第69話 いたずら妖精 その2

「でも被害を受けた人から見れば似たようなものなのかも……話が通じる訳でもないし」


「そーかなぁ?」


 ゆんの言い方に何か思う事があったマールは、その意見に首を傾げる。まさか同意されないと思ってなかったゆんは、この彼女の反応に動揺を隠せない。


「マール?」


「今は通じないかもだけど、妖精も独自の文化を持っているし、うまくすれば会話とか出来る気がするんだよね。ほら、この間会った魔法医の先生みたいにさ」


「ああ……確かに。魔法植物医の先生なんて植物と意思疎通出来るもんね」


 ゆんが理解してくれた事で、マールはにっこり笑顔を浮かべる。そうしてそのまま言葉を続けた。


「もしかしたらさ、妖精と会話出来る人もどこかにいるのかも!」


「こう言う人とか?」


 2人の会話を聞きながらスマホをいじっていたファルアが検索で誰かを探し出したらしく、どうだと言わんばかりに画面を見せる。それを目にしたマールは興味深そうに表示されている文章を読み上げた。


「妖精研究家……?確かにこの人なら何か知っているかも」


「じゃあさ、この人に会ってみない?」


 ファルアは何か怪しげな事を企むような顔をして2人の顔をじいっと覗き込む。この話の流れに戸惑ったマールは彼女に質問する。


「会うって、何かツテがあるの?」


「マールとなおちゃんは妖精に会ったんでしょ?それで十分きっかけになるじゃない」


「私の体験談をネタにするの?……アリだね!」


 その企みの真相を知ったマールもまたファルアと同じく意地悪な顔で、ニヤリとほくそ笑む。それからファルアは近くにいながらずっと聞き役に徹していた、もうひとりの当事者にも当然のように声をかけた。


「なおちゃんも一緒に行くでしょ?」


「あ、はい。私も当事者ですし」


「良かったぁ。マールだけだとちょっと心配だったんだよね」


「ちょ、ファルア、それどう言う意味!」


 こうして4人は森での妖精遭遇話を餌にして、妖精研究家の人と合う段取りを進めていく。話を切り出したファルアがみんなテキパキと進めていくので、残りの3人はただその経過報告を聞くだけだった。

 どうやら向こうさんもマールの話に興味津々のようで、計画は特に大きなトラブルにも遭わず順調に進んでいく。そうして気がつくと、その日の週末には研究家と会える事になっていた。


 それにしても今回のファルア……ちょっと有能過ぎない?


 と、言う訳で約束の日、4人は揃って電車に乗って研究家の住む島の都心部にやって来た。住所はネットでも公開されているので、地図アプリを頼りにほぼ迷う事なく家の前まで辿り着けていた。


 余裕を持って出発したのでまだ約束の時間までに10分以上早く着いてしまっており、微妙に暇を持て余す結果となってしまう。すぐに呼び鈴を押そうか、それとも時間まで待とうか悩んでいると、その緊張からかファルアがみんなに話しかける。


「一応電話で事前連絡はしたけど……緊張するね」


「どうしよう?妖精に会った美少女って注目されちゃったら……」


 マールは相手が取材をすると言う事でその言葉のイメージから最大限に妄想を膨らませている。そんな彼女を横目にゆんがプッと吹き出した。


「マールなら大丈夫じゃない?なおちゃんなら分からないけど」


「何?それが一緒にアイドルになろうって誘った友達の言葉?」


「じょ、冗談だよ……っ」


 何か言ってはいけない事を言ってしまったと彼女は焦ってすぐに前言撤回する。

 けれどマールはすぐにはその怒りの矛先を収めてはくれなかった。眉間にしわを寄せた彼女に睨まれながら、代表でゆんが家の呼び鈴を押す。

 すると向こうも待ちわびていたのか直ぐに反応が返ってきた。


「はぁ~い」


「あ、あのっ!先程電話連絡した……」


 玄関のドアを開けた妖精研究家の先生を前に焦ったファルアが声を裏返させながら対応する。そんな姿を目にした先生は微笑ましそうにニッコリ笑うと、ようこそと言う感じで手を差し出して訪問者達を喜んで歓迎する。


「ああ、妖精に会ったって言うお嬢さん方だね。ここじゃあれだから入って。大したおもてなしは出来ないけど」


「お、お邪魔します」


 勧められるままに4人は先生の家にお邪魔する。家の中は流石研究者らしく、色んな資料やら書物があちこちに片付けられないまま散らかっていた。

 とは言え、そこは常識的な範囲内で。足の踏み場もない程ではなかったし、片付けられているところはスッキリしている。


 みんな興味深そうにあちこちキョロキョロと見渡しながら、応接室らしき部屋に案内される。テーブルに大人しく座った4人に先生からお茶と軽いお菓子が配られた。


「ジュースの方が良かったかな?」


「いえ、これでいいです」


「そっか、良かった」


 気遣う先生に代表でファルアが返事をする。先生の見た目はまだ若く20代から30代のような雰囲気だ。服装にはあまり頓着していないらしく、量販店の一番安い服をラフに着こなしていた。知的さを強調するような飾り気のないシンプルなメガネ。化粧っ気のない顔。身長は170cm位。

 中性的な見た目だけれど、よく見ると女性って言うのはすぐに分かる。スタイルは悪くないけど、バストの主張は控えめだ。髪は後ろでまとめられていて、美しい栗毛色をしていた。


「じゃあ改めてはじめまして。僕がこの島唯一の妖精研究家、ルルンです」


 妖精研究家のルルンは僕っ子だった。年齢的にその表現もどうかとは思うけど。それはそれとして、この自己紹介を受けてファルアが突然身を乗り出して熱っぽく話し始める。


「ルルンさんは妖精関係の本を幾つも出版されているんですよね!」


「ま、ほぼ売れてないけどね。この間の妖精ブームが起きなかったら多分廃業していたよ」


「あ、あはは……」


 業績の話に彼女は自虐的に答え、ファルアは苦笑いを返すしか出来なかった。意外と話が膨らまない中、ルルンは真面目な顔になってみんなを見つめる。


「で、誰が妖精に会ったんだい」


「わ、私達です。私、マールと、彼女……」


「な、なおです。よろしくお願いします」


 突然話を振られて、マールは緊張しながら声を上げる。それから2人を前に彼女からの取材が始まった。覚えている事、忘れている事、全てを包み隠さずに2人は熱弁する。


 そうして淡々と質疑応答は続き、途中で休憩をはさみつつ、用意された全ての質問が終わり、こうして取材は問題なく終了した。

 話を聞き終えた後、ルルンは大体の事情を察して2人に声をかける。


「ふ~ん、なるほどねぇ。よく無事に帰ってこられたね」


「え?危険……だったんですか?」


 不穏な彼女の言葉にマールは背筋を凍らせた。


「ああ、そのパターンだと最悪生贄にされていたかも知れない。事例は少ないけど、そう言う話も過去にはあったらしい」


「私達、ラッキーだったね」

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