第28話 魔法スポーツ観戦 その4

「この選手は鍛え抜かれた肉体もそうだけど、魔法の使い方がやっぱ頭ひとつ抜けてるのよ」


 誰に頼まれたでもないのにファルアが選手の解説を始める。その話を2人は興味深くうなずきながら聞いていた。前知識があった方が楽しめるのは映画もライブもスポーツ観戦においても同じだった。走り始めたセドル選手を見てその走りの違いにマールは声を上げる。


「おおーっ!レベルが違うね」


「どう?生で見るスポーツっていいものでしょ」


 自分の想定通りに事が進んでいるのを実感してファルアは上機嫌になっていた。ニコニコ笑顔の彼女が気分良くしていると、同じく競技を見ながら興奮していたゆんがマールとは別の感想を漏らす。


「選手達のフェロモンに圧倒されるよね~」


「ゆん……」


 彼女の反応に対し、流石にファルアはうまい返しが出来なかった。フェロモンと言う言葉はスポーツ一直線少女にとってまだハードルの高い言葉だったようだ。有力選手が次々と実力通りの結果を出していくのを見てマールはポツリとつぶやく。


「スポーツってあんまり逆転ってないんだね」


 この言葉を聞いてスポーツ自体をつまらなく感じてしまったのでは元も子もないと感じたファルアは、マールにしっかりスポーツの良さを説明する。


「それは違うよ、みんな頑張っているから差がつきにくいだけ。実力の開花は個人差あるから結構逆転とかあったりもするんだよ」


「へぇぇ……」


 このファルアの熱意の篭った言葉に分かったのかそうでないのか曖昧な返事を返すマールだった。

 結局大会は実力通りの展開を迎え、一番人気のセドル選手が優勝し、本島大会への出場権を手にする結果となって終わった。陸上なので競技自体は他にもたくさんあったものの、実力で本島の選手と本気で競い合えそうなのはこのセドル選手くらいものだと言うのがファルア解説員の見解だった。


 大会は無事全ての競技を終えてマール達も帰る事になった。最初そんなに乗り気じゃなかったのが嘘みたいに、帰路についた3人は今日見た競技の感想を帰りの電車内でとどまる事なく話し合っていた。

 マールは車窓から流れる夕暮れで赤く染まった景色を眺めながら口を開く。


「セドル選手、本島大会でも活躍して欲しいね」


 この言葉を受けてファルアが彼女なりの考えを元に感想を言った。


「私は彼ならいいところまで行くと思うんだ。うまく行けば優勝もあるかもだよ!」


「私もそれは感じてた!いい結果を出して欲しいよね」


 ファルアの想定を聞いてゆんも同意していた。選手達の感想もあらかた言い終わって話題はこの大会自体の事に移った。やっぱり始まるまで一番の心配事は天候の事だったのでマールはそれを口にする。


「心配だった天気も結局は晴れて良かったよね」


 この日の天候を一番心配していたファルアは今日雨が降らなかった事に対して自分の考えを述べる。


「本当だよ、やっぱ選手の頑張りが奇跡を呼んだんだと思うな」


「まぁ、あの試合を見ていたらそんな気にもなるよね」


 いつもならこの返事を茶化すゆんだけど、今日は大会内容が素晴らしかった事もあって、珍しく素直にファルアに習っていた。大会を堪能した事をその態度から読み取ったファルアは改めてマールに今日の感想を求める。


「マール。スポーツの良さ、分かったでしょ」


「うん、生で見るスポーツってテレビとは迫力が違っていいね」


 この彼女の反応に手応えを感じたファルアは更にスポーツの良さをPRする。


「でしょ、興味湧いたでしょ」


 言葉の熱を感じ始めたマールはここで変に誤解されたら厄介だと思い、今の自分の素直な思いをストレートに口にした。


「スポーツ観戦は好きになったよ」


「あ、うん……。マールがスポーツ好きになってくれて嬉しいよ」


 このマールから返って来た言葉にファルアは落胆したものの、すぐに気持ちを切り替えて、少しでも事態が前進した事を喜ぶ事にした。その様子を横で見ていたゆんはニヤニヤと笑いながら皮肉たっぷりにファルアに声をかける。


「あら~残念でしたー」


「ゆんも前に失敗してるじゃん」


 このゆんの口撃にファルアも負けじと対抗する。前回のライブ観戦でマールをアイドル好きに持って行こうとして失敗していたのを口にしたのだ。

 この言葉を聞いてゆんはカチンと来て声を荒げる。


「私は諦めてないんですからね」


「それは私も一緒ですー」


 ゆんとファルアはまた意見がぶつかりバチバチと火花を飛ばし始めた。それが見慣れた光景とは言え、今日の素晴らしい体験を大事にしたかったマールは2人のこの下らないいさかいを必死になって止めるのだった。


「折角いい試合を見て気分がいいんだから喧嘩はしないでよー」


 その後は何とか2人も仲直りして、また他愛もない話をしながらそれぞれの家に帰っていった。部屋に戻ったマールはバタリと自分のベッドに倒れ込むと、布団の匂いを嗅いで心身の疲れを癒やしていた。その様子を見た僕はそれとなく今日の感想を聞いてみる。

 マールは倒れ込んだまま体を1ミリも動かさずに、今日見たスポーツ観戦の事やその会場の雰囲気などを彼女らしい言葉で語ってくれた。


「ふーん、試合楽しめたんだ。良かったじゃん。で、スポーツを頑張る気になった?」


 その感想を聞いていたマールは僕が放ったこの何気ない一言に突然がバタッと起き上がって僕に向かって真剣な顔でまくし立てた。


「何言ってるのよ。あそこに勝ち残ったのってまず最初に才能があって、それから死ぬほど頑張ってやっとあの舞台に立ってる訳でしょ?私には無理だって」


「いや、マールにはそれなりの才能はある気がするよ。ほら、特訓で最初に海岸まで走っていった時だって……」


 僕はマールの才能を知っていたからフォローのつもりで彼女を立てるような事を言った。

 しかしそれをマール自身が素直に受け取ろうとせずに更に持論を展開する。


「いやいや、それでも大会とかに出られるレベルじゃないって。ファルアみたいに結果が出てるならともく。今日本格的な大会を見て、私みたいな素人はスポーツは見るものだなって思ったね。どの選手も本当にすごかったんだから」


 その熱っぽく語る彼女を見て今はこれ以上言っても無駄だなと僕は悟った。


「そっか……ま、やる気がないならやっても仕方ないかもね」


 それでもゆんやファルアに誘われて一流の人の活躍を体感した事は彼女なりに成果もあったらしく、珍しく前向きな言葉がマールの口から飛び出していた。


「私にも何かこれって言う相応しいものがきっとあるんだよ。大人になる前にそれを何とか見つけれたらいいと思うんだ」


「お、ちょっとはやる気が出て来た?マールがその気なら僕もしっかりサポートするからね」


 僕は彼女が前向きな気持ちになってくれた事をとても嬉しく思っていた。それでマールの為にこれからもしっかりサポートしなくちゃと胸に誓うのだった。

 僕の熱意のこもった顔を見た彼女はニコっと笑って僕に手を差し出して来る。


「とんちゃん、その時はよろしくね」


 主の握手を僕が拒むはずがない。マールとしっかり手を握った僕はそのままばんにゃいの格好をさせられる。しまったと思った時にはすでに遅し。

 この後しっかり彼女に遊ばれてしまい、僕はこの先が思いやられるのだった。

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