第52話 不思議な夢 その4

 夢が作り出した世界なのだから現実の世界じゃなくても何も不思議ではない訳だけれど、何故かマールはこの世界を本島の景色だと思いこんでいるようだ。

 何故そう言う考えになったのか理由は分からないけれど、誰もその事について追求はしなかった。それはマールはそう言う子だと言う認識が仲間内で出来上がっていたからなのかも知れない。

 その後もみんなと色々話しながら歩いていたんだけど、今度はなおがそこで気付いた事を口にする。


「本当に誰にも会いませんね」


「ま、夢だからね」


 この言葉にはファルアが返事を返した。返事を受けてなおは更に言葉を続ける。


「夢でも賑やかな夢だって見たりもしますよ」


「夢によってパターンが違うんだよ。で、絶対他人の出ない夢は最後まで誰にも会わないんだ。この夢はそう言う夢なんだよきっと」


 どうやら彼女はそう言う誰も出て来ない夢を見た事があるらしい。ファルアのこの説明を聞いたなおも納得したようですぐにうなずいていた。

 ある程度この世界を歩き回ったところで、何の成果も得られていない事に痺れを切らしたゆんが急に叫び始める。


「ねぇ、私達だけだったら帰れるんでしょ?マールには悪いけどもう帰ろうよ!」


「まだ来たばっかじゃん。そんなにレッスンが大事なの?」


 突然キレ始めたゆんをファルアは何とかなだめようとする。

 けれど、自分の夢を第一に考える彼女はファルアの言葉に聞く耳を持たなかった。


「大事に決まってるでしょ!一日サボったら一ヶ月は遅れるって……」


「ダメ、みんな一緒だよ。これはマールの為なんだよ?見殺しにしたいの?」


「な、大袈裟だよ……」


 ファルアの口から出た見殺しと言う言葉を受けて流石のゆんも勢いも止まる。ここが攻め時だと感じた彼女は更に言葉を続けた。


「これが大袈裟じゃないんだなあ。ずっと目覚めずにいたら消耗しちゃって死んじゃった子もいるんだよ!」


「ま、マジで?」


「マジマジ、大マジ!」


 実際、それは誇張された話ではなかった。例は非常に少ないものの、確かにそう言う話をファルアはニュースで聞いていたのだ。友達の生死が関わっているとなって、ゆんはガラッと態度を変えてこの問題解決に非常に積極的になった。


「じゃあ急いでクリア条件を見つけなきゃだ!」


「まぁ、私達が来たんだからもうそれだけで十分勝利フラグは立ってるよ!」


 そう言う訳で事態は深刻なものの、ファルアはどこか楽観的だった。マールもその流れに乗って発言する。


「だね、何しろなおちゃんがいるんだし」


「ちょ、私も戦力に入れてよ!」


 彼女の言葉に自分が入っていないと感じたゆんはすぐに抗議する。このやり取りでまた場は明るくなった。そこで発生したゆるい笑いが収まった後、ゆんは本格的な問題解決の為に改めてマールに質問する。


「マールはこの場所の事を知り尽くしているの?」


「いや、行けてない所はあるよ」


「じゃあそこを探そう!今まで行った場所を調べたってきっと何も出て来ないよ!」


 この彼女のアイディアに一同は納得し、急遽方針を転換させる。マールはまだ探検していないその場所へとみんなを案内する事になった。


「もう残っているのは険しい場所だけなんだけど……」


「私達がいれば何とかなるって!」


 ゆんは根拠のない自信でマールの背中を押す。そう言う訳でマール達は夢の中のだだっ広い平坦場所を通り抜け、その世界を区切るようにそびえ立つ山岳地帯へとやって来た。彼女も此処から先へは全く進んでいないらしい。マールは体力がないから山を登ると言う発想がそもそもなかったんだ。


「ここから先なんだけど……」


「ねぇ、一応聞くけど夢の中でも魔法は使えるんだよね?」


 そびえ立つ見た目3000m級の山々を前にファルアはマールに質問する。


「それは……使えるよ」


「私、見てくるね。ちょっと待ってて」


 マールの返事を受けたファルアは得意の魔法スポーツの力を発揮してヒョイヒョイと軽々山の斜面を面白いように駆け上っていった。この様子を見たゆんは感心するように感想を口にする。


「こう言う時、魔法体育会系は頼もしいよね」


 物理的な山の調査はファルアに任せるとして、それ以外の事で何か分かる事はないかとマールはなおに質問した。


「なおちゃんは何か感じる?」


「えぇと……あ、感じます。何かの結界でしょうか?力が封じ込めらているような?」


 彼女の話によると、この山岳地帯の何処かに不思議な場所があると言う事だった。この報告を受けたマールは感心したように言葉を漏らす。


「ほええ~、すごいね。私は何も感じないよ」


 そりゃあ魔法判定EのマールとAのなおとじゃ魔法感度の点でも雲泥の差があるからね。仕方ないね。

 マール達はなおの報告を受けてこれからどうするか今後の行動の検討をし始める。って言うかやはりその場所が怪しいと言う事でそこに行くしかないと言う事にしかならなかった。


 問題はその場所がどこら辺にあるのかと言う事だったのだけど、その欲しい情報を持った人物がちょうど山からマール達の前に戻って来た。


「ねぇ、山の中腹に何かあったんだけど?」


 そう、それはファルアだ。彼女が山を調べていると、そこで不思議な場所を発見したらしい。善は急げと言う事でみんなでその場所に行く事になった。

 早速ファルアが運動の苦手なマールに手を差し出す。


「行こっか」


「仕方ないなぁ。早く終わらせなくちゃだもんね」


 こうしてマール達は夢の世界の山岳地帯にあるその不思議な場所に向かって出発する。その場所に何があるのか、その場所では何が待ち受けているのか。まだ何ひとつとして確実な事は分からない。そこに行けばマールが夢から醒めるのかすらも。


 しかし、そこ以外に手がかりが何もないのもまた事実で、だからこそみんな期待に胸を膨らませ、その場所へと向かったのだった。

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