第17話 魔法体育祭 その4

「ふえ~、やっぱみんな早い~」


 少しずつ差が広がる中でマールは昨日までの自主練での事を思い出していた。昨日だって今よりずっとうまく走れていたはず。

 その時の感覚を思い出せたなら、きっとここからでも挽回出来ると――。

 走りながら思い出せる事を1つずつ丁寧に思い出していたら、ふと僕の言葉が頭をよぎったらしい。


「そうだ!リズム感……リズム感……」


 僕の言葉を思い出したマールは少しずつ感覚を思い出して両足にうまく魔法力を宿らせていく。

 やがてすっかり勘を取り戻した彼女は徐々にその走行スピードを上げていった。


「あれ、マール結構早いじゃない?」


「学校終わってからも自主練してたって話だよ」


 マールのスピードアップを目にして、思わず見ていた彼女のクラスメイト達が騒ぎ始める。授業でも見せなかったマールの走りに注目が集まっていく。

 ファルア達極一部しか知らなかったはずの彼女の放課後の自主練の話も、いつの間にかクラス中に知れ渡っていた。


「えー?あのマールが?」


「成長してるねぇ……」


 クラス内でマールの評価が上がっていく中、当の本人は周りの景色も見えずに一心不乱に走っていた。いつの間にか彼女は1人抜き、2人抜き――ついに順位は3位にまで進み、目の前には2位の生徒の背中が迫っていた。マールが競争でここまで先頭になったのは初めての事だった。

 いつもは一番ビリかビリから数えて2位が彼女の今までの定位置だった。そんなマールが今日はこんな高位置につけている。

 高揚感に包まれながらも、それが彼女の油断を招いてしまったんだろう。もう少しで2位の生徒が抜けるとなった次の瞬間、彼女はタイミングを測り間違えて盛大にすっ転んでしまった。


「うわっ?」


「あっ!」


 この失態にクラス全員が言葉を失ってしまう。ゴール手前約20mでの出来事だった。

 マールはすぐに立ち上がってもう一度走り始めたものの、立ち上がりに時間がかかって本調子が出る前にゴールに到着。結果は――6人中5位だった。

 折角一時はトップさえ狙えたのに、結局はいつもの定位置に収まった。


 競技が終わった後、クラスのテントに戻ったマールにファルアが労いの声をかける。


「まぁよく頑張ったよ。あそこで転んでドベじゃなかったじゃん、上出来だよ!」


「良くないよ!折角トップが見えて来たのに!初めてあんなに早く走れたのに!」


 いつもは体育のイベントでどんな結果になっても動じないマールも、流石に今回はむっちゃ悔しがっている。トップの景色は見える世界が違っていた。

 最後までその景色を見ていられると思っていたのに、その望みが叶わなかった。その原因が自分のミスだったのだからなおさら――。

 ここまで悔しがるマールを見るのはファルアも初めてだった。そんな彼女にファルアは慰めるように言葉をかける。


「体育祭はまた来年もその次もあるんだから、今日の悔しさをバネに、ね」


 この彼女の言葉も今のマールの耳には届いていないみたいだった。マールは座り込んでしばらくはずっとうつむいていた。

 それでも時間が経つにつれてその気持ちも薄れて来たのか、2時間もすればすっかり彼女の精神状態も元に戻っていた。


 体育祭はその後も順調に競技を消化し、無事終わる事が出来た。マールのクラスの順位は最後に大どんでん返しがあって2位に終わった。

 体育祭が終わって道具の片付けをしながら、マールはファルア達と今日の感想を言い合っていた。


「何だかんだ言って楽しかったね、体育祭」


「で、マールは運動の楽しさに目覚めたと。じゃあ一緒に……」


 ファルアは運動の楽しさを知ったマールにその勢いで自分の仲間に引きれようと勧誘を始めようとする。

 しかしその予感を察知した彼女は先手を打って来た。にこにこ顔で話すファルアの言葉を冷静に遮ったんだ。


「やらないよ」


「え?」


 まだ全部言い切っていないのにいきなり拒否されて、ファルアはぽかんとした顔をする。普段のマールはここまで勘がいい事はない。

 けれど自分の進路に関わる事になると途端に感覚が敏感になる。それは常に少しでもぐーたらしたい彼女らしい嗅覚の鋭さだった。

 まだ説得を続けようと次の言葉を探すファルアに対して、マールは面倒臭そうな顔をしながら自説を述べる。


「何で体育祭も終わったのに身体動かさなきゃいけないの?もう今からは通常モードだよ」


 マールがこの態度を取る時、全ての説得は失敗に終わる。どんな言葉も彼女には届かないと悟ったファルアはがっくりと肩を落とした。

 説得が失敗した事を隣で見ていたゆんが早速ファルアをからかうように声をかける。


「あ~あ、説得失敗~」


 このゆんの言葉にファルアの表情が一変する。辺りは突然一触即発の雰囲気に包まれた。こう言う険悪な雰囲気が嫌いなマールは、2人を前にしてまずは場の雰囲気を悪くしたゆんに声をかける。


「ゆんっ!」


 少しきつめに名指しされたゆんは肩をすくめて視線をファルアからマールに移した。この彼女の態度を受けてファルアもまたマールの方を見つめる。


「喧嘩はやめてね。私はまだ何も決められないだけなんだから……だけどいつかは」


 そう、マールは自分の進路を周りの圧力でなし崩しに決められるのが嫌なだけなんだ。自分のせいで険悪になったこの場を収める為、彼女はどちらの立場も悪くならないように曖昧な言葉でなし崩し的にこの話題を終わらせようとする。

 でもそれがまずかった。マールがハッキリと言い切らなかったせいで、まずはファルアが言葉を続ける。


「いつかは一緒にスポーツ選手だよね?」


 この言葉に先手を打たれたと感じたゆんもファルアに続いて言葉を続けた。


「何言ってるの?アイドルユニットだよね?」


 お互いの主張を譲らない2人はまた睨み合う格好になってしまった。自分の言葉が結局また2人をいがみ合わせる結果となってしまった事でマールは深い溜息をついた。それから2人に対して大声でもう一度今の自分は2人のどちらの言葉にも従えない事を説明する羽目になった。


「だーかーらー」


 その後、何度目かの説得でやっと真意が通じたのか2人の不毛な言い争いは終わった。今思えばそれは本気のやり取りじゃなかったのかも知れない。

 さんざん言い合った2人はそれから何事もなかったように以前の仲良し状態に戻っていたからね。人間の感情って面白い。


 そんな訳でこうして魔法体育祭は終わりを告げた。この行事はマールの運動嫌いが少しだけ治ったイベントだった。僕は彼女の性格改善に少しでも貢献出来た事が何よりも嬉しかった。

 体育祭が終わってマールはまた元のぐーたらな生活に戻っている。続けていた自主練もやめちゃった。

 だけど僕は知ってるんだ。もう二度と彼女が運動を毛嫌いする事はなくなったってね。

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