第86話 交換留学 その3

 選ばれる数が少なければ、多くの人は欲を出さずに成績優秀者とかの一部の人が選ばれると最初から思い込んで自分達には縁がないと最初からやる気も出さないものだと思うのだけれど、多くの人が選ばれるとなると、自分も選ばれるかも知れないと欲を出し始めるものだ。

 この話を聞いてライバルの数が多そうだと感じたマールは、敢えてそこで考え方を逆転させた。


「逆に言うとさ、本島からこの学校に来る子もいる訳じゃん。私達はその子達と仲良くなる事を考えた方が良くない?」


「おお!マールのくせにいい事言う!」


「一言余計だよっ!」


 マールはゆんの無粋な返しにペシッと軽く叩きながらツッコミを入れる。それからみんなで軽く笑いあった。ひとしきり笑った後でマールは頬杖をつきながら想像の翼を羽ばたかせる。


「本島から来る子かぁ~。どんな人が来るのかなぁ~」


「やっぱオシャレで垢抜けてるんじゃない?」


 マールの夢想にファルアが付き合った。その話の流れでゆんも調子に乗って口を開く。


「それで私達を田舎者扱いするんだよ」


「テンプレだなぁ~」


 その話の展開のベタさ加減にマールは苦笑いをした。こうして話は自分達が留学する流れから、留学してきた子とどうやって仲良くなるかと言う流れに変わっていく。

 やれ生意気な子が来るに違いないとか、重度のマニアが来たりしてとか、この話題も結構な盛り上がりを見せていた。

 ある程度ネタも尽きてきたところで、ファルアが突然みんなに提案する。


「そだ!今から2年生の教室に行ってみない?」


「へ?」


 この唐突な言葉にマールは目を丸くさせる。ファルアはみんなの注目を浴びたところで、さっきの話の目的を話し始めた。


「今こっちに来ている留学生達がどんな人か見に行くんだよ!」


「おお、い~ね~」


 これで真意が分かってみんな納得したように返事を返す。話の盛り上がる中、マールはここまでの会話でいまいち会話の中に馴染み来てていないなおを気付かって声をかけた。


「なおちゃんも来る?」


「あ、はい!行きましょう」


 こうして4人は昼休みに全員揃って2年生の教室に行く事になった。給食を手早く済ませると、みんなは雑談しながら階段を上がって上級生の教室へと向かう。一応教室までは問題なく辿り着いたものの、この4人の中に2年生の知り合いがいる生徒は誰もいなくて、早速無計画にここまで来た事を後悔し始めた。

 でもここまで来てそのまま何もせずに引き返すのもどうかと思ったマールは、取り敢えず上級生の教室の中を恐る恐る覗き込む。


「え~と、誰がそうなのかな?」


「本島からきた人ならぱっとひと目で分かると思ったけど、そうでもないね」


 同じように覗き込みながら、ファルアも見た目でそれっぽい人を探す。

 しかしざっと見回したくらいでは該当する生徒の目星をつける事は出来なかった。この事について、ゆんが持論を口にする。


「もうほぼ一年こっちで暮らしているから、オーラも消えてしまったのかも」


「君達、ウチのクラスに何か用?」


 夢中になって教室を覗き込む4人の背後でその行為を不審に思った上級生が声をかけてきた。この突然の状況にマールたちは腰を抜かすほどに驚く。


「ひいいっ!」


「えっ、えっと、あの……」


 マールもファルアもゆんもまともに喋れない中、動揺の少なかったなおが少し控えめにこの教室まで来た理由をその先輩に説明する。


「あの、私達、留学生の方を見に来たんです」


「え?俺を?」


 そう、その話しかけてきた彼こそが偶然にも去年本島からこの島にやってきた留学生だったのだ。この恐るべき偶然にマールは言葉を失う。


「えっ……?」


 その後、4人は場所を変えてこの留学生先輩に話をしてもらうようにお願いする。先輩も暇だったのか、この申し出を二つ返事で快諾してくれた。

 適当に雑談出来る場所と言う事でみんなが向かった先は図書室だ。先輩を囲むようにみんなが座ると、まずはマールが先輩に話を聞くようになった話の流れを簡単に説明した。


「……と、言う訳なんです」


「なるほどね~。それで俺達を観察しに来たんだ。どう?見た目普通で驚いたでしょ」


「あ、いえ……」


 確かに先輩に見た目は普通っぽくて何処かが秀でているとかは見た目では全然分からない。ただ、人の実力は見た目だけで簡単に判断出来るものじゃないため、そこで素直にうなずく者はいなかった。微妙な雰囲気を察した先輩は、改めてこの留学の意図について話し始める。


「文化交流が目的だからね。性格的にすぐに馴染めそうな人が選ばれるんじゃないかな」


「そうなんですか!」


 先輩の言葉にマールが食い入るように反応する。性格の良さだけは悪くないと言う自覚があったため、彼女の心に希望の灯火が灯り始める。みんなの目が真剣になってきたので、先輩も彼女達を元気付ける方向に話を持っていった。


「だよ。多分条件は両校とも同じなはず。俺も成績は言うほど良くはないしね」


「そうなんですね!」


 留学に成績は関係ない!そうとも取れる先輩の言葉にマールの目は更に輝き始めた。その表情を見た先輩はすぐに彼女を褒め称える。


「おっ!目が輝いてきた!いいね!君とか選ばれるかもだよ」


「有難うございます!」


 先輩に認められてマールは精一杯の感謝の言葉を述べる。ひとり抜け駆け状態となったため、すぐに残りのメンバーも先輩に詰め寄っていった。


「わ、私はどうでしょうか?」


「ずるいゆん!私も聞きたい!」


 その圧倒的な圧に流石の先輩もたじろいでいる。いくら選ばれたからって、それだけでこの先輩が留学生に選ばれる基準を全て理解している訳でもないのに。先輩は両手を前に出してみんなに落ち着くように働きかける。


「いや、俺が選ぶ訳じゃなからさ……落ち着いてよ」


「あ、すみません」


「ごめんなさい」


 困惑する先輩を見て自分達の行動を反省した2人はすぐに頭を下げて謝罪する。これで話は仕切り直しになって、改めて先輩はマール達の留学したい熱に敬意を評した。


「でもみんな本当に本島に行きたいんだね。その望みが叶うといいね」


「はい、有難うございます」


 その後は先輩から本島の話を聞いたり、マール達側から質問が飛んだりと、本島談義に花が咲いた。先輩は本当にいい人で、みんなの不躾な質問にも穏やかに分かり易く話してくれた。こうして4人は本島についての生きた情報を手に入れられた事で、それぞれの好奇心を満たしていった。

 そうして昼休みも終わりに近付き、時間を確認した先輩が話を切り上げようと持ちかけて、4人は長い時間拘束した事を謝り、このささやかな会合はお開きとなった。


 帰っていく先輩に手を振って別れると、マール達も自分達の教室に戻っていく。その道すがら、先輩の印象についての会話に花が咲いた。


「いい人だったね」


「うん」


 ファルアとゆんが先輩の人柄について太鼓判を押していると、何か閃いたのか、マールがここで張り切った声を上げる。


「そっか、やっぱ人柄なんだよ!だったら私だって負けないよ!」


「マールが選ばれそうな条件ってそれくらいだもんね」

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