第7話 暗躍する簒奪者
アルベルトが憤慨する気持ちも、わからないわけではない。
王は黒衣の騎士が出ていった扉をじっとみつめた。その表情には、先ほどまでの不真面目なニヤつきはない。
本来なら婚約期間を設け、互いのやり取りをした上で、めでたく婚礼だ。
だがお互いの気持ちだとか、そういうことは結局のところ置いといて、家の都合で決められるものであることに変わりはない。間があるかないかの違いだけだったら、むしろさっさと済ましてしまったほうが良いこともある。と、ディルダーク王国国王ヘルベルト・ナージェ・ディルダークは思う。
少なくとも、いい加減な考えでの人選ではない。
アルベルトはいい
色々根回しもしておいた。
回りからとやかく言われないように、アルベルトを公爵家の養子にさせた。バルツァー公爵家とアルベルトの母が遠戚であったことと、バルツァー家に跡取りが居なかったことで、スムーズにことがすんだ。いきなり公爵にされたアルベルトの心情は一切無視だ。
邪魔が入らないように極力情報が出ないようにし、当事者であるレイリーンにも秘した。
割と楽しんでやった事実を差し引いても、大変なことだった。
しみじみ振り返ってみても、我ながら中々頑張ったじゃないかと思う。
振り回された周りの事はいざ知らず。
ヘルベルトの手には一通の手紙がある。
ディライト公国からの親書だ。
彼のもう一人の妹が、名目は人質として、ディライト公国に滞在している。公にはなっていないが、実際は病気療養の為だ。
第二王妃が産んだその姫の名は、ランユイ・フロウ・イシュリア・ディルダーク。
原因不明の高熱を発症して、この春で四年になる。
そして、彼女の存在こそが、第三王妃の息子にして、三男坊のヘルベルトが王位を簒奪してまで守ろうとした理由の一端でもあった。
手紙が届いたのは半年ほど前。差出人はディライト公国の第一王位継承者の長男、現公王の直系の孫にあたる人物からだ。
手紙から視線を執務机に移した。
机には広げられた家系図があった。初代から現在までを余すことなく記してある。
当然、ヘルベルトやレイリーンの名も記されていた。
各々の名前の下に()がついていて、その中に数字が入っている。ヘルベルトやレイリーンの名の下にはまだないそれは、没年齢だ。
ヘルベルトは一人の人物を指差した。
父だ。
名をツェーザル・クラレス・ディルダークという。三人の妃を持ち、七人の子供がいた。が、既に三人の子どもを喪っている。
第一子である姉姫は18で、第二子である兄は25で、そして第三子の姉姫は16の年で亡くなっている。
遺されたのは第三王妃の産んだヘルベルトとレイリーン、第二王妃の産んだ第二王子のディートハルトとランユイ。
ランユイについて書かれた手紙の内容は、吉報と言えた。彼女の症状は収まりつつある、という報告だったのだ。
半年前、その報告が来たときの喜びは忘れられない。それが本当なら、どういった治療法があるのか、詳しく教えて欲しいとすぐに返書を送った。
国交があるとはいえ、他国との連絡は時間が取られる。あまり事を荒立てたくない双方の都合もあって、返事が返ってきたのはそこから一月半ほど経ってからだった。
家系図に重ねるように、手にしていた手紙を置いた。引き出しからもう一組の手紙をさらに重ねる。
「陛下」
物思いに耽っていた彼に、そっと声をかけたのは老齢の紳士だった。
「大丈夫だ。心配はいらない」
侍従として、そして侍従長として、王に、王家に仕えて早50年余り。常に穏やかな物腰を崩さない彼の、若い主君を見る表情が曇っている。
「少し、お休みください」
「休んでいるさ」
「
若い頃はさぞモテたであろうと思わせる、老いても尚眉目の整った侍従長の眉間に、深い縦じまが刻まれる。
「お前ももう休んでいいぞ」
「私は陛下が休まれるまで、お側を離れません」
「嫌がらせか?」
小さな呟きは苦笑の混じったものだった。
王家の全てを知るであろう老紳士は、慇懃な態度を崩すこと無く、若い主君を見やる。
「無理をされて、お倒れになられたらいかがなさいます」
「お前よりずっと若いんだぞ、俺は」
「存じております」
「もう少しだ。もう少しで、一段落つく。少なくともレイリーンは助かるはずだ」
そういいつつも、その瞳に有るのは惑いだ。本当に、こんなことでいいのか? もし、これでも今までと同じ結果が出たら?
「今回の件で首尾よく行けたなら、わかっているな?」
不安を打ち消すように首を振り、側に控える侍従長に視線を向けた。
「……はい」
侍従長からは渋々といった間のある返事だった。その様はいかにも不満を飲み込んだ、といった様子だ。
ヘルベルトは小さく笑った。
「覚悟は決めておけよ。…死ぬよりマシだろう?」
「……はあ…」
「俺だって、正直言えば面白くないんだぞ」
はっとしたように、侍従長は己の主君を見た。
「これでも俺は、妹を可愛がって来たんだ。どこかの訳のわからん男にくれてやるくらいなら、おれ自身が相手をしたいくらいだが、流石にそれは憚れる。父も母も同じくする兄妹だからな」
それに、自分は良くてもレイリーンは嫌だろう。嫌われるどころか、憎まれ、恨まれる結果になるだろう。
「あいつなら、大丈夫だ。少なくともレイリーンに、いや、誰に対しても無体な真似の出来る男ではないから」
花嫁の父親の心境だと、苦笑いだ。
「多少の強引さは認めるところだ。それでも、俺はもう失いたくない」
机の上で硬く拳を握りしめ
「お前の孫娘も、な」
「陛下」
「俺は今、この国の最高権力者だからな。何だって出来るし、やれる。その為に玉座についたんだ」
兄を玉座から蹴落として。
ヘルベルトはにやりと嗤った。
側に立つ侍従長は呆れたような吐息をつき
「悪ぶってみせても似合いませぬ」
と、主君を諫めてみせ、渋々ながら
「……人選の相談くらいはお願いします……」
深々と頭を下げた。
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