第50話 不思議な夢 その2
歩いても歩いても果ての見えないその世界を彼女は段々と楽しむ余裕が出来ていた。そうして色々な疑問はもうすっかりマールの頭の中から消え去っていく。
「マール、朝だよ!起きて!」
その頃、現実世界では朝を迎えていた。彼女が朝になっても目覚めないのはいつもの事だったので、この時はまだ僕は気付かなかったんだ。
猫マッサージでも全く起きる気配のないマールに、僕は必殺の猫パンチ目覚ましバージョンを彼女の顔めがけて連打する。一発で目覚めなくても何度も連打すれば起きるはずだ。
今まではそれで100%マールは目覚めていた。目覚めていたんだけど……。
「どうして?いつもならこれで起きるのに……まさか……」
何をしても目覚めない彼女を見て悪い予感がした僕はすぐに母親に知らせる。僕ひとりじゃ手に負えないって思ったんだ。
「え?マールが起きない?」
朝の準備をしていた母親はそこで忙しなく動かしていた手を止める。僕は更にこの現象について自分の所感を彼女に伝えた。
「そうなんだ、もしかしたら今流行りのアレかも……」
「分かった、先生に連絡してみるね」
僕の報告を聞いた彼女はすぐに例の最近流行っている現象を思い浮かべていた。主婦の噂ネットワークでも眠り病は今一番ホットな話題だったらしい。
大事な子供の事だもんね、そりゃあ一番の関心事にもなるよね。
母親はすぐにかかりつけの魔法医者を家に呼んだ。最近は眠り病のせいで病院はかなり忙しいらしい。連絡をしても朝の内に予約は取れず、先生がやって来たのは昼の1時を少し過ぎた頃だった。
着いて早々に先生はマールのオーラを測定する。すぐに思い当たる節があったのか、先生の動きが止まった。
「……うーん」
「どうでしょうか?まさか……」
母親は心配そうな顔をして先生に尋ねる。先生はかけていた眼鏡の位置を片手で調整すると、すぐにオーラ測定で判明した症状を彼女に伝えた。
「ええ、そのまさかです。強い魔法にかかってしまっています。しかし一体どうして?」
「原因はいいんです!その……助かりますか?」
「正直この症例は私達外側からどうにか出来るものではないんですよ。夢に深く干渉出来る特殊な魔法使いなら分かりませんが……」
母親の必死の訴えに、先生は飽くまでも冷静にこの病気に対しての対処方法を口にする。どう言う事かと言うと一言で言えばお手上げと言う事だった。
覚めない夢は夢の中で世界がループする現象で、この現象を解除するには特別な魔法しかないと言うのが先生の見解だ。勿論全ての眠り病がここまで重症なものではなくて、こんなに深く眠り病に侵されているのを見たのは先生もこれが初めてと言う事らしい。
眠り病を治す特殊な魔法使いの心当たりを思いつかなかった母親は、一縷の望みをかけて先生に相談する。
「先生の知り合いにそう言う人は……」
「すみません、残念ながら……」
「じゃあうちの子はずっとこのまま?」
先生からも望みの返事は聞けず、母親は落胆してしまう。その様子を見た先生は慰めるように彼女に声をかけた。
「いえ、彼女が夢の中である条件を満たせば戻って来られるはずです。大抵の子はそうやって帰還出来ました」
「じゃあ私達が出来る事は……」
「彼女の無事を祈る事、くらいでしょうか……」
つまり、この眠り病を外部から治すのは難しくても、夢を見ている本人が夢の中で何とか頑張れば自力で目覚められると言う事らしい。自分が何も出来ない事に対して、先生は申し訳なさそうに母親に謝っていた。
「すみません、お役に立てなくて」
「いえ……」
それから先生は一通りの対処方法を母親に説明すると帰って行った。いつ目覚めるか分からないので起きたらすぐに食事を与える事と、あまり長く眠り続けていた場合、固いものは胃が受け付けられなくなっているので食事は柔らかいものにする事。その他にも魔法的なエネルギー補給についても簡単なレクチャーを受けていた。
先生が帰った後に母親は改めて寝ているマールの顔を眺めてつぶやく。
「こんなに幸せそうに寝ているのにね……」
一方、学校の方では彼女が休んだと言う事でいつものメンバーがその事で心配しあっていた。メンバー全員で話し合った結果、みんなでお見舞いに行こうと言う事になったらしい。
夕方になってもマールは一向に起きる気配を見せなかった。ずっと見守っていた僕もいつもだったらこの時間に学校から帰ってくる頃だと、時間を確認する。
それから少しして、窓の外から賑やかな声で呼びかける声が聞こえて来た。
「ごめんくださーい」
このお見舞い客を母親は快く受け入れる。やって来たのは昔馴染みのファルアとゆん、それとなおだった。賑やかな足音がマールの部屋に近付いてくる。僕がドアの方に顔を向けるとすぐに勢い良くそのドアが開いた。
「マールー、お見舞いに来たよー!」
「全く、普段病気しない元気娘だからびっくりしたぞー」
ドアを開けて最初に声をかけたのはファルアだった。それからすぐにゆんも続ける。僕は折角来てくれたお客さんに対して、かしこまって挨拶をした。
「みんな、お見舞い有難う」
「よっ、とんちゃん久しぶりー」
僕の顔を見たファルアが右手を上げて元気よく挨拶をする。何となく流れで僕はファルアとハイタッチをした。賑やかな2人と対象的に初めてマールの部屋に入ったなおは借りてきた猫のように大人しくしている。それでも眠っているマールの姿を見た彼女は心配そうに口を開いた。
「マールさん、ずっと起きないんですね」
「仮病じゃないの?」
見た目、ただ眠っているだけのように見える為、ゆんがつい軽口を叩く。その言葉がちょっと気に障った僕はすぐにツッコミを入れた。
「仮病なら僕が起こしてるよ」
「あ、ごめん……」
僕のツッコミにハッと気付いたゆんはすぐに前言を撤回する。そのせいで何とも言えない雰囲気になって僕もどうしていいか分からなくなってしまった。
重い沈黙が流れる中で、じいっと眠っているマールを眺めていたなおは何かを思い出したみたいに突然口を開いた。
「私、マールさんを助けられるかも!」
「えっ?」
この言葉には僕もびっくりしてしまう。余りの突然の発言に部屋にいた誰ひとり一言も喋る事が出来ない中、なおは僕に向かって尋ねて来た。
「夢の中に入る事が出来たら助けられるんですよね?」
「あ、でもそれは……」
確かお医者さんの話ではそれが出来るのは特殊な魔法使いだけと言う話で、だとするなら学校の生徒でそんな事が出来る魔法使いなんているはずがない。
僕はそれを彼女に伝えようとするものの、その言葉に被せるようにファルアがなおに声をかけていた。
「なおちゃん、出来るの?」
「何となくですが、出来る気がします」
なおは特殊な魔法使いにしか出来ないと言われる夢の中に入る魔法を勘で出来ると言う。この言葉の根拠は特にないようだ。いくら彼女が天才肌だと言っても流石に思いつきでそれを試すと言うのは危険な気がする。失敗のリスクだって当然あるだろうし。
しかし、この危険な話にすぐに乗っかったのがファルアだった。
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