第23話 アイドルライブ! その3
「しかし誘った本人がまだ来てないのはちょい許せんな」
そう、自分からこの時間を指定しておいて当のゆんがまだ待ち合わせ場所に来ていなかった。そのせいでファルアはちょっと切れかけていた。
大丈夫、切れかけているだけでまだキレていませんよ!朝の9時を5分ほど過ぎたところで気合の入った服装の女の子が2人の視界に入って来た。
「ごめーん」
それはゆんだった。この日の為に気合を入れてお洒落して来たようだ。まるで自分がステージに立つかのようなその気合を入れたファッションを見て思わずファルアはその感想を素直に口に出していた。
「うお!気合入ってる」
「行こっか」
全員が揃ったところで3人は早速バスに乗って会場へ。そこは地元で一番大きな音楽ホール。実は3人ともこのホールに自分達だけで来るのは初めての体験だった。
この日が来るまでに頭の中でシミュレーションして自信を持ってこの場所に来たはずなのに、いざ会場を前にすると3人共すっかりこの雰囲気に飲まれていた。興奮のあまりマールがまず口を開く。
「くー、ここでライブを見るのかぁ~」
「すごいね、まるで大物アーティストだよ」
「ホールライブだからそう言う扱いでいいんだよ」
音楽ホール前はもう既に多くの人が行き交っていた。流石超メジャーアイドルのライブだけあって、その賑やかさは地元で一番大きなお祭りと比べても遜色のないほどだった。
そしてライブと言えばライブグッズ。事前に予習していた3人は早速グッズ売り場に向かう事にした。売り場を探しながらマールが不安そうにゆんに尋ねる。
「グッズどうしようか……あんまり買えないけど」
「定番モノだけでいいんじゃない?」
「だよねー」
予算内で買えるだけのグッズを購入した3人はゆんからチケットを渡してもらって早速会場入りをする。3人が会場に入った時、既にその場所はひとつの異空間のようになっていた。よく見るホールの景色がしっかりライブ会場へと変わっている。
初めてのライブの雰囲気や会場内のファンの熱気に当てられて、3人の興奮度もすっかりマックスになっていた。
「うひょー、興奮するー!」
「すっごい熱気だね。集まってるみんな、全員がファンなんだ……」
「そりゃ当然でしょ」
いつもはアイドルの事で興奮なんてしないはずのファルアまでテンションがおかしくなっている。流石にマールはちょっと戸惑っているところもあったけど、周りの2人のテンションの高さから、もっとこの雰囲気を楽しまなきゃと言う謎の使命感を覚えていた。
ただ、そんな会場全体の熱気に酔いながら、彼女は少し後ろめたい気持ちにもなっていた。
「何だか周りは一生懸命苦労してチケット手に入れただろうに、私達は簡単に参加しちゃって申し訳ない気持ちになるね」
「全く、マールは真面目なんだから。もうここまで来たら楽しむだけでしょ!」
「そうだよ!私の善意なんだから思いっきり楽しんでよ!」
マールのこの真面目過ぎる言葉に、友達2人はここまで来たらもっと楽しむようにと、それだけを彼女に伝えた。
考えて見ればこう言う体験が出来るのもゆんの好意があったからこそだ。その気持ちを大事にしなくちゃとマールは思い直した。
「う、うん、分かった」
そんな些細な気持ちのズレもありつつ、やがてライブの始まる時間が迫ってくる。ここまで来たらさすがのマールもすっかり会場の雰囲気にも慣れ、会場に集った他のファンのみんなと一緒に応援出来るテンションにまで自分を高めていた。
「ほら、始まるよ」
ゆんがライブの開始をマールに告げる。その声を聞いて彼女はステージに注目した。期待感を高める音楽が鳴り響き、やがてアイドルっぽいかわいい衣装を着たスマガのメンバーがステージ上に魔法を駆使した華やかな演出と共に登場する。
「皆さん初めまして!スーパーマジカルガールズです!今日は楽しみましょー!」
簡単な挨拶が済んだかと思うとすぐに一曲目の歌が始まる。神秘的で魅惑的な光の演出は魔法アイドルならではのものだろう。
「フゥー!」
ライブが始まってファルアが今までに見せた事がないような姿を見せていた。友人の意外な姿を間近で目にしたマールはライブに潜む魔物の存在を強く意識した。
よく見るとテンションがおかしくなったのはファルアだけじゃなかった。ライブ会場にいる全てのお客さんが目の前のアイドルに興奮して精一杯の応援をしている。
マールはと言えば生で見るトップアイドルのオーラにただただ圧倒されていた。
「うわ……」
目の前で次々に披露されるパフォーマンスは最高峰のものだった。キレキレのダンスによく通る美しい歌声、光の演出に衣装のきらびやかさ。目の前にいる5人の少女は紛れもないトップアイドルだった。気が付くとマールも必死に彼女達を応援していた。
「イエーイ!」
ライブは何のトラブルもなく順調に進み、いつの間にか終わりの時間が近付いていた。会場が一体になったこの空間は幸せなオーラに満たされていた。
事前に勉強していた様々な応援スタイルも、自然に体が動いてベテランのファン並みにこなせていた。これもまたライブの力なんだろう。
「アンコール!アンコール!」
用意された曲をすべて歌い終えた彼女達がステージからはけたらすぐさまアンコールコール。マールたちもこの時間が終わってしまうのが寂しくてこのコールを懸命に叫んでいた。
そしてそこからのアンコールがまた素晴らしかった。スマガメンバーのライブ中の弾ける笑顔にみんな魅了されていた。
そうして20曲以上の歌を歌い終えてライブは無事終了した。途中でMCあり、小芝居あり、彼女達の得意芸の披露ありの楽しいライブだった。
応援に全ての力を出し切った3人はライブ終了後、抜け殻のようになって会場を後にしていた。望むなら握手会にも参加出来たものの、もうそんな気力も彼女達には残されてはいなかった。
初めてのライブを終えてマールが感想を口にする。
「す、すごかったね……」
この興奮を言葉にするには彼女は語彙力が足りなかった。ただ、圧倒的な経験をするとそうなるのも仕方のない話ではあった。
この感想を受けてゆんが得意気に彼女に話かける。
「魔法アイドル、格好良かったでしょ」
「う……うん。圧倒されたよ……」
トップアイドルのライブの洗礼を受けて、マールが絞り出した言葉はそれが全てだった。その言葉だけで3人は感覚を共有出来た。何故ならみんなライブ自体が初体験だったから。
しばらくはライブの感想について3人がそれぞれ話し合っていたんだけど、やがてマールが決定的な一言を一番熱心に話していた彼女に告げる。
「ゆんはアレになるつもりなんだ」
「そ、そうだね……あのレベルまで上り詰められたらいいけど」
このマールのさりげない一言にゆんは固まった。自分の目指すべき目標にはしていても、いきなりあのレベルはハードルが高過ぎる訳で。同じ道を進もうと努力しているだけに、その到達点の高さに彼女は言葉をつまらせていた。
硬直しているゆんを尻目に今度はファルアが彼女に質問をする。
「今どんな感じなの?」
「お、オーディションは受けてるよ、一応……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます