第30話 空から降るもの その2

「いいっていいって。あの可愛さだとアイドルは天職かもだけど、強過ぎちゃうよね。歌が下手とかそんな欠点があってやっと他の子が勝負になるかどうかって感じだもん」


 そう、ファルアがそう断言出来る程になおは美少女だった。アイドルスカウトマンが彼女を見つけたら100%スカウトするだろう。このファルアの言葉を受けてマールも追随して言葉を続ける。


「彼女、1000年に一度の美少女とか言われるタイプだよね」


 2人に追求されて焦ったゆんはしどろもどろになりながら口を開いた。


「わ、私は別にあの子にアイドルになってもらったら困るだなんてそんな事は……っ!」


 ゆんのこの弁明を聞いたマールはすぐにピンと来てそれを口に出す。


「あー、前から私をアイドルに誘ってたのは私なら釣り合うかもって事だったんだ」


「え?いや、その……まぁ……」


 マールの鋭い指摘が図星だったのか、ゆんはうまく言葉を返す事が出来なかった。あんまりゆんを困らすのもかわいそうだなと思ったマールはフォローしようと彼女に対してお詫びも兼ねて優しい言葉をかける。


「って言うかゆんも十分可愛いって」


 マールのフォローにファルアも続く。


「そうそう、気にしたら負けだよ」


 しかし言われたゆんはその言葉を素直には受け取らない。彼女はつぶやくように言葉を漏らした。


「私はちゃんと毎日鏡も見てるし、自分のレベルは自覚してるから!」


「……」


 そのゆんの自虐的な言葉を聞いて、これは何を言って無駄かな?と2人は沈黙する。この反応にゆんは不満を漏らすのだった。


「もう、何とか言ってよー!」


 そんなこんなで休み時間は終わり、次の授業が始まった。先生が黒板に数式を書いて生徒達に質問する。


「えー、それではこの問題の分かる人!」


「はい」


 ここでもすぐに手を上げたのはなおだった。その意気込みを評価した先生はすぐさま彼女を指名する。


「じゃあなお君!前に来て黒板に答えを」


 指名された彼女は早速席を立ち黒板の前に立つ。チョークを握ったなおはスラスラと淀みなく回答を書き込んでいく。その様子を見たマールは素直に感心していた。

 マールからしたら中々手強いその問題はなおにとってはそんなに悩まなくても解ける簡単な問題のようだ。黒板に書かれた文字も美しく、クラスの誰もが彼女に一目置く事になる。そこで気になるのは彼女の導き出した答えだけど――。


「ほう、正解です」


 その答えは先生も感心する程の模範解答だった。この成果を見たマールはゆんに話しかける。


「なおちゃんって頭いいね」


「これでスポーツも出来たらパーフェクトだ」


 2人の会話が耳に入って来たファルアはこっそりつぶやく。


「まさかそんなうまい話が……」


 次の授業は体育だった。体操服に着替えた生徒達が運動場に整列する。今日の体育の授業は魔法短距離走。クラスで隊列を組んでその列で競争をする。背の高さ順で列になったその並びの中にマールとなおは並んでいた。


「それじゃあ次!」


 先生の号令で次々と生徒達は走っていく。やがてマール達が走る順番になった。隣同士になったマールとなおはお互いに声を掛け合う。


「なおちゃん、いい勝負しようね!」


「はい」


 先生の号令と共にマール達は走り出した。魔法短距離走、マールもこの競技には体育祭の時に練習したコツを活かしてかなり早く走れていたものの、一緒に走っていたなおは彼女を上回るスピードを出してぶっちぎりのトップで走り抜けていた。タイムを計っていた先生もその記録に驚いている。

 見た目でもかなり早いと感じられたそのスピードだったけど、正確に計った数値で見ると更に実力がはっきりしたのだろう。その様子を見ていたファルアもなおの実力に言葉を失っていた。


「うわぁ……」


 言葉を失うファルアの隣でゆんがつぶやく。


「すご……あの子魔法スポーツの素質もあるよ」


 4人一列で走った結果、トップがなおでマールは2位と言う順位に。マールはその成果に満足していたものの、ぶっちぎりのトップでゴールしたなおを見たマールはそのすごさに彼女に声をかけずにはいられなくなっていた。


「なおちゃんすごいね!昔からこんなに何でも出来たの?」


「あの……何も覚えてないんです」


 興奮して質問していたマールもなおのこの答えに彼女の事情を察して、してはいけない質問だったと思い反省する。


「あ、そっか……ごめんね」


「いえ……」


 なおはみんなの前ではみんなに合わせて表情を作っていたけど、時折淋しい顔をしていた。それは記憶喪失故の自分の軸が見当たらない不安からくる淋しさなのだろう。彼女の事が気にかかったマールはそれを何とかしたいとゆんに話しかける。


「なおちゃん、淋しそうだね」


「何とか元気付けてあげたいけど……」


 マールに話しかけられたゆんも何かしたいと思っていたみたいだけど、いいアイディアが浮かばないようだった。2人して何かいい案がないか考え込んで、やがてマールは彼女らしい方法を思いつく。


「そうだ、なおちゃん誘ってみんなで遊びに行こう!」


「お!ナイスアイディア!」


 このマール案にゆんも賛同した。いきなり遊びに誘うにしても彼女の事を何も知らないよりは何か知っておいた方が誘いやすいと判断して、マールは情報収集の為になおの隣の席のしずるに彼女の事を聞きに行く。


「しずる!席が隣のあなたから見てなおちゃんってどんな感じ?」


 いきなりマールに話しかけられたしずるは少し驚いて、でもすぐに正直になおについて感じた事を口にする。


「うん……まだよく分からないけど、記憶をなくしているからかどこか心ここにあらずな感じがするわね」


 このしずるの言葉になおの事がさらに心配になったマールは、彼女の抱えている不安を想像してまるで自分の事のようにをつぶやく。


「自分が記憶喪失になっちゃったら、きっと毎日不安になっちゃうよ。だから彼女も今そんな気持ちなんだと思う」


「そうね、マールの言う通り。だから一緒に遊んであげるってとてもいい事だと思う」


 しずるはそう言ってニッコリ笑ってマールのアイディアに賛成する。


「一緒に遊んで仲良くなれば元気になるかも知れないもんね」


 しずるの情報を得たマールが改めてゆんのもとに戻ると、そこにはファルアも合流していた。折角なのでその情報を2人に伝える。それを聞いてゆんは答える。


「あれだけ可愛いんだから笑顔になるともっと可愛いだろうね」


「今の憂いを帯びた表情も捨てがたいけど……」


 逆にファルアは今のなおの雰囲気も悪くないと思っているらしい。確かにそう言う需要もあるんだろうけど――。それはそれとして、マールは早速なおを遊びに誘う方法を考え始める。

 その容姿と能力で今やクラスで一番の人気者になった彼女を遊びに誘うには超えなければいけないハードルがあった。


「さて、遊びに誘うとして問題はタイミングだよね」


 マールが口に出したこの問題にゆんが焦りの言葉を述べる。


「早くしないと彼女は別のグループと仲良しになっちゃうよ」


「やっぱりここは積極的に攻めていくしかないでしょ!」

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