第41話 遠足 その2

 生徒がどんなに文句を言っても場所の変更は出来ない訳で。だからこそここぞとばかりに生徒達は思いの丈を先生に遠慮なくぶつけていた。

 その勢いはその後の授業の進行具合にも影響する程だったけれど、先生もその事はしっかり織り込み済みだったので何とかなだめながら騙し騙し授業は行われ、やがて生徒から不満の声も出なくなっていった。


 休み時間になってマールのもとに友達が集まってくる。そこで交わされる話題はやっぱり遠足についてのものだった。まずファルアが最初に口を開く。


「そう来たかーって感じだよ」


「まぁ、妥当なところだよね」


 彼女の言葉にゆんが相槌を打つ。その言葉を受けてファルアが言葉を続ける。


「って言うか遠足に期待する方がおかしいよ。だってただの課外授業だもの」


「だねー」


 ユンとファルアが遠足の場所について話に花を咲かせている中でマールはぼそっと自分の考えを漏らす。


「私は外でみんなで歩いていけるならそれで」


「ま、楽しんだもの勝ちだよね」


 ファルアはそのマールの言葉を聞いて自分なりの感想を述べる。そうしてゆんも言葉を続けた。


「そうそう、マールが一番!」


「ほ、褒められてるのかな?」


 ゆんに1番と言われたマールは少しの嬉しさと少しの気恥ずかしさで顔を赤く染める。そんな中、まだこの島の事に疎いなおが早速今回の遠足の目的地について真剣な顔でマール達に質問する。


「うさぎ岬ってどう言った場所なんですか?」


「ほら、これがこの島の地図なんだけど、あ、学校はここね。ここからこう行くとうさぎ岬。うさぎの伝説があるからうさぎ岬って言うの」


 ちょうど地理の授業で地図を持って来ていたマールが説明しやすいだろうとそれを机の中から取り出してなおに見せながら場所の説明をする。

 なおはその地図を見ながらうんうんとうなずいていた。


「そこがうさぎ岬なんですね」


「ここの魔法現象って何だっけ?」


 場所の説明が出来たところで次は遠足の目的である魔法現象について話そうとしたものの、自分の記憶に自信がなかったのかマールは友達に助けを求める。

 この質問を受けてすぐにファルアが口を開いた。


「えっと、確か……」


「丸い虹だよ」


 彼女が答えかけたその時、突然その会話にしずるが割り込んで来てあっさりと答える。前触れもなく現れた彼女にみんな驚いた。


「あ、しずる……」


「遠足、楽しみね」


「う、うん……」


 しずるは一言そう言うと彼女達の前から去っていく。マール達はただそれだけを伝えに来た彼女の雰囲気に圧倒されて何も言えないでいた。

 そんなイレギュラーな事態もありつつ、その後はまた穏やかな雰囲気を取り戻し、マール達は楽しい会話を続けたのだった。



「そっか、うさぎ岬になったんだ」


「とんちゃんの予想は当たってた?」


「いや、てっきり希望の丘かと」


 そう、僕は今までの遠足の場所からきっと次はここだろうと思う場所をあの時マールに話そうと思っていたんだ。その予想が見事に外れて僕はマールにからかわれるままになっていた。外れちゃったから仕方ないんだけどね。


「やーい、外した外したー」


「う……」


 しかし言われっぱなしなのは歯がゆいな。次に同じ状況になったらヘマしないようにしなくちゃだ。あんまりこの流れが続くのも嫌なので僕は自分から話しかけて会話をリセットしようと試みる。


「そう言えば、マールはうさぎ岬に行った事ってあったっけ?」


「小4の時にやっぱり遠足で行ったくらいかなぁ」


 マールが小4の頃と言うと確か僕が産まれて間もない頃だ。そりゃ僕にその時の記憶がなくても仕方がないね。

 3年も経てば景色も何か変わっているかも知れない。景色自体は変わっていなくても本人の成長が昔気付かなかった何かを気付かせてくれるかも知れない。

 そう思った僕はそれとなくそれを彼女に伝える。


「その頃と今とじゃ、印象も違うかもね」


「そうかなぁ?……でもそうかも!」


 僕の言葉を聞いたマールは一瞬その言葉に疑問を抱くものの、すぐに考えを改めて前向きに僕の言葉を捉える。思いが伝わったと感じた僕は嬉しくなってその日の夜は気持ち良く眠る事が出来た。


 それから日は過ぎて遠足の3日前。マールは集まっている友達を前に溢れる気持ちを素直に言葉にして伝えていた。


「遠足まで後3日だよー」


「多分マールがクラスで一番遠足を楽しみにしてるよ」


 楽しそうなマールの言葉に早速ファルアが少し呆れた顔でツッコミを入れる。


「そう?みんな楽しみでしょ?」


「うさぎ岬は大抵の人が行ってるからねぇ。もっと珍しい場所だったら違うかもだけど」


 マールがファルアの言葉に少し納得行かないようだったので、彼女はその根拠をマールに説明した。確かに見慣れた場所って今更行ったところでそんなに嬉しいものでもないのかも知れない。そんなファルアの言葉を聞いたマールは不思議な顔をして自分の考えを口にする。


「場所なんてどこでもいいんだけどなぁ。景色いいじゃん、うさぎ岬」


「確かにクラスで行くんだからプライベートで行くのとは別の楽しさがあるのかもね」


 マールの言葉を聞いたファルアもそれも一理あるかと思い直して彼女の意見に同意する。自説が受け入れられて晴れやかな顔になったマールは更に言葉を続けた。


「そうそう、別物だよ。甘い物が別腹なのと一緒!」


「お、うまい!」


 この彼女の例えをゆんが評価する。例えを褒められてマールは満面の笑顔になった。


「私も楽しみです。いい一日が過ごせるといいですよね」


 すっかりマールの友達の輪の一員になったなおもまた遠足を楽しみにしている。頼もしい遠足エンジョイ仲間が出来た事で、マールのニコニコ笑顔は更に輝きを増していた。

 その会話の流れの中で次にマールは遠足についてお約束の話題を話し始める。


「さて、遠足と言えばおやつ、おやつと言えば決められた金額でどれだけ充実させるかと言うね」


「え?金額設定は小学生まででしょうが」


 このマールの言葉に今度はゆんがツッコミを入れる。彼女にそう言われたマールはこの間先生が話していた遠足の注意事項を改めて思い出していた。


「あ、そう言えば先生が言ってたのはあまり高額にはならないようにってゆるい条件だった」


「って言うか小学生の時点でもチェックとかはなかったけどね」


 マールがゆんの言葉に納得したところで、今度はファルアからもツッコミが入る。遠足のおやつ問題は結構子供の頭を悩ませるものだけど、そう言えば決められていたとは言え、それは子供の良心に任せる自主規制的なものだった。だからと言って堂々とそれを破る子供なんてまずいない。

 決められた中で最大限の成果を求めるゲーム感覚でみんな楽しんでいたから、その約束を破るなんて発想もなかったのだろう。


 おやつ問題があっさり解決したところで仕切り直しにマールがみんなに話しかける。


「でさ、みんな何買うの?」


「むふんふふ、それは当日までのお楽しみだよ」


 彼女の問いかけにファルアがニヤニヤと笑いながら答える。その答えが気に入ったマールは他のみんなにも同じようにしないかと提案した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る