第70話 いたずら妖精 その3

 先生の話を聞いてマールはなおと顔を見合わせる。確かにあの集落の妖精達、そんな事をしでかしそうな雰囲気は醸し出していた。取材を終えたと言う事は用事も済んだと言う事でルルンは彼女達を帰そうとする。


「貴重な話をありがと。参考になったよ」


 このまま素直に帰ってはここまで来た意味がないと、マールは焦って声を上げる。


「あ、あの……っ!聞いていいですか?」


「何だい?」


 もしかしたら聞いてくれないかもと覚悟していたら先生はあっさりと彼女の言葉に耳を傾けてくれた。このチャンスを逃すまいとマールは焦りながら言葉を続ける。


「い、今世間を騒がせている妖精についてっ!ど、どう思いますか?」


「一言で言うと迷惑な話だね」


「迷惑……、ですか」


 ルルンから返ってきたその意外な答えにマールは困惑する。研究者ならもっと嬉しそうな顔をすると思っていたからだ。


「そりゃ飯の種としては美味しい話題だけど、個人的には迷惑さ。だって妖精がもっと嫌われてしまう」


「そ、そうですね」


「妖精はさ、もっと夢のある存在でいて欲しいんだ。謎が多くて妄想の入り込む余地が多分にあって……」


 話を最後まで聞いて、マールはこの先生が本当に妖精好きなんだなと実感する。会話が一区切り付いたタイミングを見計らって、今度はファルアが口を開いた。


「今都会で騒がれている妖精は森の妖精の中に犯人がいると思います?」


「そこは捕まえてみないと確実な事は言えないけど……多分違うんじゃないかな?」


 ルルンは長年の研究の成果から考えて辿り着いた自分の考えを口にする。その根拠が知りたくてファルアは言葉を続ける。


「どうしてそう思うんですか?」


「マール君達が出会った妖精は、人と関わりを持つ気がほぼない文化圏を形成しているみたいだからね」


「この島にまた別の妖精がいるって事ですか?」


 この質問に先生は一呼吸置くと、真剣な目をして話し始める。


「妖精は一種族だけじゃない。これは知ってるよね?」


「あ、はい」


 知識の豊富なファルアは即答したものの、この言葉に戸惑ったのが当のマールだった。


「え?そうなんだ?」


「マールったら何も知らないんだから……」


「な、何よー!」


 ファルアに呆れられて、あからさまにマールを気を悪くする。そのやり取りを無視する形でルルンは話を続ける。


「話を戻すけどね、いたずら好きな妖精もいる。そのいたずら好きな妖精の誰かがこの事件を引き起こしていると、僕は見ているよ」


「その妖精も何らかの方法でこの島に?」


 ここでなおが話に割って入ってきた。この質問に先生は深くうなずくと、右手の人差し指を立てて得意げに自説を展開する。


「マール君達が見た妖精の集落があった場所はおそらく妖精界だ。妖精はその世界からこちらの世界に稀に現れる事がある」


「ああ、確かにあの場所は異世界って感じでした」


「妖精界には色んな種類の種族が住んでいるらしい。僕も書物で読んだだけで確証はないけどね」


 ここまで話が進んだところで、ルルンの事に興味津々なゆんが彼女自身に対する事について質問する。


「ルルンさんは妖精の研究はやっぱり本島で?」


「ああ、あの頃はこの島に妖精はいないってのが定説だったからね。本島では妖精の研究も進んでいたし」


「じゃあどうしてこの島に?」


「僕は元々この島出身だったし、妖精の事をもっと知ってもらおうと思ってね。この間の妖精ブームの時には地元メディアに引っ張りだこだったよ」


「じゃあ、今のいたずら妖精の話題でもそうなんじゃないですか?」


 ゆんのこの質問にルルンは少し困った顔をして腕を組む。この頃になるとマール達はもうすっかり聞き役に徹していた。


「実際、オファーは来ているよ。尤も、もっと確実な事が言えるようにならないと僕は出演はしたくないんだ。デマを広げてもいけないしね」


「やっぱりそこはプロなんですね」


「当然の話じゃないかな」


 先生のプロ意識が分かったところで、ようやく別の質問が許される雰囲気になった。そこですぐに質問の声を上げたのがなおだった。


「あの……妖精さんとコミュニケーションって、とれるものなのでしょうか?」


「うーん、そうだね。妖精も種族によって違うから……本島で研究されている妖精ならね、魔法での意思疎通に成功しているよ。一部だけど」


「本当ですか?」


 この答えになおはキラキラと目を輝かせていた。可能性があるなら試してみる価値はある。マール達の目に希望が宿った瞬間だった。

 しかし、専門家のルルンはここで浮かれる彼女達に釘を差す事も忘れない。


「でもさっきも言ったように妖精は種類が多いんだ。ある種族と話が出来ても別の種族だと通じない事もザラなんだよ」


「でも意思疎通出来る可能性はあるんですよね!」


 なおのその何を聞いてもめげない圧に先生は少したじろいだ。そこで改めて彼女に声をかける。


「君達は妖精と話がしたいのかい?」


「出来れば……ですけど」


「ふーん。変わってるねえ」


「えぇと……」


 ルルンのその言葉を聞いたなおは困惑する。それから一時的に誰も話さなくなってしまった。場の雰囲気を悪くしてしまったと反省した先生は何とかこの場を取り繕おうと、苦笑いをしながらみんなに向かって語りかける。


「あはは、冗談だよ冗談。そっか、皆僕と同じ妖精バカなんだ」


「いえ、ルルンさんは立派だと思います!」


 その自虐的な言葉に真面目ななおが真面目に反応する。その言葉を聞いたルルンは照れ隠しで顔を反らせて頭を掻いた。


「よしてくれよ……僕はただの変人だよ」


「何かに詳しい人はそれだけで素晴らしいです!私はそう思います」


「なお君、有難う。なるほど、君みたいな子だから妖精に会えたのかもだね」


 なおだけが褒められておるのが引っかかったのか、ここでマールが激しく自己主張する。


「あの、私もいたんですけど!」


「あ、そうだったそうだった。ごめんね」


 マールの存在をここで改めて認識し直して、先生は彼女に謝罪した。そのやり取りが終わったところで、今度は自分の番とファルアが質問の声を上げる。


「先生、妖精に会う事は出来ないでしょうか?」


「それは、今この街を悪戯しまくってる危険な妖精にかい?」


「き、危険なんですか?」


「ああ、危険だね。気性の荒い妖精だったら攻撃してくるかも知れない」


 そのまるで今悪戯しまくっている妖精について目処がついているかのような物言いに今度はゆんが声を上げる。


「ルルンさんはどう言った妖精が悪戯をしているんだと思います?」


「ほら、この目撃証言を見てごらん、ここに大雑把な容姿と大きさの描写がなされている。ここから判断するにグレムリン系の妖精じゃないかと思うんだ」

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