星の導き

第18話 星の導き 前編

 美味しい給食の時間も終わった昼休み、教室でマールがくつろいでいるとゆんが話しかけて来た。


「そう言えばもうすぐじゃない?」


「はえ?」


 突然話しかけられて、マールはそれが何を意味するのか全く分からなかった。取り敢えずこう聞いて来た以上、近々何か楽しい事が起こるんだろう。

 最近楽しみにしていたものって何だろう?あのテレビドラマの事かな?それとももうすぐ公開される映画の事かな?それか何かのイベントの事なのかも。

 あれ、そう言えばお祭りっていつだっけ?彼女の頭の中でぐるぐると該当しそうなアレコレが浮かんでは消えていく――結局ゆんの言いたい事の正解はマールひとりの頭の中では導き出せなかった。


 彼女が全然気付かないので、それにしびれを切らしたゆんは仕方なくため息を付いて答えを言った。


「流星群だよ」


「え?もう?」


 そう、フォーリン諸島は毎年定期的に流星群がやって来るんだ。これは季節の風物詩になっていて、よく見える場所では人が沢山集まってみんなで流れる流星群を見るって言うのが昔から続く定番の一大イベントになっている。人の集まる所では屋台も出るし、マールのクラスでも楽しみにしている人は多かった。

 じゃあ何故マールがすぐにピンと来なかったか。それは単純な話で、あまりに当然のイベント過ぎて逆に気にしていなかったんだ。


 そんな2人の会話に近くにいたファルアも混じって来た。


「明後日だよー」


「あれって毎年同じくらいの時期に来るやつだよね」


「そうそう、今年は晴れてくれるかなぁ?」


 この流星群の時期は天候が不安定で年によっては雨が降って折角の流星が見られない事もあった。なので一番の懸念は天候問題なんだ。実は去年の流星群でも雨は降らなかったものの、雲が多くて肝心の流星は殆ど見られなかったんだよね。


 ファルアの心配の声にマールは空を見上げながら答える。


「予報ではどうだったっけ?」


 マールのこの言葉にファルアは心配そうに現時点での予報を伝えた。


「確か……曇り……だったような?」


「じゃあ晴れるように祈らなきゃだね」


 ニコっと笑ってそう言うマールの顔を見てファルアも笑顔になった。それからしばらく流星群関係の談義に花が咲くんだけど、ファルアとゆんが流星群を楽しみにしている雰囲気を出す中でマールだけちょっとアンニュイな感じになっていた。


「はー」


 ため息までついたマールを見てゆんがその理由を尋ねる。


「どしたの?」


「流星群なんだけどさ」


 マールがため息を付いたのはやっぱり流星群が理由らしい。彼女にはどうやらこのイベントにため息を漏らすような事情があるみたい。


「うん」


 楽しいはずのこのイベントのどこにため息を漏らすような事があるのだろうと、ゆんは緊張しながら彼女の話の続きを待った。


「願い、叶った事ないから」


 流れ星に願いを唱えれば願いが叶う。その言い伝えはここ、フォーリン諸島でも同じだった。ただ、魔法使いのいるこの世界でもその言い伝えは言い伝えでしかなく、流れ星が願いを直接叶えるなんて事はない。それでもマールは願いが叶わない事を空しく感じていたようだった。


 このマールの言葉を見いたファルアがドヤ顔で彼女に言う。


「当然じゃない?」


「え……?」


「ああ言うのは早い者勝ちなんだよ、マールはトロいから」


 流石体育会系のファルアらしい答えだ。勿論これはマールをからかうために即興ででっち上げたでまかせだった。

 けれど彼女の説を聞いたマールは眼から鱗が落ちたと言わんばかりに驚いていた。


「うそ?マジでそうなの?」


「さあて、どうだかねぇ」


 自分が考えたでたらめな話をころっと信じてしまったマールを見て、ファルアはにやりといたずらっぽい笑みを浮かべてはぐらかした。

 この彼女の態度を見てやっとからかわれたと気付いたマールはぷくっと顔を膨らませる。


「もー、信じそうになったよ!」


 この反応でマール達3人はお互いに顔を見合わせてあはははっと笑い合った。



 学校が終わってマールが部屋でくつろいでいる時、頃合いを見計らって僕は彼女に近付いた。どうしても話さなきゃいけない事があったんだ。

 マールはベッドに寝転がってポテチを食べながら雑誌のグルメのページをめくっている。よし、話すなら今だな。


「明後日、星見の丘に行くんでしょ?」


 星見の里って言うのはその名前で分かると思うけど、この辺で一番星空が美しく見られる有名スポットだ。流星群の日の夜は流星目当てに多くの人がこの丘に集まってくる。


「ん、どうしたの?」


 突然話しかけたからマールはきょとんとしていた。読んでいた雑誌から目を離して僕をじっと見つめている。


「一緒に連れてってよ」


「ん?いつもは夜出歩かないのに?」


 マールはつまんでいたポテチを口の中に押し込んで僕に尋ねた。ま、当然だよね。僕は基本的に夜はあんまり出歩かない。それはマールがあんまり夜に外出しないせいでもあるんだけど。使い魔の中には夜が得意な奴もいるけど、夜は昼間と魔法濃度が違うから僕はまだ苦手なんだ。

 それはそれとして今回の流星群にはどうしても出ていかないといけない理由がある。


「今回は何か胸騒ぎがするんだよね」


「いいよ、行こう」


 この僕の説明不足の理由をマールは何も疑う事なく快く受け入れてくれた。元より疑う理由もないんだと思う。僕はこの彼女の反応が嬉しくてすぐに側に寄ってマールの体に顔をスリスリした。この行為も彼女は喜んでくれているみたいだった。



 時間は流れて、流星群の流れる当日になった。一番の問題の空模様は曇り空。この天候が夜まで続いたらちょっと残念な事になる。

 朝、教室でマール達3人は集まって今夜の流星群の話題を話し合っていた。まず口を開いたのは天気を気にしていたマールだ。


「曇っちゃったねー」


「本番は夜だよ!予報でも大丈夫だって……」


 そんなマールを慰めるようにゆんがフォローする。彼女も今日の流星群は楽しみにしているんだ。そんな2人の会話にファルアが横槍を入れる。


「大丈夫なのは雨が降らないって言う意味でしょ」


「でも、でも……」


 ファルアの一言にマールは何も言い返せないでいた。先日の予報大外れの件のダメージがまだ癒えていないみたいだ。またあの時みたいに予報が外れたらと思うと今から心配になってしまうのも仕方のない事なのかも知れない。


 と、そこにマール側に心強い援軍が現れる。


「大丈夫、雨も降らないし、雲も晴れるわ」


 そう、それはしずるだった。彼女は強い口調で断言するように今夜の天気について3人に語った。しずるいわく、今夜は晴れると。その言葉には謎の説得力があった。この言葉を聞いたマールは思わず彼女に話しかけた。


「しずる、分かるの?」


 マールのすがるような視線を受けたしずるはニコッと笑うとつぶやくように言う。


「そんな気がするだけ」


「でも、しずるが言うとそうなりそうだよね」


 この会話から見てどうやらさっきのしずるの言葉に特に根拠のようなものはないみたいだ。

 でも彼女がそう言うだけで本当にそうなるんじゃないかと言う謎の安心感があった。そしてマールはしずるの言葉を受けて今夜は絶対晴れると、確信に近いものを感じるのだった。



「ひとりで歩けるよ!」


 また時間は進んで、話はマールが帰宅したところから。彼女は流星群を見る為に準備をしていたんだけど、全ての準備が終わった後、僕を抱いて外に出ようとしていた。僕はひとりで歩けるし、星見の丘にだって迷わずに行ける。今更抱き上げられて移動なんてされる理由はひとつもない。

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