個性埋没時代
仕事は真備目にこなすが手を抜けるところでは抜く。金遣いも荒い方ではなかったが、ちょこちょこ無駄遣いをしたり、たまには衝動買いをしてしまう。
趣味も幾つか持っているがどれも長続きしなかったり、数週間に一度だけやる程度。
俺は自分のことを個性のない普通の人間だと思っていた。
「素晴らしい。貴方はまさに普通の人間の鑑だ。」
ある日、俺の家にやって来た政府の人間とやらはそう言った。
「そんな普通の人間になんのご用でしょう。」
俺は自虐を含めそう尋ねる。
「貴方には、これから新しくできる法律のモデルになってほしいのです。」
「モデルって言われても、何ですか、こんな普通の人間でも最近は好景気を実感できます。とでも言えば良いんですか?」
「いえいえ、そんな広告のモデルではありませんよ。貴方には他の方への規範となるようなモデルになっていただきたいのです。」
「他の方への規範って、それなら僕よりももっと適任で個性的な人がいるでしょう。」
「そうそれです。」
その男は興奮気味に話しを続ける。
「この国では、個性を伸ばせ、個性を見つけろと他者との差別化を重視した教育が行われてきました。その結果、自分は他の人より個性が無いと悩む多くの人間と、一部の個性的な成功者の二極化が起こってしまいました。しかし、元々我々は協調性を重視する民族。だからこそ、この個性格差社会を解消しようとする法案を今度国会に提出します。そこで、あなたのような普通の人間を探していたのです。」
「もちろん協力していただけますよね。」
俺はその問いかけに個性のない返事をする。
「はあ。」
それから数日後、新法案が試験的に可決されたと朝のニュースでやっていた。だが、しかしこのアナウンサー何故か既視感がある。
その考えは家から出ると、よりはっきりとしたものになった。
道を歩いている人達が、どいつもこいつも同じに見える。いや、この違和感の正体は、どいつもこいつも俺に見えるのだった。
髪型、スーツの色、ネクタイの模様に、少し大股な歩き方、やたら腕時計を確認する癖、欠伸をするときに腕を伸ばす仕草。
誰も彼もが俺の個性を真似している。
会社に到着して、挨拶をする。
「ざーす。」
一応、小声で゛おはようご゛の部分は言っているつもりなのだ。だが、朝一番の挨拶どうやら思ったより声が出ていないらしい。
勿論、俺がそういう特徴のある挨拶をしていることに気がついたのは
「「ざーす。」」
俺と同時刻に出勤して来た同僚達が、そう挨拶を返したからだった。
昼休み。蕎麦屋で山菜蕎麦をすすりながら、俺と同じように山菜蕎麦を啜っている全ての客を見渡す。誰も彼も幸せそうな顔をして食事をしている。
俺は試しに自分の横に座っていた客に聞いてみる。
「失礼。どうしてあなたはそんな恰好をして、山菜蕎麦を食べているのですか。」
そいつは気の抜けるような返事をする。
「はあ。」
それから一か月が経った。相変わらず他の奴らは、俺の恰好をして俺の真似をする。どこを見渡しても俺がいる。そんな現状に嫌気がさして髪を染め、食事の好みを変え、趣味を変えた。
だが、次の日には奴らはやはり俺と同じ格好をして俺の真似をする。ただ一つ違う点は、俺が今にも死にそうな顔をしているのに対して俺に似た奴らは幸せそうな顔をしているのだ。
なんだこの最低な法律は、こんな生活もう耐えられない。
そんな時だった、俺の家に政府の役人を名乗る男が来たのは。
「お疲れさまでした。明日からはこれを着て過ごしてください。詳しいことはそのマニュアルに書いているので。」
そう言って彼は俺に、少し派手なスーツと、見知らぬ名前が書かれたマニュアルを渡して帰った。
次の日から、世の中は俺の真似をしなくなった。
俺は渡されたスーツに身を包み、マニュアル通りに髪型を整え、腕時計を昨日までとは逆の位置につけて、家を出る。
全員が昨日とは違う、同じ格好をした満員電車に揺られながら俺は思う。
自分の個性のことや周りの目なんて気にしなくていいことがこんなにも気持ちいいなんて。俺はただ、他の誰かの真似をしてるだけで良いのだ。
俺は周りの奴らと同じ晴れやかな顔で、周りの奴らと同じことを呟く。
「なんて素晴らしい世の中なんだろう。」
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