謎の少女 前編

第12話 謎の少女 前編

「あれっ?女の子が倒れてるぞっ!」


 それはある日の朝だった。海岸を散歩中の地元のおじさんが浜辺で倒れている少女を発見したのだ。この浜辺はいつも穏やかで今までに少女は当然として流木一本すら流れ着いた事はなかった。だからおじさんも驚いてすぐに少女を浜から引き上げた。

 少女は特に外傷もなく、ただ衰弱しているだけだったみたいですぐに警備の方に連絡が入った。


 連絡を受けた警備のスタッフがすぐに現場に直行し、おじさんの見守る中で少女を回収し、そのまま警備部の医務室に運ばれた。

 幸いな事に医師の診断でも特に命に別状のない事が分かり、そのまま少女はベッドに寝かされる。

 すやすやと眠る彼女を見下ろしながら医務室では担当医の医師と警備部責任者の長官がこの少女の処遇について話していた。


「この子、浜辺に流れ着いたって……一体どこから?」


「向こうの海岸からなら本島からって事になるが……これは……」


 マール達の住む島はフォースリンク諸島本島から西側に位置する小さな島。東側の浜辺に彼女が流れ着いていたなら、それは本島から流れて来た事になる訳だけど、彼女が流れ着いたのは反対側の西の浜辺だった。この島より西には島はない。これが何を意味するかと言うと、少女はフォースリンク諸島外からやって来たと言う事になる。そして何より謎なのは西の浜辺のすぐ向こうには外敵侵入を防ぐ為の魔法障壁が何重にも張り巡らされてあると言う事。理論上、外界から何かが進入すると言う事は有り得ない……はずだった。


「障壁を抜けて来た?そんな馬鹿な」


 長官はその可能性について、信じられないと言った顔をして絶句していた。障壁に何か欠陥があるならそれは管理していた長官の責任と言う事にもなるからだ。長官は腕組みをしながら、しばらく無言で寝ている少女を見つめていた。


「何にせよ意識が回復したら聞く事はたくさんあるわね……」


 医師はそう言って彼女の意識が回復した後の事を考える。点滴の処置がうまく行ったのか、時間が経つに連れ彼女の顔は徐々に生気を取り戻していった。

 もう何も心配らない状態になった彼女の顔を見て何かを閃いたのか、長官は医師に向かって真剣な顔をして今後の事について命令を下す。


「彼女の処遇は君に一任する。もし何か問題が発覚したら連絡をくれ。では、よろしく頼む」


「分かりました」


 それは言い換えてみれば責任を全て医師に丸投げしたと言う事でもあった。デリケートな問題に発展するかも知れないので、判断を先延ばしにしたと言うのが真相なのだろう。医師は長官の立場も分かっていたので、その命令を何も言わずに聞き入れた。

 医師の意思を確認した後、長官はその後、自分の仕事の持ち場へと戻っていった。


「う……うん」


 長官が医務室から去って1時間後、少女はゆっくりと目を覚ました。医師はそれに気付いてすぐに彼女に声をかける。飽くまでも優しく、飽くまでも警戒されないようにフレンドリーに。


「気がついた?大丈夫?」


 意識を取り戻した少女は最初こそ寝ぼけた感じて周りを見渡していたものの、やがてハッキリ目を覚ますと、恐る恐る側にいる医師に声をかけた。


「あ、あの……ここは?」


「ここはフォースリンク諸島所属クリング島の警備本部の医務室よ」


「クリング……」


 島の名前はクリング島……この名前を聞いて無意識に復唱する少女。その仕草には何の不自然さもなかった。

 彼女の意識が戻ったと言う事で、医師はこう言う場合の定番のセリフを彼女に言った。


「貴女、名前は?」


「わ、私は……ううっ!」


 名前を聞かれた少女はその質問に答えようとして――そして突然頭を抑えながら苦しみ始めた。どうやらひどい頭痛が彼女を襲ったようだ。

 医師はその様子に驚いてすぐに彼女に優しく声をかける。


「どうしたの?頭痛?」


「ごめんなさい……私……」


 自分が質問に答えられない事を謝罪する少女。その様子を見て、医師はすぐにこの状況に対する処置を始める。医療機器を素早く準備して彼女の体にセットし始めた。この医務室には普通の医療キットの他に魔法世界らしく魔導医療機器も用意されている。


「いいからじっとしてて、スキャニングするから」


 彼女の身体を機械でスキャニングする。この作業をする事で何か体に異常があればすぐに分かる。魔導スキャニングも同時に行う事で呪いや支配術式のような魔法的な異常も同時に感知する事が出来る。これはこの医務室自慢の最新のシステムだ。そしてスキャニングの結果――特に何も異常は検出されなかった。


「おかしいわね……物理スキャニングも魔導スキャニングでも特に異常は」


「うう……っ!頭が……」


 スキャニングで異常が検出されなくても目の前の少女は頭痛を訴えている。その様子は演技ではなく、本当に痛みで苦しんでいるのは誰が見ても明らかだった。医師は彼女の頭痛を鎮めようと鎮静魔法を彼女にかけた。それは投薬ではすぐに効きそうになかったからだった。


「これでどう?鎮静魔法だから対処療法だけど」


「あ、有難うございます。少し……落ち着きました」


 魔法が効いたのか、少女の頭痛は治まったようだった。ベッドから起き上がったまま、彼女は医師の方をじっと見つめている。

 医師は改めて少女に何が起こったのか優しく慎重に語りかけた。


「一体何があったの?貴女浜辺で倒れていたのよ?」


「ごめんなさい……何も……何も思い出せないんです」


 医師の質問に彼女は申し訳無さそうにそう答えた。この少女の様子から見て、これは演技ではなく本当に記憶喪失なんだろうと医師は判断した。

 しかしこうなってしまっては聞きたい事が何も聞けず、医師は困ってしまう。それで今度は彼女がどこまで記憶をなくしているのか聞く事にした。


「困ったわね?名前も無理そう?」


「名前は……」


 少女は名前すらすぐには思い出せそうになかった。名前も分からないとなると、彼女から何かを聞き出すのは困難に思えた。

 このままだと通常の会話も何かと不便なので、医師は取り敢えずの呼び名を決めようと彼女に話しかける。


「仕方ないわね、名無しって訳にも行かないから便宜上、仮の名前で」


「あっ!思い出しました!私は……なお、なおです!」


 医師が名前について仮のものをつけようとしたその瞬間、彼女は唐突に名前を思い出した。そのタイミングが少し怪しい気もしたものの、それは偶然かも知れないと医師は思い直し、彼女の主張をそのまま受け入れる事にする。


「そう、なおって言うの?他には何か思い出せない?」


 名前を思い出したので、それ以外の事も思い出せているのではないかと思い医師は質問を続けた。

 けれど、返って来たのはなおの寂しそうな顔と悲しそうな声だった。


「ごめんなさい……」


「まぁいいわ、きっと貴女の記憶喪失は封印みたいなものね。丁寧に術式がかけられている。痕跡も残っていないのがのが逆におかしい……かなりの技術よこれ」


「あの、言ってる意味が」


 医師がたて続けに話したので彼女はちょっと理解が追いつかなかった。医師の話によると彼女の記憶喪失は作られたものらしい。

 そこには高度な魔法技術が関わっている。医師はスキャニングの結果や自身の経験を踏まえ、彼女をそう診断していた。

 頭がスポンジ状態の彼女に対し、医師はこの島の説明を加えつつ更に話を続ける。


「貴女は外から来たの、それは間違いない。あのね、この島はね、魔法使いの島なの」


「魔法……ですか?」


 魔法と言われてもピンと来ないのか、なおはきょとんとしている。記憶を失う前はともかく、失った今では彼女の知識の中に魔法と言う概念は存在していないらしい。医師はそれでも話を続ける。


「私も正直島の外の事は分からない……でもね、この島々が特別な事だけは分かるわ。だから」


「え……」


 少々呆けているなおも医師の話のトーンが変わった事には敏感に気が付いていた。今から自分についての処置が語られるとそう悟った彼女はゴクリとつばを飲み込んだ。

 そうして話を続ける医師が次に続けた言葉は果たしてなおの想像の通りだった。

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