突然の転校生

空から降るもの

第29話 空から降るもの その1

 その夜、僕とマールは夜空を眺めていた。満天の星空はまるで僕らに何か大切なメッセージを送ってくれているようにも見えて、いつもと変わらないその星空を飽きるまで眺めていた。ただし、僕と彼女の見る方角はそれぞれ別だったけど。

 そうして南の星空を見ていたマールが急に叫ぶ。


「あっ、流れ星」


「本当だ!」


 僕がその声に気付いてマールの見ていた方向を向くと、その流星は消え去る瞬間だった。この時僕は彼女と同じ方角を見ていなかった事を少し後悔する。そんな僕にマールが尋ねて来た。


「ねぇ、何かいい事起こるかなぁ?」


「そうだね、何かあるといいね」


 僕は当たり障りのない言葉を彼女に返した。

 でも本当にそうなったらいいなって思っていたんだ。そうしてその日はそのまま何事もなく終わった。


 次の日、マールのクラスでは不思議なざわめきが起こっていた。その騒動の原因はホームルームでの先生の一言だった。


「えー、今日から新しく学ぶ転校生を今から紹介します」


 そう、今日彼女のクラスに転校生がやって来たんだ。その情報を全然知らなかったマールはとびっきり驚いていた。


「転校生だって!」


「知ってた?」


「初耳だよ!」


 マールはすぐに席が近くのゆんと話をした。引越しシーズンでもないこの時期に転校生なんて珍しい。って言うか人の行き来がそんなに頻繁でないこの島で転校生が来るなんて事自体がとても珍しいものだった。

 そんな珍しい事だったからクラスのざわめきは終わる事なくしばらく続いていた。


「じゃあ入って」


 先生の呼びかけにその転校生は入って来た。転校生はとても可愛らしい女子だった。スタイルも良くてまるでアイドルのよう。その姿を見てクラスの男子達が一斉に色めき立つ。魔法使いの学校の生徒だからってその反応は普通の学校と何ら変わらない。

 そして女子もやっぱり男子とは違う理由でざわめいていた。美少女がクラスに転入すると言う事はそれだけでクラス内の勢力図は変わるほどの大事件だった。


「おおー!」

「美少女じゃ」

「かわいい」

「お近付きになりたい」

「ひゅーひゅー」

「ちょっと男子騒ぎ過ぎ!」

「静かにして下さーい!」

「中々可愛いじゃないの……」

「嘘……ちょっと美少女過ぎない?」


 クラスのざわめきが中々収まらない中、彼女が自己紹介を始める。その声は緊張していたのか少し小さめで、しかしとても可憐で可愛らしい声だった。


「えぇと……、なおです。よろしくお願いします」


 そう、その美少女はこの島に流れ着いた謎の少女、その本人だった。それがどう言う経緯かマールのクラスに転校って言うか転入して来たって訳。多分このクラスにしずるがいるからって言うのが大きな理由だと思うけど、当のしずるは学校では彼女について知らないふりをしている。

 そんな事情はさておき、先生が教壇の前で戸惑っているなおの事情を説明した。


「彼女はとある事情でこの島にやって来たんだが、どうも記憶喪失らしい。みんなもどうか仲良くしてやって欲しい」


 この先生の一言で、また教室がざわめき始める。事情が事情だけに様々な憶測が次々に生徒達から湧き上がっていた。先生はすぐにはそれを止めようとはしなかったので、ざわめきはまだしばらくの間続いていた。


「とある事情だって」

「記憶喪失って……」

「島にやって来たって、どこから来たんだろう?」

「きっと誰かに追われて何かのショックでそうなったんだよ」

「む、これは事件の匂い!」

「家族の人は大変だろうね」

「事故に遭ってしまったのかな?可哀想……」

「なるほど……これは陰謀だな……」


 クラスのざわめきの収まらない中、先生は彼女に座る席を指定する。


「えぇと、君の席は……」


 先生の指定したなおの席は正面の一番後ろの席、つまりはしずるの隣だった。これは実に分かりやすい。

 昨日までしずるの隣は別の生徒が座っていたはずなのに、いつの間にかその生徒の席はひとつ横にずれていて、今その机は空いた状態だった。この事については謎の力が働いたのか、それとも――。

 先生に指示されたなおはその席に向かってい歩いて行く。その様子を目で追いながらマールは口を開いた。


「あ、しずるの隣なんだ」


 マールの言葉にゆんが言葉を続ける。


「いつの間に机を用意していたんだろ?」


「彼女と仲良くなれるといいな」


 マールはすぐになおを気に入って彼女と仲良くなる事を望んでいた。多分殆どのクラスメイトがそう思った事だろう。みんなこの新しく入って来た転校生の一挙手一投足に注目している。

 そんなみんなの視線を集める中でなおは自分の席に座り、隣のしずるに声をかけた。


「えぇと……、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくね。私はしずる」


 話しかけられたしずるも気さくに彼女に挨拶を返していた。その様子に全く不自然さはなく、周りからは普通のクラスメイト同士の会話にしか見えなかった。その後、普通に授業は始まり、賑やかだった教室も落ち着きを取り戻していく。

 授業が終わるとすぐになおの周りには人だかりが出来ていた。勿論マールもその人だかりの中のひとりだった。


「ねぇ、なおちゃん。私マール、よろしく」


「あ、はい」


 マールの挨拶に少し戸惑いながらなおが返事を返す。するとそこにゆんも混ざって来た。


「あ、抜け駆けずるい!私はゆん、よろしくね!」


「あ、よろしく……」


 マールとゆんがこの人だかりの中に混じってファルアが指を咥えて見ている訳もなく、彼女も同じようになおに声をかけていた。


「なおちゃん、私はファルア。よろしく!」


「よ、よろしく……」


 そんな挨拶攻撃はマール達だけじゃなくて、そりゃもうクラス全員と言っていいくらいの人数が彼女に声をかけていた。その人気っぷりは海外有名人に群がる空港の人だかりもかくやと言う程だった。

 数多く詰めかける人の波に押し出される形でマール達は弾き出されてしまう。


「むうう……なおちゃん人気半端ないね」


「あれだけ可愛ければねぇ」


 マールとゆんが彼女について話していると、ファルアがこの会話に入って来た。


「クラス中が仲良くなろうと狙ってる感じだけど、彼女、どの派閥に入るかなぁ」


 派閥――と言う程のものはこのクラス内にはまだないけれど、仲良しグループと言う意味でファルアはそう言ったんだろう。そう言うグループはこのクラスでも幾つか存在していて、基本的に一度そのグループに入ると他のグループとの交流はなくなるのはこの世界でも一緒だった。

 マールはなおをネタにゆんに話しかける。


「ゆんは狙ってるんでしょ?だってあの可愛さだよ、アイドルに誘うべきでしょ」


「う、うん……そうだね」


 このマールの言葉にゆんは少し戸惑うような返事をする。普通だったらノリノリで返事を返すのにおかしいなとマールは首を傾げる。

 この様子を見たファルアは思うところがあったのか、困り顔のゆんに話しかける。


「おや?意外に消極的?あ、分かった!あんまり可愛過ぎると自分が目立たなくて邪魔になるからでしょ」


「そ、そんな事……」


 この言葉にゆんはうまく返せなかった。ファルアはニヤニヤ笑いながら言葉を続ける。

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