魔法使い達の日常

魔法体育祭

第14話 魔法体育祭 その1

 穏やかな日射しが柔らかい初夏の午後、昼休みは生徒達が思い思いの事をして楽しんでいた。それなりに騒がしくて活気のある雰囲気の中で、生徒のひとりがその雰囲気にそぐわない声を上げる。


「あー、やだなぁ」


「何が?」


 そう、それはマールだ。彼女はいきなり愚痴を吐き出した。それでなくても日々色んな物に不満を持っている彼女だけど、一応ファルアは友達のよしみで彼女の不安の理由を聞いてみる。

 言葉の意味を問われたマールは面倒臭そうに彼女の方に身体を向けて答えた。


「もうすぐ体育祭じゃん」


「マールは苦手そうだよね」


 マールの憂鬱の理由は体育祭だった。この彼女の答えを聞いて側にいたゆんも会話に参加する。2人共マールが運動が苦手な事を知っていてニヤニヤと彼女を見ている。本人達はそう思っていなくてもマールにはそのように見えていた。


「ゆんもファルアも体力に自信あるんでしょ。じゃあ分からないよ、私の気持ちなんて」


 マールのこの不満に対して、体を動かすのが好きなファルアがニッコリと笑って予想通りの反応をする。


「マールも鍛えなよ。身体動かすのって楽しいよ」


「私は別の楽しみがあるの!身体動かす時間なんてないよ」


 身体を動かす事を楽しそうに勧めてくるファルアに、マールは少しキレ気味に反論する。彼女には体を動かす事より好きな事があるらしい。

 答えは予想出来る訳だけど、一応彼女の口からその事を聞きたいゆんが悪戯っぽくマールに質問する。


「何?何を楽しんでるの?」


「そ、それは……漫画とか、アニメとか、ゲームとか……」


 突然質問が飛んで来て焦ったマールは、思わず口ごもりながら素直に自分の空き時間の予定を口に出していた。そう、彼女は趣味に生きるインドア派だったんだ。友達2人もその事を知らない訳じゃなかったんだけどね。ついからかいたくなるなるんだろう。

 マールの返事を聞いたファルアは呆れたようにつぶやいた。


「遊んでるだけじゃないの……」


「こ、子供は遊ぶのが仕事なのよっ!」


 自分の行動を遊びと言われた彼女は、自分の行動を正当化する為に都合のいい自説を展開する。このマールの言葉に、ゆんが過去の彼女の言動を思い出して、蒸し返すようにニヤニヤ笑いながら言った。


「あれ?確かこの間、親に子供扱いされるのが嫌って言ってなかったっけ?」


「そ、それはそれ!これはこれ!第一、大人だって漫画読んだりゲームしたりするじゃん!」


 ゆんに痛いところを突かれた彼女はまた話をすり替えて誤魔化そうとした。勿論それで誤魔化せるなんて当の彼女だって思ってはいない。

 何か言い訳を言わないとただの怠け者に思われるのが嫌なだけだった。それが言えば言うほど泥沼にハマる結果になったとしても。

 このマールの言葉を聞いてファルアが呆れたようにつぶやいた。


「ああ言えばこう言うんだから……」


 そう言った彼女の声は冷たい。ファルアの冷めた視線を受けたマールは言い訳しても仕方ないと諦めて本音を言った。


「とにかく、体育祭は嫌なのよー」


「学校行事なんだから、拒否権はないよ」


 体育祭を嫌がるマールにゆんがとどめの一言を放つ。その言葉を受けてマールは何も言い返せずに黙ってしまった。

 それでも身体を動かす事が嫌なマールは、モヤモヤした気持ちをずっとどうする事も出来なかった。


 放課後、家に返って来たマールはその不満を思いっきり僕にぶつけて来た。えっと、僕になら同意を得られると思ったのかな?


「当たり前じゃん。ちょっとは身体を動かしなよ」


「とんちゃんのいけず」


 僕からも否定されて、彼女は思いっきりふてくされちゃった。使い魔って言うのは主の言いなりに動くものじゃなくて、いい方向に導くのが仕事なんだよ。ここでマールを堕落させる訳にはいかないんだ。何とか彼女にやる気を出させないと。

 僕は何とか言葉を駆使して彼女のやる気を引き出そうとしてみる。


「べつに勝利に貢献しろとまでは言わないよ。でも結果がどうなるにせよ、まずは参加しないと」


「分かってるよ。ただ嫌って言ってるだけ」


 マールのワガママは別に今に始まった事じゃない。その性格を今まで放置した僕にも責任の一端はある。だからこそ今回は心を鬼にして、彼女のこの性格を何とか少しでも変えようと僕は思った。まずは魔法体育祭の説明からかな。


「体育祭って言っても、ただ身体を動かすだけじゃないんだよ。魔法の使い方も重要になるんだから」


「私がそんな器用な事が出来ると思う?」


「出来るよ、周りの子もみんな出来ているし」


 魔法スポーツは魔法使いの魔法の使用方法としてはポピュラーな方法で、それはマールだって知識では知っている。

 でもマールは体を動かすのが苦手なので、今まで本気で取り組んでこなかった。ちゃんと意識して使えば彼女だって魔法スポーツとしての魔法の使い方をしっかりマスター出来るはずなんだ。だってみんなそれが出来ているんだから。


「また周りと比較する……悪い癖だよとんちゃん」


「って言うか!マールはサボりたいだけでしょ!この島で魔法と無縁だなんて有り得ないんだから!」


 マールは周りと比較するのを嫌がっていた。

 でもそれが彼女の悪い癖なのも知っている。試して出来ないならマールの言い分も分かるけど、彼女はまずその行動自体をしない。その時点で彼女の言葉に何の意味もないという事が分かる。

 こんな事が続けば碌な大人にならない。もう甘やかさないぞ。

 僕の決意を知ったのか、強く反論したらマールの態度は少し軟化した。


「いや、魔法までは否定しないようん。だた私、ほら、不器用だから」


「普段から魔法使わないから使い慣れていないだけだよ。マール、君の家系は代々……」


 そう、彼女が魔法系の行事に消極的なのは、ただ魔法を使い慣れていないだけなんだ。代々偉大な魔法使いを輩出する家系に生まれて魔法が使えない訳がない。

 ただ、その家系から来る期待が大きな呪縛になっているのかも知れない。まぁ、そう思って僕も今までかなり甘やかしてしまった部分もあって――。そろそろ本気で魔法に取り組んでもらわないと。

 僕の言葉があんまり説教臭くなったものだから、マールはその口を塞ごうと強引に話を終わらそうとする。


「分かった分かった!じゃあ明日から頑張るから今日はいいでしょ!」


「明日から頑張る、それを聞いてもう3日目なんだけど」


 僕はマールの口癖に対し冷静に突っ込んだ。この突っ込みに対し言われた方の彼女は顔を赤くして黙り込む。

 しばらくの間お互いが黙ったまま、ただ時間だけが過ぎていった。長く続いたお見合い状態にギブアップしたのかマールの方が音を上げる。


「うー。じゃあ簡単なのから教えてよ」


「やっとやる気になった?って言うか授業でやらないの?」


「授業では出来ないふりしたらやらなくてもいいからさ……」


 何と、体育の授業ではマールは出来ないふりをして魔法スポーツをサボっていたらしい。どこまで体を動かすのを嫌がっているんだか。

 学校の先生も先生だよ……生徒を甘やかし過ぎだろ。放任主義と言うか自己責任主義かと言うか全く――。

 こんな筋金入りの運動嫌いの彼女を今から指導するのか……そう思うと僕はちょっと気が遠くなって思わずため息をついてた。

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