第9話 社会見学 その4

「え?そう言うのはまだ……」


「親友のピンチじゃない!ここで協力するのが友の務めでしょ!」


「じゃあマールも何かやってよ」


 その言葉がブーメランになる事はマールも薄々感じてはいた。けれど彼女には尿意とのバトルという重要な案件も抱えていたのだ。

 そう、2人の条件は全く一緒と言う訳ではない。大体、尿意を我慢している時に誰がまともな行動が取れると言うだろうか?


「私もアイディア出すから」


「何その司令官的ポジション!口だけなら楽でしょうよ!」


 マールの言葉にゆんが反発する。この時、お互いが自分の事しか見えていなかった。こうしている間にも時間は過ぎていき、しずるは外道生物との戦いに手こずっている。体格差の事もあり、この戦いが長引くと多分しずるの方が不利になっていくだろう。

 中々話が進まない事にいらっときたマールはつい声を荒げてしまった。


「だから漏れそうなんだって!早くトイレに行きたいの!分かるでしょ!」


「ああ……で、何かいい方法があるの?」


 尿意と戦うマールの立場をやっと理解したゆんは、改めて彼女にこの状況を打開する策があるのか質問をする。

 その質問を待ってましたとばかりに、マールは自慢気に自説を展開した。


「あの外道生物って、魔法粒子の影響を強く受けているから、きっと歌が効くと思うんだ」


 マールによれば、ただの歌でなく魔力を込めた歌ならば外道生物にも一定の効果があるんじゃないか?と言う事らしい。その話を聞いたゆんは、確かにそれは一理あると納得してその作戦に同意した。


「なるほど!歌だったら私の得意分野だよ!」


 ただし、こう言う目的で彼女が歌を歌った事はこれまでに一度もない。だから余り変に期待されてもその期待には答えられないと最初に断った。


「でも……自信ないよ?そんなに上手く行くかな」


「ゆんなら出来るよ!」


 謙遜するゆんに対し、彼女の歌を実力を認めているマールは背中を押すように応援する。その声に勇気をもらったゆんは、意を決して外道生物に対して自慢の喉を披露した。


 魔力を歌声に秘めたその歌は、外道生物の周辺に特殊なフィールドを発生させその動きを封じていく。

 その効果は歌を歌っているゆんも、作戦を発案したマールも、まさかここまで効果が出るなんてと驚く程だった。


 苦しむ外道生物はやがてその大きさを徐々に縮小していく。そして小さくなる度に謎の緑の液体を吐き出した。

 時間の止まった空間に外道生物が嘔吐する度に発生するベチャ、ベチャと言う気味の悪い音だけが響き渡り、辺りは異様な雰囲気に包まれていた。


「ウ、ウゴァァァーッ!」


「効いてる!効いてるよ!」


 歌の効果によって2mあった外道生物の体は半分の1mほどにまで縮小していた。動きも完全に封じられ、もはやそれは恐ろしい化物ではなくなった。

 ここまでお膳立てされて仕事をこなせないしずるではない。このチャンスに十分に練られた魔力をカカシ同然の外道生物にぶつける。


「そこだっ!」


 しずるの攻撃を受けて外道生物は呆気なく音もなく消滅した。ゆんが弱体化させた効果もあったのだろう。最後は叫び声ひとつ上げず、氷が水に溶けるように外道生物は消えていった。

 空間を侵食していた原因が消え去った事で、気が付けば3人は時間の流れる元の世界に戻っていた。

 この勝利を分かちあおうとゆんはマールに声をかける。


「やったね、大勝利だよマール!……って、いない」


「彼女はトイレに猛ダッシュで走って行ったみたいね」


 ゆんが声をかけた時、マールの姿はもうそこにはなかった。作戦がうまく行ったのでハイタッチをしようと差し上げた手が宙を泳いでいる。

 しずるはそんな彼女の姿を哀れに思ってマールの代わりにハイタッチをした。時間と音が戻った工場内でハイタッチの音は工場の機械音に紛れ、周りに聞かれる事なく消えていった。


 仕方ないとは言え、自分の意志を無視してすぐにいなくなったマールについてゆんはつい愚痴を零す。


「それにしてもマールってば……」


「でもあの子のアイディアで外道生物も倒せたんだし、怒らないであげて」


「まぁ漏れそうって言ってたから仕方ないか」


 こうして事件は一件落着し、しずるは事の顛末を先生及び工場関係者に報告する。話を聞いた先生によりこの事件は間接的にクラス全体に知れ渡る事となった。

 その為、しずるの仕事が秘密ではなくなってしまった訳だけど、噂が本当だったと言う事に変わっただけでそれによる影響は特になかった。

 そして異様な外道生物を大きな被害を出す前に退治したと言う事で、マール達3人はクラス内でちょっとした英雄になっていた。


「そんな事があったんだ。無事で良かったよ」


「一緒についてきたのがファルアだったらもっと早く片がついていたかも」


 帰りのバスの中で、この騒ぎに加われなかったファルアが残念そうにマールに声をかけてきた。彼女を気遣おうとマールはちょっとリップサービスをする。魔法スポーツ選手のファルアが戦いに参加したとしても、きっと十分しずるの役には立った事だろう。

 けれどその言葉がゆんの耳にも入ってしまい、バス内はちょっと険悪な雰囲気になってしまう。


「ちょっとマールさん、聞き捨てならないんですけどぉ~」


「うわ、ごめんゆん」


 軽い冗談だと言うのはお互いに分かっていたので、この後少しの間を置いてみんなで笑い合う。そうして和やかな雰囲気のまま、無事今日の工場見学は終了した。


 今回は何とか被害も出さずに問題は解決したけれど、異世界生物問題があの一件だけだったと考えるのは難しく、しずるは今後のこの島の治安についてもっと警戒を強めねばと決意を新たにするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る