第85話 交換留学 その2

 彼女の主張に、マールが背伸びをしながら同意する。その流れで今度はファルアが話のネタを振った。


「ね、もし本当に本島に行けたら何しよっか」


「やっぱまずは観光じゃない?」


 この話に最初に乗ったのはゆん。彼女はノリノリで妄想の翼をはためかせて、楽しそうに口を滑らせる。いい雰囲気になってマールがその流れに便乗した。


「美味しいものも食べたいよね!」


「いーねー!」


 マールの意見にみんな声を揃えて同意する。やっぱり憧れの場所に行ったならまずは観光と食事はセットだろう。次はその場所でしか楽しめないものを楽しむと言う事で、ファルアがニコニコと笑顔のまま口を開く。


「本場の妖精も見たいな!」


「出たな妖精マニア!」


「あはははは」


 彼女の欲望にゆんがツッコミを入れて、その後でみんなが笑い合う。途中で少し険悪な雰囲気になりかけたものの、結局最後はいつもの仲良しのグループトークになったのだった。


 この留学の話が大いに盛り上がったので、マールは家に帰ってからも僕相手にその話を続けた。


「……と言う話をしてたんだ」


「マールの成績が良ければそんな話もあったかもだね」


 僕は冷静な視線で公平な意見を口にする。

 けれどそれが彼女にはそれが大変屈辱的に聞こえてしまったらしい。マールはわざとらしくハンカチを噛むと、泣き真似をしながら大げさな演技をした。


「とんちゃんまでひどい!私だって選ばれる可能性はあるんだからね!」


「確かに可能性だけで言えばあるかもね。どんな条件で選ばれるのか分からないし」


「でしょ」


 僕が少しだけ肯定的な意見を言うと、さっきなでの泣きの演技はどこへやらでケロッとまた脳天気ないつもの表情に戻った。

 あんまり調子付かせるのも良くないと思った僕はここでもう一度彼女に現実を見せておく。


「成績順で選んでいたら100%アウトだけど」


「うう……」


「魔法能力順で選んでいてもアウトかな」


 あんまりシビアな事を言い過ぎたせいか、ここでマールの堪忍袋が切れてしまう。事実を言っていただけなんだけど……。


「もう!少しは私を勇気付けてよ!」


「そんな事言われたって……」


 彼女の無理難題に僕は閉口した。僕だって本当はしっかり応援したいよ?したいけど応援出来る要素がないじゃないか。と言う訳で、言うべき言葉が見つからなくてしばらく沈黙していると、マールが真剣な顔になって僕に迫ってきた。


「とんちゃんは私が選ばれて欲しくないの?選ばれれば使い魔として一緒に本島に渡れるんだよ?」


「別に僕はそこまで本島に興味もないし」


「そんな事言わないで協力してよ~」


 押して駄目なら引いてみろって感じなのか、僕があんまり乗り気じゃないので彼女はついに泣きついてくる始末。うーん、困ったなぁ。

 ただあんまり熱心に同意を求めてくるので、グイグイ迫ってくるのにはもしかしたら何か裏があるんじゃないかと僕は変に勘ぐってしまった。


「え?何?もしかして不正しようとしているの?そう言うの僕お断りだからね!」


「いや、一緒に応援してって意味だったんだけど……。とんちゃん私をそんな目で見てたんだ。地味にショック~」


「え、ええ~……」


 どうやら僕の深読みは気の回し過ぎだったみたいで、今度こそ完全にマールはへそを曲げてしまう。ああっ、やってしまった……。


「ああもう気分悪い!先に寝るね!」


「ご、ごめん……」


 この日はこうしてマールの機嫌を損ねたままで終わってしまう。単純な応援だけでいいのなら素直に応援していれば良かった、反省。


 次の日の朝、マールは普通に寝坊をして必死に僕は起こしたんだけど、もうすっかり機嫌は直っていた。それで僕はようやく一安心して、いつも通りに彼女を学校に送り出したのだった。


 遅刻5分前に教室に入ってきたマールは、先に着席していたファルアとゆんに挨拶をして自分も席に座る。


「おはお~」


「おはおは」


 席に座った彼女はすぐさま昨日の僕との会話の話を始めた。機嫌は直ってたけど、会話内容を忘れた訳じゃなかったのか……。


「ねぇ聞いてよ!とんちゃんたら酷いんだよ!」


「……留学の話だけどさ、ちょっと調べてみたんだよ」


 マールの話が本題に入る前に、食い気味にファルアが話をし始める。彼女もまた留学について興味津々で、独自に関連項目を調べていたらしい。その話が何だか面白そうだったので、マールも話しかけた話を途中で切り上げてファルアの話に耳を傾ける。


「何々?」


「過去に留学した生徒って必ずしも成績優秀者が選ばれてるって訳じゃないみたい」


「ほうほう、それは興味深いですぞ」


 ファルアのその話にマールの目が輝き出した。自分にも可能性が出てきたからね、そりゃ心も踊っちゃうよね。


「明確な条件は分からなかったんだけど、結構色んな人が選ばれてたんだよ」


「そうなんだ」


 マールが話をうなずきながら聞いていると、そこでずいっと身を乗り出してきたのがゆんだ。彼女はアイドルっぽい媚び媚びのポーズをすると少し自慢げに宣言する。


「顔で選んでるんじゃない?私かわいいから選ばれちゃうな~」


「ああそうですね」


「何その反応!失礼過ぎない?」


 ゆんの分かりやすいコテコテ演技をマールが棒読み気味に返したものだから、当然のように彼女は気を悪くした。そんなゆんの反応を無視するようにマールは真剣な顔をしながらこの話の流れの要点を整理する。


「それはそれとしてさ、どんな条件で選ばれるのか分からないって事は、やっぱり私にも可能性がある訳じゃん?」


「なら私だって」


「私もだよ」


 そのマールの言葉にゆんとファルアが声を揃えて同意する。この意見を聞いてマールはニッコリと笑顔になった。


「みんなで一緒に留学出来たらいいね」


「いいよね~」


 こうして和やかムードになったところで、ガラガラとドアが開いてなおが教室に入ってくる。彼女は雑談する3人を見かけると吸い寄せられるようにその輪の中に入ってきた。


「おはようございます」


「おっなおちゃんおはよ。昨日はよく眠れた?」


 声をかけられてマールが挨拶を返す。すっかり雰囲気が良くなった後だったので、その顔は穏やかなものだった。


「はい、朝までぐっすりでした」


「今日もいい一日になるといいね」


 挨拶が終わったところで、なおは自分の席に着席して鞄の中のものを机の中に収めていく。諸作業が終わるとすぐに席を立ってまたマールのもとに向かった。

 その頃の3人は具体的な留学についての語をしていて、なおが合流した時はちょうどマールが質問をしているところだった。


「留学って何人くらい選ばれるんだろ?」


「確か……10人くらい?」


 この質問にファルアが答える。その人数を聞いてゆんがすぐに大雑把な計算をした。


「10人だとえっと……1クラスあたり3人くらいかぁ。結構多いね」


「きっとみんな狙ってるよね」


 マールは競争率を考えて想像を膨らませる。

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