第13話 謎の少女 後編

「貴女をこのまま自由にする訳にはいかないの。分かって貰えるかしら?」


「私にかけられていると言うその術式?が問題なのですか?」


 何故自分がそう言う扱いを受けるのか。その事に納得の行かない彼女はさっき医師が話した言葉を思い出し、それが原因なのではないかと医師に尋ねた。聞いたところで返ってくる言葉に納得出来るかどうかは分からないまま……。

 医師はなおの勘の良さを賞賛しつつ、その根拠について詳しい説明をする。


「そう!魔法スキャニングで暴けない生態魔導異常はないはずなの。このスキャンは精神的異常も感知するのだけれど、こんな状態で不自然に正常なのよ。これは普通では有り得ない事なの。つまり、明らかに特殊な処理をされている」


「すると?どうなるんでしょう?」


 この出来事に興味を持った彼女は身を乗り出し気味に医師に尋ねた。その勢いに医師がちょっと引くくらいに。

 最初はその態度の変化に戸惑ったものの、すぐに落ち着いた医師はなおの質問に丁寧に答える。


「貴女は特別な理由を持ってこの島に辿り着いた、そう考えるのが妥当なのよ。トラブルがあったのか、これが最初からの作戦だったかまでは今のところまだ分からないけれど……」


「それじゃあ、私は……どうなるんですか?」


 医師からの話を聞いて大体の事を把握した彼女は、自分ではどうする事も出来ない問題を前に途方に暮れていた。

 その落胆した様子を見て助け舟を出すように医師は彼女に優しく声をかける。


「悪いけど、真相が分かるまで貴女は特別観察と言う形になるわね。……そう、監視がつくって事。大丈夫、何も起こさなければ何もしないわ」


「分かり……ました」


 監視がつくと聞いて、納得出来ないものの納得するしかないと言う風な顔をなおは見せていた。それはどの道他に選択肢はないのだと、自分に言い聞かせているように医師には見えた。

 了解の返事を聞いて彼女が納得したと理解した医師は、話を別の話題に切り替える。


「それで術式がかけられている以上、記憶を失う前の貴女も何かしら魔法と関わりがあったと思うんだけど、その自覚はある?」


「魔法って言われても……全然ピンと来ないんです。私にそんな事が」


 なおは魔法を使った事がないらしい。ただ、これも記憶喪失で消されてそうなっているだけなのかも知れない。

 そこで医師は彼女に魔法の適性があるかどうかテストをしてみる事にした。


「それじゃあテストしてみましょう?もしかしたら意外と才能があるのかもよ?」


「あ、はい……」


 この医師の提案になおは素直に応じてくれた。少しは拒否するかと思っていた医師はこの反応に驚いている。

 しかしすぐに気持ちを切り替え、この島で魔法初心者が使う魔法感知板を資料室から持って来て彼女に手渡した。

 この魔法感知板と言うのは特殊加工されたA4ノートくらいの大きさの四角い白い木の板で、触れるだけで潜在魔法力が分かると言うもの。


「それじゃあこの感知板に触れてみて?」


 医師はニッコリ笑うと、彼女にその板を使うように促した。感知板は触れるだけでその人の潜在魔法力に反応して色が変わる。

 陰の魔力は暗い色、陽の魔力ほどオレンジに近い色に変わる。色が濃ければそれだけ潜在魔力も強いと言う事になる。

 なおがその感知板の鑑定部分に触れた時、一瞬で広がったオレンジの濃い色に医師は驚嘆してしまった。


「嘘?!これはまるで昔からこの島に住んでいた住人並みの……」


「えっ?」


 彼女はこの感知板が示す色の変化の意味を知らない。だから医師の驚きようにびっくりしていた。動揺しているなおを見た医師は何とか心を落ち着かせ、彼女に感知板が示した結果を分かりやすく伝える。


「この島の魔法使いはね、代々力を受け継いで来たの。受け継がれる度に当人の魔導力がプラスされて更に強力な力を得る事になっていくんだけど、貴女は最初から大きな潜在能力を秘めているわ……まさか島の外にもそんな仕組みが?それとも?」


 そう、なおの潜在魔力はこの島のベテラン魔法使いと同等のものを持っていた。この事実を知った医師は俄然好奇心が顔を出してくる。

 記憶喪失故に何も分からないはずの彼女につい真相を訪ねてしまう程に。


「私には分かりません……」


「それはそうよね……じゃあ、潜在能力値は分かったわ。次は実際の魔法ね」


 なおの反応に冷静さを取り戻した医師は実験の継続を宣言する。今度は潜在魔力ではなく、今現在使える魔力の測定に移った。

 潜在能力がどれだけ高くてもそれは伸びしろの話であり、それが即今使える魔力の強さではない。


「もう一度確認するけど、今は魔法は使えないんだよね?」


 魔法の概念も知らないなおにそんな事を聞いても、返って来る答えは決まっている。それでも一応確認の為に医師は改めて質問をしていた。


「使えないです……私にそんな才能があったなんて」


「OKOK!じゃあとっておきのキットを持ってくるわね。この島じゃ、魔法初心者の子供用の物なんだけど」


 彼女の事情を再確認した医師はまた別の鑑定用キットを渡す為に資料室に入っていった。今度のキットはすぐには見つからなかったらしく、医務室でしばらくなおはひとりぼっちにされてしまう。そして30分位したところでやっと医師が戻って来て、彼女に今度は20wの円形蛍光灯くらいの大きさの特殊な青い色のリングを手渡した。


「はい、このリングを両手で持ってイメージしてみて。中央の空洞に力が集まる様子を頭に思い浮かべるの」


「や、やってみます」


 リングを渡された彼女は訳も分からずに医師の言う通りにしてみた。少しの間は何の変化もなかったものの、やがて反応が現れ始める。

 リングの中央に不思議な光の粒子が集まり始め、それはやがて強い光を放つようになっていった。この反応を目にした彼女はビックリして、思わず握っていたリングを放り投げてしまう。


「わっ!」


「やっぱり、貴女には才能があるわ、とんでもない才能がね」


 放り投げられたリングを拾いながら医師はなおに鑑定結果を告げる。その結果は、彼女が今現時点で扱える魔力だけでも相当なものがあると言うものだった。そんな結果を知らされても魔法の使い方すら知らないなおはただオロオロするばかり……。


「あの、私は……これからどうしたら」


「さっきスキャニングした時に貴女の年齢は13歳と判明したの。だから」


 これからの事を不安がっている彼女に対し、医師はスキャニングで分かったもうひとつの事実を告げる。答えを急ぐなおは、つい医師の言葉に被せて自分の不安を訴えていた。


「だから?」


 彼女の不安をしっかり感じ取った医師はその不安を払拭するように優しい笑顔になって言葉を続ける。そう、これはなおにとって決して悪い話ではない。それは記憶喪失で不慣れなこの島で生活するのにベストな選択でもあった。


「なおちゃん、貴女はこれから学校に通ってもらいます。そこで学ぶべき事はたくさんあるはずよ」


「学校……あの、私はどこで暮らせば……」


 学校と言われて、彼女はきょとんとした顔になった。鳩が豆鉄砲を食らった顔とでも言ったらいいだろうか?

 とにかく、なおにとってまだまだ不安な要素はいくらでもあった。そもそもまず第一に今後どうやって暮らせばいいのか、まずはそこだろうと。

 そんな不安げな彼女の顔を見ながら医師は優しい笑顔を崩さずに語りかける。


「私と一緒に住むの。不服かしら?」


 この医師の突然の提案に、そんな答えが返ってくるとは思っていた彼女は思わず現実を受け入れきれずにいた。


「え?!いえ、そんな……」


 なおは混乱する中で、何とかこの提案に対し否定ではない事を意思表示する。この言葉を了承と理解した医師は彼女に右手を差し出した。


「じゃあ決定ね!これからよろしく、なおちゃん!」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして浜辺で倒れていた記憶喪失の謎の少女なおは、医師の庇護の元で学校に通う事となった。その為の手続きは医師がテキパキと手際よく処理していく。

 この件については長官含む警備部メンバーと医師との間で一悶着あったものの、責任は全部取ると宣言した医師の強い決意にみんなが折れた形となった。


 彼女とマール達が出会うのはもう少し後の事になる。

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