第11話 魔法壁の異変 後編
「分かった。でもあんまり怖い事は言わないでね」
「マールさんはビビりっすから」
「そ、そんな事ないよ!」
そんなマールの言葉をファルアはからかっていたわ。マールは焦ってすぐにその言葉を否定したけどね。
けれど一度始まったその会話の流れは止められなくて、今度はゆんも便乗したの。
「今度はちゃんとトイレ済ましとくんだよ!」
「もう!ゆんまで!」
2人の絡みは愛あるツッコミだから、こんな状況になっても場が険悪になる事はないの。会話の後で3人は一斉に笑い合っていたしね。
その雰囲気にしずるもつられて笑ってた。本当、仲がいいっていい事ね。
雨はその後も強く降り続けていて、晴れの予報を出したベテラン魔法予報士はテレビで深く深く謝罪をしていたの。
本来予報は予報なので外したからって予報士に責任はないのだけれど、きっと今まで外した事がなかったからこそ謝っていたのね。
雨が降り続ける窓の外を見ながら、しずるは予報が外れた原因をずっと考えていたみたい。そう、答えの出ない問題を。
(やっぱり昨日のアレは前兆だったんだ……)
パン工場での一件がずっと頭から離れなかったしずるは、あの事件も昨日の異常も今日の天気もどこかで繋がりがあると考えていたみたい。
そう考えないと全く説明がつかない――つまり魔法壁に異常が発生し、その影響で天候にもその影響が現れたと――。
ただ、この結論でも謎の多くはまだ説明がつかない状態だったけれど。
結局雨は放課後になっても降り続けて、マール達は雨を弾く魔法を使いながら下校していったわ。そんな魔法があるなら傘なんていらないんじゃ?
って思うでしょう。でもこの魔法は常に頭上に意識を集中していなくちゃいけないからすごく疲れるの。だから傘が重宝されているのよ。
学校が終わったしずるは私と一緒に本部に向かったわ。島を守る警備本部には本島には及ばないものの、最新の設備が揃っていて様々な解析作業が出来るようになっているの。魔法壁の空間サンプルを持ち帰った彼女はその結果をすぐに知りたがっていたのよ。
精神衛生上、不安って言うのは出来るだけ早く取り除くに限るからね。
「何か分かりましたか」
「昨日の今日だ。確実な事はまだ何も言えない」
「そう……ですか」
解析を担当する分析班も頑張っているみたいだけど、流石に昨日の今日じゃまだ詳しい結果は出ていないみたいね。その報告を長官から受けてしずるは意気消沈しちゃったみたい。その様子を見て、気の毒に思ったのか長官は言葉を続けたわ。
「だが、可能性ならいくつかあげられる」
「え?」
「ひとつは外部環境の変化、魔法壁は外部の影響を遮断して魔法濃度を維持する為のものだが、それは壁を作った時点での条件を基準に形成されている。外部環境がここ数日で急激に変わったとしたなら、魔法壁が対応しきれないのも無理はない。他には魔法壁自体に何らかの欠陥があった可能性と、これは考えたくはないが、外部からの悪意を持った何者かの攻撃の可能性、それとも我々がまだ気付いていない未知の可能性……」
完璧だと思っていた魔法壁にこれだけの危険性があっただなんて、私も驚いちゃった。何事も時間が経つと最初は完璧に近いものだったとしても、どんどん時代遅れになってしまうって言う事なのかしら。
劣化的な問題なら精度を上げて対応すればいいけど、もし原因が攻撃だったとしたならこれはかなり大きな問題って事になるわね。本島の幹部とも連携しなくちゃいけなくなるし……。私、本島の人達ってちょっと苦手。
だってやっぱり本島が本部だからどこか偉そうなんだもの。そう言えばこの異常、本島の方では報告されていないのかしら?
何だか色々行動を慎重にした方がいい案件なのかもね、これって。
私がこの件について色々考えを巡らせていると、しずるは冷静な声で長官に意見したわ。
「原因が分からない以上、有効な対策も立てられません」
「それはこちらも分かってる。だが問題が問題だ、簡単に結論を下す訳にも行かない。対処を間違えばどんな結果になるか見当もつかない。それまでは、悪いが普段通りのパトロールを続けてくれ。その都度何か異常を見つけたらどんな些細な事でも報告を忘れないように」
「了解です。では失礼します」
ブリーフィングが終わって私達は会議室を後にしたの。結局分かったのはまだ何も分かっていないって事だけだったわね。
長官が何か隠しているって事も可能性としては勿論十分考えられるけど、多分それはないと思う。だって長官はしずるのお父さんだもの。
親として子供に恥じない生き方をしている長官が娘に嘘をつくはずがないわ。私としてはこの問題が後に大きな事件に繋がらない事を願うばかりよ。
この件について真剣な顔をして思い詰めているような感じだったから、私はしずるに声をかけたの。
「何だかとんでもない事になっちゃったわね」
「こんな事って今までにもあったのかな?」
私がしずるに話しかけると、彼女が珍しく私を頼るように意見を求めて来たわ。
私としてもこの質問にしっかりと答えたかったけれど、私の記憶でもあんまり具体的な事は分からない。
ただ、昔叩きこまれた魔法壁の歴史について答えられそうな部分はあったから、それを彼女に話す事にしたの。
「確か記録上、魔法壁の異変は今までにも何度かあったみたいだけど、その都度修復されているわね」
「その時はどんな条件下でそれが起こったか解析はされているの?」
「資料室に記録はあったと思うけど、今はパトロールを優先しましょ。私達が思いついく事はきっとみんな試しているはずだから」
「……そうね」
結論を急ぐしずるに対して、私はそんなに焦らないように優しく促したわ。何事も焦っては正しい判断が出来ないものだからね。
それに、今この問題はそこまで緊急を要するものではないと私は判断してる。この私の判断が正しいかどうか今はまだ分からないけど。
そんな訳で、私達は指令通りに普段通りの仕事をこなしたわ。今回は驚く程何も異常は見つからなくて、あっと言う間に魔法壁のチェックは終わったの。
全てのチェックが終わって私はしずるに話しかけたわ。
「今日は何もなかったわね」
「昨日まで毎日のように異常が見つかっていたのに何か変じゃない?」
「異常って言ってもここ二週間くらいの間の事じゃない、考え過ぎよ」
「だといいんだけど」
異常が見つからなかったら見つからなかったで、しずるはその事を不審がっているみたい。ちょっといくらなんでもこれは疑い過ぎじゃないかなぁ。
魔法壁のチェックは異常を探しつつ、見つかればその都度修復して来たのだから、最後までチェックが終われば異常が見つからなくなるのも当然なのよね。
それを頭で分かっていても、彼女はどこかで不安を感じているみたい。システムを盲信しないのは悪い事じゃないけど……。
次の日の天気もまた雨だったの。教室に着いた3人組はまた天気の話をしているわ。今日の話題は予報が当たるかどうかみたい。
最初に口を開いたのはマールね。この雨にほとほとうんざりしているみたいだわ。
「また雨ー!」
この意見に同調したのがファルア。彼女も雨は苦手なのね。だって雨だと屋外スポーツは出来ないもの。
「昨日から降り続けてるね」
ゆんは降り続く雨を窓越しに眺めながら予報の話をみんなに振っているわ。
「予報じゃ今日中に止むように言ってたけど」
「えー?昨日おもいっきり外したのに?信じられないよー。だって空があんなに暗いんだよー」
実際、空も昨日並みに暗いし雨も勢い良く降っているからマールはその予報が信じられないみたい。昨日思いっきり裏切られたから今日も信用していないのね。本当、分かりやすい子。
「魔法予報が2日連続で外れた事なんてなかったでしょ!」
「だから今日がその初めての日なんだよ!間違いないね!」
あらら、魔法予報を信じないマールと信じるゆんでちょっとした口論になっちゃった。これは困ったわねぇ。
あんまりヒートアップする前にしずるが止めようと席を立った時、空の様子が変わってきたの。
「あれ?」
「ほら、だから予報は外れないって言ったじゃん」
そう、さっきまであんなに暗かった空が次第に晴れていって日が射し始めたの。次第に明るくなっていく空を見て2人の喧嘩は自然に解消したわ。
マールはちょっと納得出来ないような顔をしていたけど、実際の天気が目の前で結果を出したのだから何も言えないわよね。
で、天候が回復した頃、本部のラボでは解析結果が出ていたのよ。
「こ、これはっ!」
魔法壁の空間サンプルの解析結果を見た分析官は、その驚くべき結果に開いた口が塞がらない程の衝撃を受けたみたい。
しずるの心配が現実のものとなったのか、それとも――まだ何も知らない彼女はマール達の言動を見て静かに微笑んでいたわ。
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