社会見学

第6話 社会見学 その1

「え~、では今週末は社会見学です。我がクラスは工場見学になりますので、遅れないようにしてくださいね」


 中学の生活にも慣れ始めた5月中旬、学年行事のひとつ、社会見学の日が近付いて来ていた。先生の言葉を受けて、マール達はそれぞれにこの話を話題にして雑談を始める。まず最初に口を開いたのはファルアだった。


「見学、何の工場かな?」


「お菓子工場だといいな」


 この質問にマールはすぐに飛びついた。自分の願望たっぷりのその答えにゆんはすぐにツッコミを入れる。


「そう言うのって、小学生の頃やらなかったっけ?」


 このツッコミにマールはつまらなさそうな顔をした。そしてその流れで今度はファルアが口を開く。


「じゃあスポーツ用品工場とか?」


「趣味に走り過ぎだって」


 自分の趣味を優先した彼女の言葉にまたしてもゆんがツッコミを入れていた。どうやらゆんにはツッコミ気質があるらしい。

 2人の話を聞きながらマールはぼうっとしている。その呆けた様子を見てファルアは彼女に忠告をした。


「学校に集まってバス移動だから遅刻は出来ないよ」


「だ、大丈夫だよ、だって私こう言う特別な日は早く目が覚めるんだもん」


「「本当かなぁ~」」


 遅刻はしないと言うマールの言葉に、残りの2人がハモるように息を揃えてツッコミを入れる。その余りに息の合ったツッコミが面白くて、その後3人は気が済むまで笑っていた。

 少し離れた席からその様子を見ていたしずるもまた静かに微笑んでいた。


 それから時間は過ぎて、いよいよ社会見学の日の前の晩。マールはベッドに潜りながら全然眠れないでいた。


「いよいよ明日か~楽しみで眠れないよ~」


「マール!早く眠らないと明日寝坊しちゃうよ!」


「でもパン工場なんだよ、見学!きっと見学の後はパンが貰えるよ!楽しみじゃん」


 僕の忠告もマールの耳には全然届かない。見学先の工場がパン工場だと判明したからだ。彼女は絶対お土産にパンが貰えると確信している。

 食い意地の張ったマールの事だから、今からどんなパンが貰えるか夢想して楽しんでいるんだ。

 そのパン工場は大きくて、ありとあらゆる種類のパンを作っている。だからマールの妄想は止まる事がなかった。


「とにかく、電気は消すからね!遅れたら皆に迷惑がかかるんだから!」


「もー、とんちゃん真面目なんだから」


 妄想に耽っている時のマールはそれに集中して自らが動こうとはしない。だから僕が率先して強制的に動かなきゃいけない。

 でもそれは使い魔として当然の義務だからね。仕える魔法使いの手となり足となってサポートする。その仕事に何の不満もないよ。


「おやすみ!」


 僕はそう言って天井の照明の電源ボタンを押した。これで部屋が真っ暗になり、しばらくすればマールも自動的に寝る事になるだろう。

 暗くなった部屋で僕は安心して眠りについたんだ。


 チチチ……チチチ……。


 僕も夜更かしし過ぎていたのかな……いつもよりぐっすりと眠り過ぎてしまったみたい。彼女を起こすのは自分の役目だったのに。

 辺りが眩しくなってぼんやりと意識を回復させていると、いきなり部屋のドアが開いてマールの母親の叫び声が飛んで来た。


「マール!いつまで寝てるの!今日は遅れちゃいけない日なんでしょ!」


「うにゃ……?」


 母親の大声にマールはまぶたをこすりながら目を覚ました。娘の目覚めを確認した母はドアを閉じてまた自分の持ち場に戻っていく。

 朝は忙しいからね。最後まで様子を見届ける暇なんてないよね。お母さん、ここから先は僕に任せてよ!


 一方で、母親の姿が見えなくなって安心したマールはまた布団に潜り込んでいた。ああっ、二度寝を決め込むつもりだ!

 今日は絶対遅れちゃいけない日なのに!ここで彼女を二度寝なんてさせちゃいけない!


「仕方ない、これは君のためなんだ!」


 僕は爪を出して心を鬼にしてマールの腕を引っ掻いた。これならいくら寝坊助の彼女だって一遍で目が覚めるはず!


「ギェピー!」


 いくら叫んでも目覚めないマールでも、流石に物理攻撃を受ければその刺激で嫌でも目が覚める。僕の攻撃を受けてマールは大声で叫んだ後、すぐに布団から飛び起きた。それから僕に向かってまずは抗議の一言が飛んで来る。


「とんちゃん、爪立てるなんてひどい!」


「ほら、早く着替えて!そんな傷すぐに治るよ!」


 マールは僕が爪を立てた肘をこれ見よがしに見せて怒っていた。確かに傷はちょっと深くてちょっと血も出ている。

 でもそんなのは僕から言わせれば大した傷じゃない。一日あれば傷跡も綺麗サッパリなくなっている程度の軽症だ。

 それより僕はマールを学校に遅らせない事の方が重要だと思っていた。彼女だって意識がはっきりすれば正気に戻るはず。


「マール!学校行くよー!」


 僕がマールに朝の準備をさせるのに悪戦苦闘している頃、窓の外から彼女を急かす声が聞こえて来た。友達2人が呼びに来ていたんだ。

 2人の声を聞いたマールは、窓を開けて顔を出して彼女達の姿を確認して叫んでいた。


「何で2人共ちゃんと準備出来てるのよー!」


「マールが寝坊なだけだって、ほら、急ぐよ!」


「ひぃーん!」


 友達2人に急かされたらマールも急ぐしかない。速攻で朝の準備を済ませてようやく彼女は家を出た。急いだとは言え、それでもかなり時間は過ぎていたので3人は学校に向けて猛ダッシュで走っていった。


 その頃、学校ではクラスごとに違う目的地に向けて次々にバスが発進している。予定の時間になったマールのクラスでは彼女達3人以外の生徒はもう全員揃っていた。


「後はマール達3人だけ、と。あの2人が付いているから大丈夫だろう。じゃあみんなバスに乗って」


 出発の時間になったので、先生は今集まっているクラスメイトを次々にバスに乗せ始めた。大体の生徒がバスに乗り終えたところで、マール達の声がバスの停まっている校庭に響き渡った。


「待って待って待ってぇー!」


 先生の計算通りにマール達が到着したところで、バスはそれ以外の生徒を全員乗せ終えていた。先生含めクラス全員に遅れた事を謝罪しつつ、マール達もそのバスに乗り込んだ。


「ふぅ、間に合ったよ」


「私達のおかげだからね」


 空いている席に座りながらひと安心したマールが一言漏らすと、友達2人が彼女に声をかける。マールもまた彼女達に助けられた事は自覚しているのでここは素直に2人に感謝の言葉を述べた。


「そだね。有難う」


 クラス全員を乗せたバスはそうしてゆっくりと動き始める。目的地はこの島で一番大きなパン工場だ。最近改装した工場は最新鋭の設備を備え、島のパン製造を一手に担っている。

 学校から工場までは海岸線通りの道を走ればほぼ一本道で繋がっており、時間にして約30分程度で辿り着く。信号などの条件もあるので誤差はプラスマイナス10分位はあるのだけれど。


「バスって眠くなるよね」


「まだ出発したばかりだよ……もうちょっと頑張ろうよ」


 バスに乗り込んで5分もしない内にマールは船を漕ぎ始めた。それを隣りに座っていたゆんがたしなめる。

 興奮して眠れなくて睡眠時間が普段の半分くらいしか取れなかったマールは、眠気との戦いにしょっちゅう破れていた。


 他の生徒達は海の側の道と言うロケーションを前に美しい景色を眺めていたけれど、マールにとってはそんな景色は眠過ぎてどうでも良かった。

 そうしてバスに揺られる事30数分、目的地の工場が目の前に迫って来る。

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