第2話 使い魔とんちゃん

 マールの朝は遅い。いつもギリギリまで眠っている。だからいつも僕が起こしている。起きる時間を過ぎた辺りからモミモミモミモミ。するとマールはようやくうっすらと目を覚ますんだ。


「……あ、とんちゃんおはよう」


 そう、僕はとんちゃん。マールのお供の黒猫だよ。

 魔法使いには必ずお供の猫がいるんだ。一応魔法も使えるんだよ。

 お約束のように喋る事も出来るんだ。


 魔法使いのお供として、僕は産まれた時からマールのサポートをする事になっている。彼女がしっかりした魔法使いになれるかどうかは、まさに僕にかかっていると言ってもいいね。


 そんな訳で僕は今日も朝からマールを起こしてるんだけど、いつまでも僕に頼らずに早く自力で起きて欲しいものだよ……。


「むにゃ……とんちゃん……今何……じっ!」


 あはは……いつもの光景だけど、またマールが早く起きなかった事を後悔してる。

 急いで着替えて今日の準備を確認して――毎朝こうだからね――。

 ああっ!髪!まだ寝癖のままだよっ!


「もうっ!時間ないのにっ!」


 おばあちゃんのお葬式が済んでしばらく経って、マールの生活もやっと普段通りのペースが戻って来た。学校に行くのも友達と接するのも、もう悲しみにくれたりはしない。

 今日も遅刻ギリギリになりながらも、しっかりと準備を済ませて急いで家を出て行ったよ。


 魔法使いのお供と言っても、主が学校に行っている間、基本的に僕ら使い魔はお留守番。ま、魔法実習とかで用が出来たら学校に行く事もあるけどね。


「ふぁ~あ」


 学校でマールはちゃんとやっているのかなぁ。ちょっと様子を見に行こうか。

 そのまま向かったら問題になってもアレだし、夢魔法を使って魂だけで学校に向かおうっと。……って言うか毎日そうしてるんだけどね。

 それじゃあ、そんな訳でおやすみなさい。


 夢魔法で学校に向かうと、同じように夢魔法でご主人様を見守るお仲間がたくさん来ていた。生徒の数だけお供がいるから賑やかだよね。

 すごく数が多くても、僕らの姿はみんなからは見えないから安心だ。

 勿論技を極めた先生には僕らの姿も感知出来るけど、そう言う先生方は僕らの参観を容認してくれている。

 きっと先生方にとってはお馴染みの風景なんだろうね。


 さて、マールは元気でやっているかな。僕がマールを探すと彼女は仲良しの友達同士で楽しく会話をしていた。


「ねぇねぇ、力を受け継いだんでしょ?」


「あ……うん」


 マールに話しかけているのはクラスメイトのゆんだな。彼女も既に力の継承は済んでいて、しっかりその力の使い道を決めている。

 継承された先輩として何かアドバイスがしたいのかな。


「もう力の使い道は決めたの?」


「まだだけど……」


 ほら、やっぱり!マールは優柔不断なところがあるから、こう言う時に先輩のアドバイスはマールにとってもきっといい刺激になるんじゃないかな。

 ゆんはまだ力の使い道を決めかねているマールに向かって力強く言い放った。


「じゃあさ!私と一緒にアイドルやろうよ!」


「ゆんと一緒に?」


「そう、マールと一緒なら楽しいと思うんだ」


「そりゃ……楽しいかも知れないけど……」


 そう、ゆんが今目指しているのはアイドルなんだ。なるほど、マール可愛いから一緒にアイドルになろうってスカウトしに来たって事か。

 マールって引っ込み思案なところもあるから、そんなに簡単にこの話には乗りそうもない気がするけど……。


「ちょっと待ったー!」


「マール、スポーツには興味ない?」


「ファルアも勧誘?」


 次にマールに声を掛けたのは同じくクラスメイトのファルア。彼女もどうやらマールの勧誘みたいだな。

 ファルアの得意分野はスポーツ関係なんだ。うん、体を動かすのもいいね。試合とかでは結構頭も使うし。


「だって、マールはあのおばあさんの力を受け継いだのよ?みんな狙ってるって!」


「うへぇ……」


 マールは自分が注目されているんじゃなくて、みんな受け継いだ力の方に興味を持っているのを知ってやりきれない溜息をついた。

 マールの周りの2人はそんな彼女の心情なんてお構いなしに勧誘合戦を続けている。

 これじゃあマールはどちらの意見も聞かないと思うんだけどな……。


「ねぇねぇ、私と一緒に体を動かそうよ!アイドルなんかよりずっと健全だって!」


「ちょっとぉ、それどう言う意味よ!」


「え?言葉通りの意味ですけど?」


 勧誘合戦はヒートアップして、いつの間にかお互いをけなし合う様相に。この様子から見てゆんもファルアも自分の事しか考えていないんだろうな。

 でもこの2人の会話、実は昔から続いているお約束のようなもので、聞き飽きたマールはお互いの会話を右から左へと聞き流していた。


「スポーツなんてアレよ、筋肉バカでモテないんだから!」


「何言ってるの?魔法スポーツは魔法の力でスポーツするからそんなムッキムキとかにはならないんです!」


「アイドルやった方がいいって!その有り余る魔法の力で一躍トップにだってなれるわ!」


(二人共、いつも同じ言い合いをして飽きないのかな……)


 マールはそう思いながらお互いの会話をそれとなく聞いていた。

 で、お互いの言い合いがヒートアップした後でが自分たちの意見の同意をマール求める流れになる訳だ。

 ある程度言い争った後、2人は申し合わせたみたいに同時にマールに同じ質問をする。


「「マール、聞いてる?」」


 いがみ合っているはずなのにこう言う時はピッタリ息が合うって何だかすごいよね。本来は仲がいいからそうなるのかも。


「え……うん……聞いてるよ?」


 この2人の勢いに押されてマールは上手く答えを返せないでいた。


 実は今までは2人の誘いもここまで強くはなかったんだ。

 けれどマールが偉大なおばあちゃんの力を受け継いでしまったから、2人共本気で勧誘合戦を始めちゃったんだよね。


 2人の主張は日に日に強くなってマールも流石に困ってしまっていた。どちらとも付き合いは長いし、仲もいい訳で、どちらかの誘いに乗ってどちらかの仲が悪くなるのは嫌だって思っているみたいだ。


 そんな時、この状況を仲裁しようともうひとりの友人が間に入ってくれた。


「何2人して威圧してんのよ?力の使い道はマールが自分の意志で決めるの!強制したらダメでしょ」


「しずる……」


 ここで現れたしずるはマールのもうひとりの友人。彼女は代々国を守る特別な家系の生まれで、文武両道の何でも出来る優秀な女の子。

 正直何でこのグループに入っているのかすら謎とも言える存在なんだ。


「おお、ナイトのご登場ですか……いいよね、名家の血筋の人は」


 ゆんはしずるに対してそう皮肉たっぷりに言う。ファルアも勧誘を止められてあんまりいい気分ではなそうな感じ。

 しずるはそんな2人に近付いてお互いの額の前に手を伸ばして――。


 でこぴーん!


 実はこれ、しずるの得意技。しずるの得意魔法の一つは心理操作なんだ。

 デコピンにより険悪だった2人の心理状態は一旦リセットされる。


「あっ」


 さっきまでいがみ合っていた2人は憑き物が落ちたように冷静になった。この魔法があるからこの友人関係は決してひどく悪くなる事はないんだ。

 流石優等生、状況判断がしっかりしているね。


「何かごめん、ちょっと言い過ぎちゃった」


「じゃあ……力の使い道、いつでも相談にのるからね」


 バツが悪くなった2人はそう言ってマールの前から去っていった。いつもながら素晴らしいこのしずるのあしらい方にマールは感謝していた。


「いつもありがとう」


「いいのいいの……今から将来をがっちり決める必要なんてないわ……。色々体験しちゃえばいいのよ」


「うん……そうだね……でもまだ今は」


 そう言ってマールの表情が曇る。亡くなってから数日しか経ってない今は、まだ大好きなおばあちゃんを失った悲しみを引きずっているんだ――。

 しずるはその事もしっかり察していてちゃんとマールを気遣っていた。


「分かってる……ゆっくり考えればいいよ」


 あんまり干渉されたくない雰囲気を察して、しずるもマールから距離を取るようにしていた。うん、こう言う友人達がいるならマールはいつか元気を取り戻すね!

 僕はそう確信してこの魂だけの参観を終えたんだ。

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