共鳴

第65話 共鳴 前編

「一体何が始まるって言うの……」


 なおの急変によって魔法実習室の雰囲気が急変し、周りのマナ濃度が高まる。この状況は超一級魔術の発動に匹敵するものだった。マール達はそんな雰囲気を体験した事は今までに一度もない。それを個人で発動出来るのは、選ばれし特級魔法使いのみとされている。


 滅多な事では発動しない魔法が使われたのと同じ状況を前に、しずる以外の面々はすっかり平常心を失っていた。

 この状況を作り出した原因のなおは、トランス状態のまま床に描き出された魔法陣からのエネルギー供給を受け続けている。


「ちょ、なおちゃん、なおちゃん!」


 マールは必死に彼女を掴んで揺らして正気に戻るよう訴える。彼女の光を帯びた身体に触れた事で、当然のようにマールにも余剰魔法エネルギーが流入する。


「うわああっ!」


 そのショックでマールは弾き飛ばされて尻餅をついた。この状況にファルアもゆんもどうしていいか分からずに身動きひとつ取れないでいた。

 正気を失ったなおは自分が弾き飛ばしたマールには一目もくれず、そのまま両手をアンテナのように水平に広げる。


「解き放て!」


 彼女が言い放ったその一言によって、さっきから集められていた膨大な魔法エネルギーがこの実習室内に開放されていく。その勢いはまるで爆弾が爆発したかのような破壊力で、マール達はその影響をモロに受けていた。


「うわあああ!」


「キャアアア!」


「いやあああ!」


 こうして爆発的に過剰に放出された魔法エネルギーは、けれどしずるの巧みな魔力調整のお陰で、物理的被害を出す事なく収束していった。クリスタルを使った調整作業で危機を回避した彼女は、この結果にひとり納得する。


「そう……そう言う事なのね」


「し、しずる……?」


 ひとりだけ何か分かった風になっている彼女を見たマールは、この光景に違和感を抱いていた。もしかしたらしずるは――。

 詳しく彼女に話を聞こうとしたその時、やっと落ち着きを取り戻したゆんが話しかけて来た。


「ねぇ、これ一体どうしたらいいの?」


「せ、先生呼んでこようか?」


 彼女の問いかけにマールは無難な返事を返す。この言葉にもう少し冷静だったファルアが現状を口にした。


「でも今職員室は結界が……」


「ほ、保健の先生なら……」


 そう、今は職員室に誰も入る事が出来ない。そこでマールが次に思いついたのは、職員室には呼ばれていないであろう保健の先生を呼ぶと言うアイディアだった。

 なおのこの異常行動、保健の先生ならもしかしたら何か対処が出来るかも知れない。この案にゆんとファルアは同意するものの、クリスタルを操作している一番訳知りな彼女だけが警鐘を鳴らした。


「今は迂闊に動かない方がいいわ。この部屋に充満したエネルギーが暴発しないとも限らない」


「しずる、何とか出来ないの?このままじゃなおちゃんが……」


「こうなってしまっては私でもどうする事も出来ない。全ては彼女次第ね」


 しずる曰く、この状況をどうにか出来るのはなお次第なのだと言う。その肝心の彼女は少し前からまともな精神状態ではなく、今は誰のどんな問いかけにも答えられない、そんな状態だった。

 これからどうしたらいいのか全く見当のつかないマールは、藁にもすがる思いでしずるに訴える。


「なおちゃんはどうなってるの?大丈夫なの?」


「今はまだはっきりとした事は……でも、命の危険に関わるような事ではないはず……」


「ああ、どうしてこうなっちゃんたんだろ……この部屋に来たのが間違いだったのかな」


 マールは自分達の行動を反省する。この実習室にさえ来なければ、なおもこんな事にはならなかった。何も出来ない自分が歯痒くて彼女はうつむいて拳を握りしめる。

 それからもう一度なおを見ようとマールが顔を上げた瞬間だった。ずっと両手を上げて正気を失っていた彼女の身体から強い光が発生する。


「うわっ!」


「キャア!」


「ひいっ!」


 強いフラッシュのような光が実習室を包み込んだかと思うと、その光はすぐに消える。それはまさに一瞬の稲光のようだった。強烈な刺激に顔を手で覆っていたマールはすぐに光が消えて唖然とする。


「あれ、光が……消えた?」


 光が消えた後、外界にも変化が訪れていた。すぐに分かったのは、さっきまでずっと鳴り響いていた雨音が突然聞こえなくなったと言うものだ。

 すぐにそれに気付いたゆんが大声を上げる。


「ねぇ!雨が止んでる!」


「嘘?あ!みんなちょっと外見て!」


 彼女の報告を聞いて確認の為に窓の外を見たファルアは、更に大きな発見をして、みんなに窓を見るように促した。

 なんと窓の外の光景はさっきまでの嵐の荒れ狂ったそれではなく、見事に晴れ渡った青空の景色が広がっていたのだ。この急激な天候の変化にマールは困惑する。


「これってどう言う事?」


「台風の目って実際に見たらこんな感じなのかな?」


 そう、青空が見えているのは今の所学校の周辺だけ。それ以外の場所は未だに厚い雲に覆われ、変わらず雷雨の景色のまま。この不思議な気象現象を目にした3人はその圧倒的なスケールに打ちのめされ、表現する言葉を失っていた。


 こうしてしずる以外のみんなが外の景色に夢中になっていると、突然バタリと何かが倒れる音がした。マールがすぐに振り返ると、さっきまでそこに立っていたはずのなおが見事にうつ伏せになって倒れていた。


「なおちゃん!」


「体力を使い果たして疲労が溜まっただけだよ。大丈夫、多分しばらく寝ていたら意識を取り戻すから」


「しずる、やっぱり何か知っているんでしょ?」


 訳知り顔で説明するしずるにマールは詰め寄った。真剣な顔を近付けられてその圧に負けた彼女は、溜息をひとつ吐き出すと説明を始める。


「雨を降らせていた原因は何となくね」


「それは何?」


「多分原因は人為的なものじゃない……だから先生方も対応に苦慮していたの」


 最初は人為的なものだってしずる自身も言っていたはずなのに……。マールはもっと根本的な事を知りたくて彼女を急かす。


「いや、そう言うのはいいから、原因は……」


「原因は精霊石よ」


「精霊石?この辺りにあるなんて聞いた事が……」


 しずるがポロっと口に出した精霊石。それは太古、この地に栄えていた古代魔法文明の遺産とされているもので、魔法エネルギーそのものを結晶化させたものだとも言われている。滅多に発見されない貴重な物であり、その多くはこの地の深い地層に含まれているらしい。


 その魔法石に含まれている潜在魔法エネルギー量は膨大で、小石ほどの大きさの物ひとつでフォーリン諸島全体を浮上させる程の力が眠っていると計算する学者もいる程だ。


 今のところ、この島では力を放出しきって空っぽになった精霊石が過去にいくつか発掘された事例があるだけで、その詳細の殆どはまだまだ謎に包まれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る