女達なりに励ました。マールの肩を抱いたり優しく話しかけたり……。

 しかしそれがまた憐れみを受けているみたいで彼女は面白くない。何か吹っ切れたマールはぐいっと顔を上げると拳を握りしめて声を張り上げる。


「あーもう、本当、どうにかして選ばれたい!」


「でも良かったですよね。成績順じゃなさそうで」


「だよね!可能性出てきた!」


 同行していたなおからも励まされてマールは心機一転、有り余る気合を振り絞って雄叫びを上げたのだった。


 その日の放課後、家に帰った彼女は物凄い勢いで自分の部屋に戻ると惰眠を貪っていた僕を叩き起こして、今日あった事を大げさな身振り手振りで興奮しながら怒涛の勢いで話し始めた。最初こそ普通に聞いていたんだけど、途中から段々自画自賛気味な雰囲気になってきて、僕のまぶたは重くなっていく。


「……だからね、私が選ばれる可能性だって大いにあるんだよっ!」


「がんばれがんばれー」


「とんちゃん、応援するなら本気でお願い」


 僕が眠そうにしているのが不服だったのか、マールはものすごく冷たい視線を投げかけてきた。仕方がないので心情がバレない程度に話に付き合うと、すぐに彼女は機嫌を直してその後も延々と独演会が続く。僕はこの話が早く終わらないかなあと、それだけを思いながら付き合っていた。


 数日後、マールが教室に入ると噂好きのゆんが頼んでもいないのに率先して彼女に最新情報を話しかけてきた。


「ねぇ知ってる?今日留学生の発表があるらしいよ」


「どこで知ったの、そんな情報」


「もうすっかり話題になってる」


 ゆんの話にマールが教室を見渡すと、なるほど今日に限ってクラスメイトの熱気が独特なものになっていた。この雰囲気を感じて、彼女は静かに闘志を燃やす。挑戦的で不敵な表情を浮かべたマールはゆんの顔をじっと見つめた。


「そっか、それでこの熱気……みんな留学を狙ってるんだよね。クラス全員がライバルだ!」


「私は別にそれほどでもないけど……」


 話を伝えに来た割にゆんはそこまでこの話に熱心じゃないようだった。考えてみたら彼女はこの島でアイドルのレッスンをしているし、その関係もあってこの島にずっといる方がメリットが大きいのかも知れない。そんな事情を知ってか知らずか、マールはゆんに話を持ちかける。


「でも選ばれたら嬉しいでしょ」


「そりゃ……まあね」


 この反応から、やっぱりゆんも選ばれたなら行く気はあるみたいだ。彼女の気持ちを確認したマールはサムズアップをしてニコリと笑う。


「じゃあ一緒じゃん。一緒に頑張ろうよ!」


「いや、頑張るってもう発表待ちだし」


「細かい事はいいんだよ!」


 ゆんの冷静なツッコミに彼女は逆ギレ気味にツッコミを入れる。その内に他の友達も集まってきて、留学の話は大いに盛り上がった。クラスメイトの誰にでも選ばれるチャンスがあると言うのは、ある意味教室が戦場みたいな雰囲気になるのと同義で、ピリピリとした緊張感が室内に充満していく。どの生徒も都会である本島行きを望んでいると言うのがこの雰囲気からもよく分かる。

 そんな中で一体誰が選ばれるのか、先生がその言葉を口にするのをクラスメイトと全員が期待を込めて待つのだった。


 そうして始業の時間になって、先生がいつも通りの雰囲気で教室に入ってくる。殺気立った教室の雰囲気を一切気にかける事なく、先生は通常営業の口ぶりで話を始めた。


「えー、みんなもう知っていると思うが、もうすぐ交換留学の時期になる」


 噂通りなら今から留学生の発表が先生の口から語られる。マールの興奮はこの時、最高潮に達していた。


「ドキドキ……ドキドキ……」


「と言う訳で、後で候補の生徒を呼ぶから呼ばれたら職員室へ。では授業を始める」


 結局先生はすぐに留学生の生徒の名前を発表しなかった。一同は拍子抜けするものの、発表自体は今日中に行われる事が確定したので、熱気を維持したまま授業はいつも通りに行われる。もう行く生徒は決まっているのだから今から何かしたって意味がないと言うのに、少しで印象を良くしようとみんな積極的に授業に参加していた。


 時間が来て普段より何倍も熱かった1時間目が終わる。先生が教室を出ていった後、マール達は集まって早速雑談が始まった。まず最初に口を開いたのは何よりも選ばれる事に情熱を燃やすマールだ。


「中々焦らすねぇ」


「あー緊張したー」


「いつ発表なんだろ」


 彼女の発言の後にファルアとゆんが続く。活発な授業は生徒達の精神も疲弊させているみたいだった。先生がスパッと発表してくれない事について、当然のようにマールが不満を漏らす。


「てっきり授業の最後に言ってくれるものだと思ったんだけど」


「なんか極秘裏に伝えてくるのかな?テレパシーみたいに」


 先生の行動についてファルアが持論を口にすると、その必然性についてマールがすぐに反論する。


「そんな秘密にするようなものじゃないでしょ。みんなの前で発表して都合の悪いものじゃないし」


「だよねえ」


 この反論にファルアもすぐに同意した。その後も色々話をするものの、先生がすぐに発表しなかった理由について、これだと言えそうな有効な説は結局誰の口からも出てくる事はなかった。

 なので、話は選ばれるであろう生徒は誰かと言う話にシフトしていく。まずはゆんがこの話を切り出した。


「でもマールはともかく、しずるは確実に選ばれるよね」


 この意見に異論のあったマールはすぐに理由つきで反論する。


「え?でもしずるは仕事があるじゃん。島を守る大事な仕事だよ?」


「それは誰かが引き継ぐでしょ。あの子がいないだけでどうにかなるほど人員不足じゃないと思うよ」


「ああ、それもそうかあ」


 ゆんの冷静な視点からくる適切な説得力のある言葉にマール結局言いくるめられた。その後も誰が選ばれる、いや、その意見はおかしいと議論は白熱し、休み時間はその話題だけで過ぎていってしまうのだった。

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