第27話 魔法スポーツ観戦 その3

 ここですぐに声を上げたのはマールだった。彼女ならこんなポカをやっても不思議ではないと残りの2人は動揺する。


「マール?!」


「やっちゃった?」


 困惑する2人の表情を面白がって眺めたマールはおもむろに持っていたポシェットの中を開いてそこにしっかり入っていたチケットを2人に見せる。


「なーんてね。ちゃんと持って来てるよん」


「はぁ……。そう言うのいいから……」


 この彼女のちょっとした軽いイタズラに、ファルアがため息を漏らした。逆にマールはこの冗談が受けなかった事にショックを受けていた。

 全員チケットを持って来ている事が確認出来たのでみんなは改めて電車に乗り込む。それから最寄りの駅で降りて徒歩5分。段々目の前に巨大な施設が見えて来た。現地でもまだ雨は降っておらず、大会は開催されるものとして競技場前は流石に観戦のお客さん達で賑わっていた。

 意外と盛況な様子を見てマールは思わず声を漏らす。


「来たねぇ」


「競技場、改めて見ると大きいよね」


 ゆんも改めて見る競技場の大きさに驚いていた。


「よし、いざ出陣じゃ!」


 この場所に着いて気合を入れ直したファルアは2人に向かってそう言うと意気揚々と競技場へ入っていく。ゆんもマールは彼女に遅れないように一生懸命彼女の後についていった。観客席に出たマールはその様子を見て一言つぶやいた。


「うわー、ちょっと緊張するね」


 座席が埋まっているのを確認してゆんもそれに続く。


「結構お客さん入るもんだね」


「当たり前でしょ、今回は地区予選決勝だよ!今日本島に行く代表が決まるんだから!」


 2人の反応を聞いてファルアが興奮気味に答えた。いや、もうとっくに興奮しているのかも。椅子に座った後、テンションの高い彼女にマールは早速質問を開始する。


「ファルアのおすすめ選手は誰?」


「私は予選一番だったセドル選手かな。当たり前過ぎてアレだけどさ」


 セドル選手と言うのが彼女のお気に入りの選手らしい。どうやら実力も申し分なさそうで、陸上ファンの間で彼を推すのは当たり前の事らしかった。

 ファルアの応援基準を聞いて同じく実力主義のゆんはその考えに同調する。


「やっぱ実力が約束されている選手を応援しちゃうよねー」


 スマホで今日の大会の情報を調べていたマールは、今回の大会の出場選手の顔写真を見て別の選手の推しを見つけたようだ。


「見た目だけで言えばこのトートル選手もイケてる気がしない?」


 彼女からスマホの該当ページを見せられてゆんの心も揺れ動く。


「本当だ!マールも見る目あるね」


 その2人のやり取りを見てファルアはハァと軽くため息を付いていた。


「人気投票じゃないんだから……スポーツは実力の世界だよ!」


 この彼女の言葉に自分の価値観が否定されたような感じがしたゆんは即座に反論する。


「分からないよ、始まってみないと。その時の調子だってあるしさ」


「ゆんがまたまともな事を……」


 その反論に少し呆れた反応をしたのはマールだった。勿論その言葉にゆんが黙っていられるはずもなく、語気を強めに口を開く。


「私はいつだってまともなんですが!」


 そんなやり取りをしている内にいよいよ競技そのものの開始時間が迫っていた。何だかんだ言いながらも競技の開始を今か今かと楽しみに待っている2人を前にファルアがスポーツ観戦について大事な事を訴える。


「もうすぐ始まるね。みんなちゃんとトイレは済ましといてよ!」


「えー!いいじゃんいつトイレ行ったって!好きに行かせてよ!」


 ファルアの言葉に真っ先に拒否反応を示したのはマールだった。自由気ままが心情の彼女はトイレを強制されると言う行為そのものが苦手なのだ。

 この彼女の反応にファルアがとっておきの持論を述べる。


「トイレの間に決定的瞬間を見逃したらいけないでしょ!こう言うのは万全の体制で見るものなの!」


 その言葉を聞いて彼女の言い分も最もだなと思ったマールは、それならばとみんなに声をかける。


「じゃあみんなで行こうよ。私はそんなに行きたくもないけど」


「分かったよ、みんなで行こう」


 それでマールが納得するならばとファルアはゆんも誘って3人でトイレにいく事になった。女子同士が仲良くトイレに行く事はまぁ普通の光景なのでこの行為に3人の誰も不満を漏らす事はなかった。

 事を済ませ、今度こそ準備万端。客席に座った3人は盛り上がる雰囲気に飲まれ、ただただ興奮してその時を待っていた。


「そろそろ始まるね。うわぁ、なんかちょっと緊張して来た……」


 生のスポーツ観戦が初めてのマールはこの時点で訳の分からない興奮状態に入っていた。やがて時間となり、今回の大会に出場する選手が登場する。

 各選手の鍛えられた肉体を見ながらゆんが言葉を漏らした。


「おお、選手が出て来た。みんな身体が引き締まっててすごいね」


 興奮しまくりの2人を見てファルアは自分が誘って正解だった事を確認するように話しかける。


「来て良かったでしょ」


 そんな中、出場選手を品定めするように眺めていたゆんは思わず一言つぶやいた。


「ファルアがスポーツ好きなのが分かる気がして来た……」


 その言葉にヨコシマなものを感じたファルアは間髪を入れずに反論する。


「言っとくけど!私は純粋に体を動かすのが好きなんだからね!」


「うん、知ってる」


 彼女のその過剰過ぎるほどの反応にゆんはニコっと笑ってそう答えた。どうやらただからかっただけらしい。


「あ、始まるよ!」


 そんなやり取りを横目にマールは結構真面目の選手たちの動向を眺めていた。整列やら選手宣誓やら競技前に必要な儀式はあらかた終わり、やがて陸上地区大会決勝が始まる。今まで学校の生徒の走りしか生で見た事のなかったマールは、初めて見る本格的な選手の生の走りを見て、その全くレベルの違う迫力に圧倒されていた。


「うお~早い!」


 この迫力にゆんもまた圧倒されている。


「迫力が、熱気が違うね。これは会場じゃないと味わえないわ」


 このゆんの反応を聞いて更にマールが続けた。


「やっぱり大人の人はすごいね」


 競技がある程度進んだ所で、ひとつ疑問が浮かんだマールは早速ファルアに質問する。


「ねぇ、本戦でもこの島の選手が活躍すると思う?」


 この質問に対して彼女は腕を組んで真面目な顔をして自分の考えをマールに伝えた。


「そこなんだよね~。やっぱ本島は本場だから層が厚いのよ。楽観は出来ないよね」


「やっぱそうなんだ。健闘して欲しいね」


 離島のこの島と本島の人口比は20倍以上ある訳で、この決勝で勝ち進んだ選手がどれほど健闘するかは未知の要素が大きかった。時間を競う競技だけに数値で比較すれば簡単に予想は立てられるものの、その数値はいつでも出せると言うものでもなく、参考程度に留めるのが妥当。本島の選手もまた実力派が揃っていて、この大会でどれほど好成績を出そうが油断は全く出来ないのが現状だった。


 競技も進んでついにこの戦いで一番盛り上がるレースが始まる。それに合わせて観客席の興奮もこの日一番のものになっていた。


「あ、噂の一番人気のセドル選手が出て来たよ!やっぱオーラが違うね」

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