第16話 魔法体育祭 その3
まだ浜辺に座り込んでいるマールに向かって僕は気を使って優しく声をかけた。
「マール、今日はまだ出来そう?」
「うん、傷の痛みも和らいだしもう少しだけなら」
あれだけ運動嫌いだったマールが盛大に転んだのにまだ僕の特訓に付き合ってくれる。さっきのしずるの言葉が効いたのかな?
僕はこのチャンスを逃すまいと、マールの気持ちをもっと盛り上げるように調子の良い事を言った。
「うまく出来るようになるときっとマールも楽しくなるって!」
この後、立ち上がったマールは腰についていた砂を払って、それから僕の声掛けで魔法走行を意識しながら走り始めた。
まずは最初に走っていた公園までだ。飽くまでもマールのペースでリズムが取れるようにと僕も並走して彼女をサポートする。
何回か走ってコツを浮かんだマールは最初の頃より格段に速いペースで走る事が出来るようになっていた。
「マール、授業サボるのやめたんだ」
「な、別に前からサボってないし」
それからマールは体育の授業でもまじめに走るようになっていた。今までサボっていたのでゆんやファルアからからかわれてしまう。
顔を真赤にしてその疑惑を否定するマールだけど、バレていないと思っているのはどうやら彼女だけだったみたいだ。
「どうだか~。周りから見たらバレバレっだよぉ~」
ゆんもファルアもマールをからかいながら、それでも彼女が真面目に体育に取り組み始めたのを嬉しく思っていた。
みんなで楽しく走るのは、例えそれが授業だったとしても気持ちのいいものだ。
そうして彼女は学校では授業、放課後は自主練としっかり走り込みながら、日々はあっと言う間に過ぎていった。
「ついにこの日が来てしまった」
いよいよ今日は魔法体育祭当日。マールは連日の自主練のおかげで普通に魔法ランニングが出来るようになっていた。
でも魔法ランニングで使う魔法はアシストがメインで、ベースは本人の運動能力に依存するから劇的に足が早くなった訳でもない。
初日に浜辺まで走った時は気が動転していて普段以上の速さが出ていたけど、最終的に練習ではあの早さは実現出来ていなかった。
それでも最初の魔法ランニングさえ出来なかった頃に比べれば十分にその成果は出るようになった訳で、だから僕はマールに今日は楽しむように言ったんだ。
「やれる事はやったよ。だから今日は楽しんで」
僕のアドバイスにマールは少し照れくさそうに感謝の言葉を言ってくれた。
「楽しい気持ちにまではなってないけど……すっごく嫌って気持ちじゃなくなってる。これってとんちゃんのお陰だよ」
この感謝の言葉が嬉しくて、僕は彼女に緊張しなくていいように笑いながら軽口を言った。
「みんなマールには期待なんてしていないだろうからさ。気楽に頑張ってきな!」
「あーそれ酷い!私だって一生懸命なんだからねっ!」
僕の軽口を彼女はマジに捉えちゃった。
でもちゃんと軽口だって言うのは分かっているらしくて、文句を言った後はニヒヒッて笑ってくれた。これで緊張が取れたなら何よりなんだけど。
それから出発の準備をしてマールは意気揚揚と学校に登校していった。ついて行けない僕は玄関先でお見送り。
呼びに来ていた友達2人と仲良く話をしながら学校に向かう彼女の後ろ姿をずっと見守っていたよ。
魔法体育祭は何の問題もなく始まって、プログラム通りに各種競技が進んでいく。自分の番が来るまでは出場選手の応援だ。
そう言うところは普通の学校の体育祭と何も変わらない。競技はちょうどファルアが出ている魔法長距離走になっていた。
順番が来たファルアはクラスの威信をかけて本気で運動場を駆けていく。そのスピードは目にも止まらなくらいだった。
その彼女の素晴らしい走行を見ながらマールが口を開く。
「やっぱ魔法体育組はすごいねぇ」
マールに話しかけられてゆんも興奮気味にファルアの走行を褒め称えた。
「ファルア、本当に輝いているよ」
「うちのクラスでも一番……って言うか学年でも指折りじゃない?」
クラスで彼女より早く走れる生徒はいない。ただ走るだけなら体力のある男子の方が早いに決まっているんだけど、これは魔法長距離走。
ファルアはこの走行による魔法のかけ方がとてもうまかった。マールの言葉じゃないけど本当、彼女の足は学年で一番じゃないだろうか。
当然のように一着になった彼女の勇姿を見ながら、マールは自分が走った訳じゃないのに得意気につぶやいた。
「こりゃ学年で一番のクラスは頂きだね」
この彼女の言葉にゆんは皮肉っぽくチクリと釘を刺す。
「足を引っ張る人がいなけりゃ……ね」
その言葉を聞いてマールは普通に気を悪くした。
「何よ、私だって頑張ってるんだから」
「そうだよね。ここ最近のマールの頑張り、知ってるよ」
へそを曲げたマールの態度を見て、ゆんもなだめるように言葉を返した。それは彼女の頑張りを知っているからこその軽口だったようだ。
ゆんの真意が分かったマールは悪戯っぽく笑って自分の力を誇示するように宣言する。
「私の本気を見てビビっても知らないよ」
「言うようになっちゃって~」
このマールの自信たっぷりな宣言にゆんは苦笑しながらそう返した。それで一瞬だけ険悪になった2人の雰囲気はすぐに元通りになったのだった。
体育祭は順調に進み、ゆんも自分の競技になって懸命に走ってそれなりの成果を残していた。現時点でのマールのクラスの順位はみんなの活躍もあって1位になっていた。これからはこの順位を落とさないように頑張らなくてはならない。
そんな変なプレッシャーが重く伸し掛かる中でついにマールが参加する競技の魔法短距離走の番になった。
体育祭の一般的な普通の競技ではあるんだけど、今まで運動嫌いだったマールにとって初めて練習して望む競技で今日はそのお披露目となる。
自分の努力を初めて多くの人の前で見せる訳で、その反応も含め彼女が緊張しない訳がなかった。
「いよいよだ……うう、緊張する」
競技に参加する生徒達はクラスごとに整列して大人しく自分の番が来るのを待つ。今のところクラスメイトの中で誰ひとりマールに期待する者はいない。
ゆんやファルアだってそう。特訓しているのは知っていても、その実力を彼女は授業ではうまく発揮出来ていなかった。その理由はやっぱり並走していた僕の存在が大きかったんだと思う。手前味噌だけど。
やがて競技が始まり、次々に順番通りに生徒達が走っていく。競技が始まったと言う事で運動場は盛り上がりを見せ始めた。
緊張する中でついにマールが走る番になり、横一列に彼女を含む6人の生徒が並ぶ。全員が位置についたところでピストルの空砲が鳴った。
今までの彼女はいつもこの空砲の音に気を取られて走るタイミングが遅れてしまっていた。
けれど、今回は緊張で精神的にハイになっていたので冷静に音を聞き分ける事が出来ていた。その御蔭でマールは今までで一番タイミング良く走り出す事に成功する。
(良し!いいスタートが切れた!)
彼女自身は今までで一番の走り出しだったけれど、周りを見ると一緒に走る他の生徒もまた同じくらいいいタイミングでスタートしていた。
そう、この時点でマールはやっと他の生徒達と同じレベルになったと言う事だった。スタートダッシュが一緒と言う事はここからが本当の勝負となる。
一緒に走る周りの生徒は走り慣れているのか、徐々にマールとの差を広げていく。この差を感じて彼女は段々と焦り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます