第20話 星の導き 後編

 流星群が見られないかもって言う心配がなくなって、マールは今ここにいない僕の事が気にかかっていた。勝手に行き先も告げずに走り出しちゃったから仕方ないよね。


「とんちゃん、どこに行ったのかなぁ?」


「大丈夫よ、使い魔が主人を忘れたりなんてしないんだから」


 このマールの焦った声に今度はファルアが答えていた。きっと使い魔を信じるのも主の役目だって言いたいんだろうな。


「だ、だよねー」


 このファルアのアドバイスにマールはちょっと焦りながら答えていた。


 で、その頃の僕なんだけど、実は星見の丘の外れにある誰も知らない小高い別の丘にやって来ていたんだ。


「うふふ、来たわね」


「みこ、君もいたのか」


「私はこの会のリーダーだもの、当然よ」


 僕がその場所に着くと、しずるの使い魔のみこがにやりと笑いながら待ち構えていた。うーん、知り合いがいると何だか調子狂っちゃうなぁ。とにかく、僕は空を見上げてその時がまだ来ていないのを確認する。


「流星はまだ流れてないよな?」


「そうね、後30分くらいかしら?」


 僕の声にみこが冷静に答える。良かった。まだ流星は流れ始めてないんだ。流星が流れ始める前にしっかり儀式の準備をしなくちゃいけない。

 まだ30分ある――って言うか、もう30分しかないんだ。


「早く準備しなくちゃ」


「みんなスタンバってるわよぉ」


 焦る僕を逆なでするように、みこはそう言ってまたにやりと笑って挑発する。いかんいかん、冷静にならなくちゃ。冷静に動けば問題なく間に合うはず。落ち着け、自分。


 ――それからの30分はあっと言う間に過ぎていった。


 さて、屋台で散々買い物を楽しんでいたマール達3人も星が落ちる直前には星見の丘の展望スペースまで上がって来ていた。そこにいた全員が今か今かと待ち構える中、すっかり雲が晴れた夜空にふっとさり気なく最初の光が空を流れていく。


「あ、流れて来た!」


「うわー、すごいー」


「毎年見に来ているけど今年もすごいねー」


 マールもゆんもファルアも半年ぶりの天空ショーに心を踊らせていた。一度流れ始めた流星は勢いをつけて次々と美しく流れ始め、その度にあちこちで歓声が上がっていた。


 その頃、少し離れた場所で僕らも流星を眺めていた。彼女達と違うのは必死で祈りを捧げていると言う部分だろう。今回集まった僕ら使い魔57匹、みんな丸い形に集まって手を合わせて降り注ぐ流星に向けて懸命に祈りを捧げていた。この円の中心には会のリーダーのみこがいる。


「星神様、今年継承を受けた我が主をどうかお守りください」


 そう、ここに集まった使い魔の猫達はみんな今年、正確には前の流星群が流れた日以降に力の継承を受けた魔法使い達の使い魔達。これは大人の主と使い魔が共に行う流星の儀式とは別種のもので、継承を受けたばかりの主の使い魔が行う特別なものなんだ。


「長き時の流れをたゆたう偉大なる放浪の神よ、我らにその恵みをお示しくださいませ」


 この儀式は使い魔だけで行わなくちゃいけない。そしてしっかり流星に願いを届けなくちゃいけない。だからここに集まった僕を含む57匹はそりゃもう真剣に次々に流れる流星群に願いを捧げたんだ。


「光よ、我らと共に!」


 この言葉が儀式の締めの祈りの言葉。どうかマールにも星神様の加護がありますように――。


 僕らの祈りの儀式が終わった頃、星見の丘で流星を見ていたマールにも何か変化があったようだ。


「あれ?不思議。星の光が私の中に流れ込んでくるみたい……」


 彼女は流れ星のひとつが自分の体の中に入って来たような錯覚を覚えていた。一度その感覚を覚えると流星が流れる度にその感覚がマールの体の中を光の速さで駆け巡っていく。この初めて知る感覚を彼女は上手く表現する事が出来なかった。


「暖かい……」


 そう、ただ、暖かい。愛のある暖かさ。ちょうどいい温度のお風呂……って言うより、赤ん坊の頃にお母さん抱かれていたあの感覚……マールが感じていたのはそれに近いものなんだろう。


「どうやら上手く行ったみたいね」


 そんな彼女の様子を少し離れた場所からやさしく見守っていたしずるはそう言って、また夜の闇に消えていった。

 めぼしい流星が大体流れ終わると、お開きの時間がやって来る。この時、何かにはっと気付いたゆんがマールに話しかけた。


「あ、そう言えばマールは今年力を継承したんだっけ?」


「あ、うん」


 突然の質問にマールは素直に応える。するとゆんは今日の流星群に関して聞き慣れない言葉を口にした。


「じゃあ、今年の流星群は継承流星群だったんだ」


「継承流星群?」


 この聞きなれない言葉を耳にして、マールはきょとんとした顔をしている。その顔を見て何も知らない事を察したゆんは、ハァとひとつ大きなため息をついて、継承流星群について説明を始めた。


「力の継承をした人が最初に触れる流星群には星神様の力の守護の力が与えられるんだよ」


「へ~、詳しいね」


「お、お母さんが詳しいから」


 マールに褒められてゆんはちょっと照れている。ファルアはその様子を見ながら屋台で買ったフライドポテトを黙々と食べていた。

 ここまで話していて、一足先に継承流星群を体験したゆんはどうだったんだろうと思ったマールは彼女に質問をする。


「その継承流星群ってみんな同じ感じなの?流星の光が入り込んで来るような……」


「多分みんな一緒だよ」


 このゆんの感想にファルアが割り込んで来た。


「いい経験になったよね」


 彼女もゆん同様、力の継承をしていたので継承流星群も去年済ませていたのだ。2人の感想を聞いてマールはやっと彼女達に追いついたと言う思いになっていた。


「ふう、無事終わって何よりだよ」


 場所は変わって、こっちは儀式を終えた使い魔達の集う小さな丘。儀式に参加した57匹はみんな力を使い果たしてぐったりしていた。

 ただ祈りを捧げるだけのように見えるかもだけど、この儀式は使い魔の全魔法力を全て祈りに捧げるんだ。終わった後の疲労感は半端ないよ。


「マールが待ってるんでしょ、早く戻りなさいよ」


 そんな疲れきってる僕にみこが近付いて来てそう言った。本当はもうしばらくここで休んでいたいけど、マールが待っているならそうも行かないな。


「ああ、みこ、有難う」


 僕は忠告してくれたみこにそう言ってマールのもとに歩いて行った。やがて他の使い魔たちもそれぞれの主のもとに帰っていく。みんな、お疲れ様。


 マールは星見の丘で継承流星群の感覚の余韻に浸っていたのですぐに見つける事が出来た。よく見るとあちこちでマールと同じように力を受けて呆然としているような感じの人達が何人も確認出来る。きっとあの人達が今年力を継承した人達なんだろうな。


 僕がある程度近付くとその雰囲気に気付いたらしく彼女が僕の名前を呼んだ。


「あ、とんちゃん、こっちこっち!」


 僕はマールに手招きされるままに彼女に近付いて行く。


「どこ行ってたの?」


 さて、彼女のこの質問にはどう答えようかな?正直に話してもいいけど……。そうだ!アレで行こう。


「マールが幸せになれるように祈ってた」


「そうなんだ、有難う」


 この僕の返事をまたしてもマールはまるっと受け入れていた。この素直さがどうかいい方向に進みますようにと僕は願わずにはいられなかった。

 この時、僕がふと何気なく夜空を見上げると、まるで遅刻したみたいに時期を外れた流星が一筋すっと流れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る