忍び寄る非日常

魔法壁の異変

第10話 魔法壁の異変 前編

「今のところは何の異常も……はい」


 しずるは今日も私、使い魔のみこと一緒に魔法壁のチェックをしているわ。島全体に何重もかけられているから詳細なチェックはけっこう大変なの。

 それに加えて本島を全て覆う大魔法壁もあるから、離島であるこの島の魔法壁なんて本来保険のようなもの。


 それでもあの日、その厳重な壁を乗り越えて外道生物が侵入して来た。何かは分からないけど何かが起こっているのは間違いないわね。

 だからこそこのチェックは入念に行わなければならない訳で――連日の激務にしずるもちょっと疲れが溜まっているみたいなの。

 今はその日の分のチェックを終えて上に報告しているところ。あ、待って、何か連絡があったみたい。


「え?分かりました」


 どうやら再チェックの要請があったみたいね。しずるは完璧主義者だからミスなんてないと思うんだけど、それでも指示があった以上は文句ひとつ言わずにその指示に従うんだから流石ね。私なら最低一言は言い返すところよ。


 彼女について行って辿り着いたのは今日一番最初にチェックした西の海岸通り。

 彼女は早速浜辺に降りて行って該当箇所を入念に調査魔法でチェックしていく。私はそれがしっかり出来ているか更にチェックをする係。


(ここだってちゃんとチェックは……)


「あれ?」


 しずるが目を閉じて意識を集中させていると、今までと違う何かを感じたみたい。私は近付いていって彼女を見上げたわ。

 異常を見つけたしずるがどんな顔をしているのか気になったのよ。そうしたらやっぱりものすごく不安に満ちた顔になってた……当然よね。


 だって今までこんな事はなかったんだもの。今すぐ彼女を優しく慰めてあげたかったけれど、しずるはすぐにそれを上に報告していた。

 うん、慰めるのは今日の任務が終わってからでいいわね。


 上は彼女の報告を受けて早速その異常に対応したみたい。すぐに返事が返って来たわ。


「システムを再調整した。明らかに空間組成が変わっている。理由はまだ分からないが……」


「了解です、直ちに修復します」


 上への連絡が受理された後、しずるはすぐに本来の作業へ入ろうとしたわ。けれど今回は更に追加の指示があったの。


「それと、サンプルを採取してくれ」


「はい……あ!」


 彼女がその指示を受け取った直後だったかしら?私も気付かなかったけれど、彼女は動く影を一瞬感じたらしいの。代々国防を任される一族だからこその受け継がれた敏感な感覚がそれを捉えたのかも知れないわね。

 ただ、この時は彼女自身がこの時感じたその感覚を信じていなかったみたいなんだけど。


(まさかね……)


 しずるはその後も同じような事が他で起きていないか入念にチェックし続けたけれど、異常があったのはここのこの1ヶ所だけだったみたい。

 私達はへとへとになってその日の仕事を終えたの。今後はこんな疲れるような日がない事を願うわ……。



 次の日、空は曇り模様で一日は始まったわ。学校ではマール達が脳天気に天気の話題で盛り上がっているわね。最初に話題を切り出したのはマールみたい。


「今日の天気予報って雨だったっけ?」


「いや、一日中晴れの予報だったけど」


 このマールの言葉に答えていたのはファルアね。マールはこの答えを受けて空を見上げながらぽつんとつぶやいたの。


「ちょっと怪しくなって来てない?」


 そう、今朝の魔法天気予報は一日中晴れの予報だった。魔法を使った予報は外れない事で定評があったわ。特に今予報を担当している魔法使いはこの道40年のベテランで、天気を読む事にかけては右に出るものがいないほどの達人よ。

 そんな彼が予報を外すなんて普通に考えて有り得ない……。だからみんなその予報を信じて疑っていなかったの。

 初めてその予報伝説が覆されそうになって一番焦っているのはどうやらマールのようね。


「嘘?魔法予報が外れるなんて?」


「晴れの予報で曇る事は前からあったけどね」


 ゆんは今までも外れそうになった事を取り上げて、その事にそんなに驚いてはいないみたい。ファルアも静かにうなずいているわ。


「でも今まで大きく外した事は」


 不安になったマールがそう言いながら窓の外を見ていると、空を覆った雲から突然の雨が降って来たの。魔法天気予報を信じていたのはマールだけじゃなかったみたいで、最初に気付いたのは窓際の席の生徒だったわ。


「うわっ!天気雨!」


「ええっ?雨になるにしても早過ぎるよ!」


 その彼の叫び声に悲鳴に近い声でマールは反応していた――って事はこの反応からして多分彼女は傘を持って来ていないのね。

 そんな悲壮感のある友達の叫び声を聞きながら、ゆんもファルアもいつもと変わらないテンションでこの話題に乗っかって来たわ。


「異常気象ってやつかな?」


「って言うかさ、天気雨って事は虹見えないかな?」


 普通の天気雨はそんな長く雨は続かない。2人はその事を知っていたの。だから平常心を保っていられた。だって外さない予報を彼女達だって信用していたはずだもの。そんな心の余裕をマールもいつか身につけられるかしら?


 虹を期待していたのはファルアだったけれど、どうにもその期待は裏切られる事になりそう。何故って?それは空を覆う雲が増えてきたからよ。

 この時、天気雨が始まってからどんどん空は暗くなって来て、その内本格的な雨になっちゃうんじゃないかって雰囲気が漂って来ていたわ。

 窓の外を見ていたマールは心配になって思わず2人に聞いたのね。


「あれ?虹以前にもっと曇って来てない?」


 この質問には一緒に外を見ていたゆんが反応していたわ。


「天気雨から普通の雨になっちゃった」


 そう、天気雨が降り始めて1分もしない間に雨は本格的に降り始めていたの。ここまで来たら魔法天気予報ははっきり外れたって納得出来るわね。

 でもそれが逆に普通ではない事が誰の目にも明らかな事にもなったの。


「普通じゃないね」


 その雨の様子を見ながらしずるはマールたちに声をかけていたわ。最初はいつも通り離れた場所からマール達の会話を眺めていた彼女だったけど、天気が魔法予報を外した事で気になってつい彼女達の会話に混じってしまったようなの。


「え?」


 突然しずるに話しかけられてマールはきょとんとしているわ。彼女はやっぱり分かっていないみたい。

 そう思ったしずるはすぐに彼女にその理由を説明したの。


「だって、天気雨って普通はその後天気に戻るものだよ」


「ああ……」


 その説明を聞いてやっとマールは納得したみたい。世話が焼けるわね。この時、2人の会話を聞いていたゆんがしずるに話かけて来たの。


「何か気になる事があるの?」


「もしかして前の事件と何か関係が?」


 ゆんの質問に同調してマールもしずるに質問したわ。彼女達の心配も最もな事よね。


「それは……まだ何とも言えないけど」


 この質問に彼女は答えを濁すしかなかったわ。だって本当にそうなんだもの。

 真面目なしずるは確実な事しか言えないのよ。質問した2人もその性格は知っているからすぐに質問は別のものに切り替わったわ。


「あれから外道生物は見つかった?」


 言いよどんでいるしずるにゆんはそんな質問をしたわ。これなら専門分野だから答えられるだろうって言う事みたい。

 答えられる質問が来たので彼女は自信を持ってニッコリ笑ってその質問に答えていたわ。


「うん、それは大丈夫」


「そっか、安心した」


 確実な事しか言えないと言う事は嘘はつけないと言う事。しずるが大丈夫と言えばそれは本当に大丈夫だと2人は安心していたわ。

 しかしそんな会話を続けていく中で空は更に暗くなり、雨脚は激しさを増していったの。その雨音はいつしか静かにしていなくても教室中に聞こえる程にまでなっていたわ。


「土砂降りになっちゃったね。予報がここまで外れるなんて……」


「しずる、これって何か――」


 予報が外れるにしてもここまで豪快に外れるなんておかしいと、これには何か裏があるのかもと鈍感なマール達もやっと勘付いたみたい。

 それに対してもしずるは完璧に答えられる答えを何ひとつ用意出来ていなかったわ。だから今言える事だけをみんなに伝えたの。


「魔法予報が外れるなんて普通有り得ない。だから有り得ない事が起こっているんだと思う」


「何か知ってるの?」


「ごめんなさい。まだはっきりした事は……。でも何か分かったら必ず言うから」


 このしずるの答えはつまり異常な事は起こっているけれど、その原因は政府の方でもまだ何も把握していないと言う事を図らずとも証明してしまっていたの。それ程までに扱いの難しい問題であると言う事も――。

 その説明を聞いて色々な事を何となく読みとったマールは、慰めるように気を使って彼女に声をかけたの。

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