第19話 星の導き 中編
僕が嫌がっているのを分かった上で、マールはそれでも僕を抱こうとして追い掛け回していた。
「私が抱いて歩きたいの!」
「しょーがないなぁ……」
家の中での追いかけっこは20分位続いたけど、結局折れたのは僕の方だった。不毛な事をずっとしていても時間が過ぎるだけだからね。
それからおめかししたマールは僕を抱いて、流星群がよく見える有名スポットの星見の丘に向かって歩き出した。
最初はひとりで道を歩いていた彼女だけど、やがて目的地を同じくする人達がどんどん集まって来て、丘に着く頃には賑やかな人の列が出来ていた。
マール以外の2人はと言うと、実はもう先に丘に着いていた。部活やらレッスンは今日はお休みなんだ。この島では昔から流星群の日はみんなで星を見る事になっていて、だから今夜の街はいつもより淋しい感じになっていた。
「あ、マール!こっちこっちー!」
マールを見つけたゆんが彼女に声をかける。マールが声に気付いて見上げるとそこにはゆんとファルアがいた。それに気付いた彼女は手を振って3人はすぐに合流する事が出来た。マールが丘の様子を見渡すと、彼女達以外にも学校の生徒達が沢山来ているのを確認出来た。
「みんな集まってるね」
「そりゃ来るでしょ、お祭りなんだし。屋台で何か食べる?」
ゆんの提案を受けて3人はそのまま屋台の並んでいる場所に向かった。食べ物の屋台に遊びの屋台、それはもう見ているだけで楽しくなるような屋台が星見の丘の展望スペースに続く道にずらりと並んでいる。3人は色々目移りしながら、お目当ての屋台を探して道を歩いていた。
道を歩きながら他のお客さんを眺めていたマールは、その様子を見て一言つぶやく。
「使い魔連れている人も多いね」
「みんな流星の儀式をするんじゃないかな。とんちゃん連れて来たって事はマールもそうなんでしょ?」
この時、ファルアの口から出た流星の儀式と言うのは、この島の有志が行う行事のひとつで、大人の魔法使いが流星群の日に行う儀式の事。簡単に言うと自身の使い魔と一緒に流星に願いを届ける事で、一年の幸せを祈る儀式なんだ。大人の儀式だから今の彼女には関係ない話だけどね。
ファルアの言葉を受けて、流星の儀式をよく知らないマールは僕に聞いて来た。
「え?そうなのとんちゃん?」
何も知らない彼女のこの質問に僕は呆れながら答える。
「僕らが流星の儀式をするのはまだ早いよ」
全く、まだ関係ないとは言え、大人になったらするかも知れないんだから、流星の儀式の知識くらいそろそろマールも知っておいて欲しいよ。
僕の答えを聞いた彼女は、首をかしげて根本的な質問を投げかけて来た。
「じゃあ何でとんちゃんはここに来たがったの?」
うーん、この質問には何て答えよう?本当の事を言ってもいいけど、今更恥ずかしいし。マール相手なら簡単に誤魔化せられるかな?そうだ!
「流星群が見たくなっただけだよ」
「なーんだ、そっか」
ほっ。こんな単純な説明で誤魔化せられて良かった。この答えに納得したマールはその事にはもう興味を失って友達と別の話題で盛り上がり始めた。
でもあの答えで納得するって言うのもちょっと心配だな。後で彼女にはしっかり世間の厳しさを教えなくっちゃ。
それからマールは数ある屋台の中で何を楽しもうか真剣に悩んでいたんだけど、その間も僕は彼女に抱かれたままだった。
「ねぇ、いつまで僕を抱いているつもり?」
この僕の言葉にマールはきょとんとした顔をして言う。
「え?とんちゃん自分の足で歩きたいの?」
「当然だよ」
この喋り方で不自由を感じている事をようやく理解した彼女は、腕の力を少しゆるめて僕に言った。
「分かった。じゃあ帰る時はちゃんと戻って来てね」
僕はマールの腕からひょいと飛び降りると、目的の場所へと一目散に走り出す。やっと自由になれたー!
走っていく僕を見てファルアがマールに話しかける。
「とんちゃんああ言ったけど、きっと何か目的があったんだよ」
「何かって?」
「それは……分からないけど」
ファルアも僕の目的を知らないみたいだ。僕にとってはそっちの方が都合がいいけどね。走っていく僕が闇に紛れて見えなくなると、彼女達はまたお目当ての屋台探しの方に夢中になっていた。
まず声を上げたのはゆんだった。彼女の家は結構裕福で、今夜もたっぷりお小遣いをもらって来ているらしい。
「それよりさ、何か食べようよ。こう言う時くらいしか食べられないものとか!」
「色々並んでるね~。お小遣いあんまりないから悩むな~」
裕福なゆんが興味のあるものを手当たり次第に手に入れるのを横目で見ながら、それなりのお小遣いしかもらっていないマールは慎重にお金を使うべき屋台をじっくりと吟味していた。
それから3人は色々屋台を見て回って、それぞれのお目当ての物をゲットしていた。
「う~ん、外で食べるアイスは美味しいね~」
屋台を色々見て回ったマールは、とりあえず入口近くの屋台からアイスクリームを買って丁寧に食べていた。ゆんはたこ焼きにクレープにフランクフルトに焼きそばに――食べきれないほどのジャンクフードを手に下げている。あれ、今晩中に全部食べるんだろうか?ファルアは堅実にイチゴ飴を買って、マールと同様に丁寧になめている。それから3人は金魚すくいをしたりくじ引きをしたりと流星が流れるまでの時間を楽しく過ごしていた。
いつしか空は真っ暗になり、いつ流星が降ってもおかしくない雰囲気になった頃、心配になったマールは夜空を見上げる。
「後1時間で流れ星が流れ始める予定だけど……まだ曇ってるね~」
「しずるが言ってたから、彼女が外すとは思えないんだけど」
マールの心配する声に呼応してゆんも同様に夜空を見ながらつぶやいた。彼女もこの日の流星群を楽しみにしていたみたいだ。
2人の心配する声が聞こえたからか、突然背後からしずるの声が聞こえて来た。
「そうだよ~、私を信じなさい!」
この突然の声にみんな驚いて振り向いた。こんな時でもしっかり気配を消して近付くなんて、しずる……恐ろしい子ッ!
みんなの前に現れた彼女は今夜の為にしっかりおしゃれしていて、見た事のないその服装はまるで異国のお姫様のようだった。思わずマールはその事について彼女に話しかけていた。
「し、しずる、来てたんだ。その服、似合ってるね」
「有難う。でも今日は空を見上げなきゃだよ」
マールの賞賛の言葉を受けてしずるは御礼の言葉を述べた。それから彼女も一緒に流星群を見るのかと思っていたら、そのまま手を振って彼女達から遠ざかろうとしていた。その様子を見てマールはすぐに止めようと彼女に声をかける。
「あれ?一緒に見ないの?」
「うん、ちょっとね。また冬の流星群の時には一緒に見ましょ」
そう、この島で定期的にはっきり見られる流星群は初夏と冬の2回あるんだ。今回の初夏の流星群、彼女はマール達と一緒に見られない理由があるみたい。彼女の出自が特別な為に、その場にいたみんなはもうそれ以上彼女を引き止めようとはしなかった。
しずるがマール達の前から幻のように姿を消した後、空に大きな動きがあった。
「すごい、晴れてきたよ」
「やっぱりしずるはすごいね」
なんと、さっきまで夜空を大きく覆っていた雲が徐々に晴れて来たんだ。これは偶然こうなったのか、それとも裏でしずるが何かやったのか結局マール達にその真相は分からなかった。分からなくてもいい事なのだしね。
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