第22話 アイドルライブ! その2

「ライブっていつやるの?」


「お、マールも興味持ってくれたね!来月だよ、来月の第2週の週末。予定空けといてね!」


「うん……まぁ……予定なんて何もないけど」


 ゆんの強い言葉の波にマールは容易く押し流されてしまう。それでもライブが自分の知っている人達だったのであんまり悪い気はしないのだった。

 少し頼りないマールの言葉を受けてゆんはさらに念を押すように言葉を続ける。


「行くよね!絶対後悔はさせないから!」


 ここまで強引に推されて少し心が不安定になって来たマールは、もうひとりの友人に助けを求めるのだった。


「ファルアも行くんだよね?」


「当然でしょ!」


 この彼女の返事を受けて心強い味方を得たマールはぐらつく気持ちを立て直して、やっとゆんにはっきりとした返事を返すのだった。


「じゃあ、行こうかな」


「よし、決定!あ~楽しみだなぁ~」


 マールとファルアの了解を得てゆんは満面の笑みを浮かべる。その浮かれ具合は誰が見てもはっきり分かるくらいだった。

 その後に掃除の時間になったんだけど、彼女はハイテンションのまま、掃除の担当の場所に向かっていく。それは今にもスキップをしそうな程のテンションだった。

 そんな彼女を見ながらマールとファルアはゆんの事をネタに話をする。


「ゆん、楽しそうだね」


「あの様子じゃ、きっと頭の中ライブの事だけになってるよ」


 その日のゆんは誰が見ても分かるくらいハイテンションで、クラスのみんなもそれに気付いていてあちこちでその理由を想像しあっていた。

 でもその理由を知っているのは本人以外はマールとファルアだけ。スマガの人気はこのクラスでも絶大で、下手に漏らそうものならきっと教室中がパニックになってしまうから、3人はその事を誰にも話すまいとしっかり口を閉じていたのだった。


「えー!スマガのライブ!いーなー!」


「残念だけど使い魔同伴はお断りだって」


「そんな……」


 家に帰ったマールは早速その事を僕に話していた。僕だって、僕だってスマガのライブ、行きたいよ!マールこそ興味があんまりなかったけど、マールの家族もみんなスマガの大ファンなんだ。使い魔仲間でもファンは多くて……本当、マールが無関心なのが信じられないよ。

 鼻息の荒い僕を見て彼女はなだめるように言う。


「後でたっぷり様子を話してあげるから」


「分かった。じゃあ存分に楽しんでね」


 ま、僕も分別の分かる使い魔だからね。主がそう言ってくれるならそれを信じる事にするよ。ま、マールはいつもその日にあった事をこうして話してくれるから、こっちから催促しなくてもきっと話してくれると信じているけどね。


 次の日、休み時間にまた3人は集まって話をしていた。勿論その話題の中心はライブについて。まずはマールが切り出した。


「ライブの楽しみ方なんて私全然分からないんだけど」


 この発言にファルアが能天気に反応する。


「周りに合わせればいいんじゃないの?3人全員初心者なんだから」


 最後に2人の意見を聞いていたゆんが真剣な顔をして口を開いた。


「そうだね。まだ時間もあるし、行くまでに色々調べてみるよ」


 それから数日後、3人は改めて来るべきライブに備えての勉強会を開く事になった。まだ何も知らないからこう言う事も必要だろうね。場所は話を持ちかけてきたゆんの家。まずは軽く世間話とかしながらテンションを少しずつ高めていく。

 久しぶりに入ったゆんの部屋はアイドルのポスターもさる事ながら、ダンスの本や歌の本、レッスンに必要な道具など、アイドルを本気で目指す少女の部屋に様変わりしていた。


「よく来たね、まぁくつろいでよ」


 そう言ってもてなしてくれたのはゆんの使い魔のサラだ。相変わらず美しい毛並みをしている。きっと毎日念入りに手入れをしているんだろう。

 彼女は魔法を使って器用に紅茶を注いでいく。すぐにお客様である2人の前に紅茶とお菓子が並べられた。その手際はとても鮮やかなものだった。


 部屋に入った当初はマールもファルアも様変わりした部屋に驚いて少し落ち着きをなくしていたけど、やがて少しずつ慣れていった。ゆんが何かを取りに部屋を出て行ってしばらく時間が空いたので、その間サラから彼女がどれくらい頑張っているか、その話をじっくりと聞かされる羽目になった。


「……それで、私はゆんの頼みを聞いてあげたの……そうしたらね……」


「そ、そうなんだ……」


 2人がサラの話に飽きかけていた頃、ゆんが何かノートのようなものを数冊持って部屋に戻って来た。


「ライブの資料持ってきたよ。雑誌の切り抜きだけど」


 それは彼女がライブの資料としてライブ関係の話題を雑誌の記事からより分けたスクラップブックだった。このお手製の資料を見たファルアが珍しそうな顔をして一言こぼす。


「うわ、古典的だなぁ」


「でも凝ってるねこれ、すごいよ」


 マールはファルアとは逆にこのゆんの努力の結晶を見て感心していた。それから3人はこの資料を広げてライブについての勉強をし始める。

 学校の勉強は中々頭に入らないのに、こう言った勉強はするすると頭に入るのはなんでだろうね。しかも新しい知識を得る事が楽しいって言うね。


「へぇぇ、服装とか、心構えとか、色々あるんだ」


「アイドルによって応援が違っていたり、色々と細かいんだねぇ」


 資料を見ながらマールとファルアはアイドルの応援方法の多彩さに驚きの声を上げていた。ただ見に行くだけじゃないライブの楽しみ方がそこに書かれている。

 何も知らない2人はそれらをすべてやらなくちゃいけないんじゃないかと心をざわつかせていた。

 書いてある記事を読みながら一喜一憂する2人を見てゆんがさり気なくアドバイスをする。


「スマガはメジャーアイドルだから、お約束とかあんまり激しく応援しなくても良いスタイルみたい」


「そ、そうなんだ。あんまり独特過ぎたらそっちに気を取られそうだから良かったよ」


 ゆんの言葉を聞いてほっと胸をなでおろすマール。記事に出ているフリコピとかコールとか、そう言うのをしなくちゃいけないんだったら自分に出来るかなって不安になっていたようだ。それで思わず彼女はゆんの顔を見る。すると彼女は真顔でこう付け加えた。


「マイナーアイドルになるとファンの応援も儀式的になったりとかはあるらしいけど」


 この言葉を受けてマールはファルアの方を向いて同意を求めるように口を開く。


「そう言うのはちょっと入り込めないかも……」


 この言葉を受けてファルアは無言でうなずいた。

 その後も勉強会は続き、ある程度の知識は共有化出来たとしてお開きと言う事になった。時間は勉強開始から既に3時間が過ぎていた。


「何にしても、これで前知識は十分だね」


 ゆんの資料を元にライブの知識を理論武装した3人はすっかり心の中の不安の払拭に成功する。後はライブ当日を待つばかりと心をひとつにしたのだった。


 それから日々はあっと言う間に過ぎ去り、スマガのライブ当日がやって来た。ライブ会場は地元で一番大きな音楽ホール。スマガレベルになれば観客3000人規模のホールライブが当たり前なんだ。


 チケットはゆんが責任を持って預かっていて、入場する時に2人に渡す形を取っていた。そんな訳で3人がバラバラに会場に行くのはまずいと言う事で、事前に待ち合わせて一緒にライブに行く事になっていた。

 その待ち合わせ場所にマールとファルアが揃っている。時間は朝の9時。待ち合わせの時間ぴったりになってファルアがマールに話しかける。


「あっと言う間に当日だよ」


「本当、時間の過ぎるのは早いねぇ」

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