第88話 交換留学 その5

 後で発表されると言った留学生の話だけど、午前の授業中は最後までその話が先生方から一言も出る事はなく、そのまま給食の時間に突入する。

 今日のメニューに好きなものがあるマールは、給食の時間に突入したと同時に早速浮かれていた。


「おひっる♪おっひっる♪」


 楽しそうに鼻歌を歌いながら彼女は配膳の列に並ぶ。係のクラスメイトに満足するほどついでもらって、上機嫌でマールは自分の席に戻った。


「今日は私の大好きなカレーなんだな。おかわりもしちゃうんだなっ」


 そう、今日のメニューはカレー。ベタだけど彼女はカレーが大好物。全員が給食をつぎ終わって席についたところで早速みんなは給食を食べ始めた。と、同時にまるでフードファイターのような勢いでマールはカレーを平らげていく。

 すぐに空になった食器を手にとって彼女がおかわりをしていると、ここで校内放送が流れ始めた。


「えー、しずる、なお、ファルア、ゆん、マールの5人は昼食後、職員室に来るように……」


「えっ?」


 自分の名前が呼ばれて、マールはカレーをついでいたお玉を落としそうになる。その後、たっぷりにおかわりした彼女が席に着くと、早速この放送が話題になった。興奮していたマールはすぐにその可能性について口にする。


「さっきの放送ってさ……まさか」


「マールが入ってるんだもん、きっと留学とは別件だよ」


 ファルアが牛乳を飲みながら冷静な反応で茶化すように言葉を返す。ゆんもすぐにその会話の流れに便乗した。


「だよねえ、何やらかしたの?」


「何もしてないよ!」


 2人からあらぬ疑いをかけられて彼女は憤慨する。怒りながら本当に何もやらかしていないか記憶を巡らせるものの、やっぱり該当するような事件は思い浮かばず、マールはただただ困惑するばかり。

 とは言え、そもそも単独で呼ばれたのではなく5人が選ばれていると言う事は、全員に共通する何かで選ばれたと言う事に他ならない。その視点から考えた場合に、5人が仲良しと言う以外に職員室に呼ばれる要因を、呼ばれたメンバーは誰ひとりとして思い浮かべられなかった。


 食事を済ませた5人がどこか釈然としないまま職員室に入ると、そこでようやく呼ばれた理由が判明する。みんなの前に学年主任の先生が現れてちゃんと全員揃ってやってきたかの確認をすると、そのまま話は本題へと移る。


「……と、言う訳で今回の留学に君達が選ばれた訳だが……」


 主任の先生の放ったその一言に全員が目を丸くする。事前に全くそんな素振りすらなかったのもあって、まるでサプライズパーティを受けた当事者のようなそんな雰囲気になっていた。その内何処かからクラッカーで祝福されても不思議じゃないくらいに。


「嘘?」

「マジで?」

「おお……」

「ええっ……?」

「……」


 マールとゆんは疑い、ファルアは感嘆し、なおは戸惑い、しずるは無言で事態を受け入れる。そんな5人5様の反応を見せる中、先生は更に話を続けた。


「不都合のある者は言って欲しい、出来るだけ調整するから」


「ないない!ないでーす!私、がんばりますっ!」


 留学生に選ばれたマールは先生に気に入られようと手を上げて必死に自己PRをする。そのやる気のある姿を見た先生はニッコリと笑みを浮かべた。


「いい返事だ。我が校の名前に泥を塗らないようにしっかりとな」


「塗らない塗らない!真っ白なペンキで新品同様にしますっ!」


 必死過ぎた彼女は興奮し過ぎて訳の分からない事を口走る。その言葉のおかしさに気付いたファルアはすぐにツッコミを入れた。


「ちょ、マール」


「え?何か変な事言った?」


 指摘されて我に返ったマールは自分がさっき何を言ったか気付いていないようだった。興奮し過ぎると訳の分からない事を言っちゃう事ってあるよね。

 そんなコントに先生はコホンと小さく咳払いをすると、呼ばれた5人の中で一番の優等生に話を振る。


「ま、このグループはしずるがいるから何も心配ないだろう、よろしく頼むな」


「はい」


 しずるが優等生らしく二つ返事でこの場の雰囲気をピシャリと締めた。この時の先生の言葉に違和感を抱いたマールが質問をする。


「えと、このグループって……」


「ああ、学校全体としては、後1グールプ留学組がいる。他クラスだが、このグループも5人の予定だ」


「へぇぇ、そうなんですね」


 先生からの話を聞いたマールは少し大袈裟気味な反応をした。これで留学の人数は10人くらいと言うあの事前の噂が真実だと確定されたのだった。

 その後、ファルアがもう一組の5人のメンバーの名前を聞いてたんだけど、他クラスの生徒に全く面識のないマールはその話を軽くスルーしていた。

 それから先生の話は準備するものとか留学までの日程とか手続きとかの事務的なものに移り、必要事項の書かれたプリントが配られる。


「両親への連絡は学校側からも一応するが、君達からもしっかりと伝えて欲しい」


「はい、有難うございます」


 こうして全ての連絡は終わり、5人は職員室を後にする。廊下に出た途端、嬉しさを隠しきれないマールはその気持ちを態度で表していた。


「むふふふふふ~」


「マールちゃん、良かったですね」


 喜ぶマールになおが笑顔で言葉をかける。彼女も上機嫌でなおに言葉を返した。


「なおちゃんも一緒だね」


「まぁ、私は選ばれると思ってたけど~」


 次にドヤ顔で話し始めたのはゆんだった。この言動にマールは皮肉たっぷりに言葉を返す。


「興味ないとか言ってた癖に」


「選ばれたら行くって言ってたでしょ!」


 その無粋なツッコミに彼女はキレ気味に突っ込み返す。ちょっと雰囲気が悪くなったところで調整役のしずるが2人をなだめた。


「まぁまぁ」


 彼女に言葉をかけられた2人はすぐに気持ちを鎮める。なおは普段しずるとあまり会話をした事がない為、ここで改めて彼女に挨拶をした。


「しずるちゃん、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


 彼女の気持ちのこもった挨拶に対して、しずるは事務的なあまり感情のこもっていない口調で返事を返す。やはりまだどこか信用しきれていないところがあるのだろうか? 

 なおとしずるの間に流れる微妙な雰囲気に、残りの3人は妙に気を使って何も語りかけられないでいた。


 その後、授業を終えて家に帰ったマールは僕に向かって、これ以上ないくらいにふんぞり返りながら留学生に選ばれた事を自慢する。


「えーっ!本当に選ばれちゃったの?」


「ふふふん、これが実力ですよ!」


 彼女の鼻は伸びに伸び、今にもバランスを崩してポキンと折れてしまいそうだ。僕はそんなマールを見て、調子に乗って何かやらかしてしまわないかとすごく不安になっていた。本来は一緒になって喜んであげたらいいんだろうけど……。


「大丈夫かな……心配だよ」


「大船に乗ったつもりでまかせなさーい」


 選ばれた嬉しさですっかり我を忘れている……僕の目からは彼女はそう言う風にしか見えない。そんなマールに僕は大きくため息をついた。


「……これは、僕がしっかりしないと駄目だな……」


「えっ?何か言った?」


「いや、何も」

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