スパイ派遣会社
男は端的に言うとニートだった。
彼も働く意欲がないわけではなかった。事実、彼は数年前には新卒として働いてた。
しかし、男は仕事を覚えるのが苦手、というよりも忙しそうに働く先輩達に遠慮してしまい、そのせいで仕事をなかなか覚えることができずに会社を止めてしまったのだ。それから働くことに自信をなくしてしまって今に至る。
そんな男の元に一通のメールが届く。
「スパイの仕事に興味はありませんか?」
「この度は我がスパイ派遣会社へ来ていただきありがとうございます。」
俺は怪しいメールに釣られて、スパイ派遣会社という実態の分からない場所に来ていた。
「あまり、緊張なさらずに。ここに来た方々は誰しも最初は不安でいっぱいですが、慣れてくると、誰もが満足そうに仕事をしていますよ。」
そう職員を名乗る男は話す。
「そもそも、スパイとはどう言った職業かご存じでしょうか。」
職員はそう聞いてきた。
「えーとですね。政府の要人を暗殺したり、機密文書を盗んだりする感じですか?」
「世間のスパイのイメージはそういったものだと思います。しかし、スパイの主な任務は防諜や監視です。他国に我が国の技術が盗まれないように警戒したり、我が国に巣食う危険分子どもを監視するのです。」
「なんか地味ですね。」
俺はつい思ったことをを口に出してしまう。職員は頷く。
「世間のイメージと比べて私達の仕事は地味です。しかし、スパイというものは本来、悪の職業ではありません。法で捌けない犯罪から国を守り、国民の平和を裏から支えていく。スパイの存在意義は、より良い世の中を作っていくことに尽きます。」
確かにスパイとはいわば表に出ない日陰者。だかしかし、世界の平和を守る正義のヒーローのようなものなのかもしれないなと俺は思った。
「では早速任務を言い渡します。この書類にある会社に潜入してほしいのです。」
職員はペラペラと、とある会社の資料を見せてくる。
「この会社は一体どんな悪事を。」
「それはまだ分かりません。しかし、ここには間違いなく重大な秘密があります。それを貴方に探ってきてほしいのです。」
ふむ。この会社は何かを隠しているのか。ここまで言うのだから何かしら不審な点はあるのだろう。
早速、スパイのような思考をし始める俺は仕事に対してノリ気だったが、一つの不安が頭をよぎる。
「あいにく誇れる経歴や特技というものはないのですが、大丈夫でしょうか。」
職員はにっこりして答える。
「安心してください。ここは仮にもスパイ派遣会社ですよ。少しぐらいの経歴の詐称や職業指導なんてお手のものです。」
俺は潜入先の会社の面接を受けていた。面接の内容、マナー、試験官の好みまで俺の頭の中に入っている。久々の面接で不安はあったが結果は無事合格。
「合格おめでとうございます。」
何時もの職員からそう言われる。
「これも、このスパイ派遣会社のお陰ですよ。」
「貴方にも素質があったということでしょう。今後分からないことがあったら何時でも聞きに来て下さいね。これは貴方一人の責任問題ではなく、ひいては国家の問題にもなりかねないのかも知れませんから。」
「そうそう。これを渡しておきます。」
そう言って、彼は机の下から何かを取り出す。俺は少し身構えたが、机の上に置かれたそれは、薬のカプセルだった。
「自決用ですか。」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「まさか。そんなことをすればスパイが紛れ込んでいたんだなと思われてしまいます。これは記憶喪失薬です。これを飲むとこのスパイ派遣会社、及びスパイ活動に関しての記憶が一切なくなるのです。飲まないことに越したことはないですが、万が一バレてしまっても安心なので気楽にやって下さい。」
「君、本当にこの仕事始めて?」
俺は潜入先の上司にそう言われた。
確かに新入社員とは思えないほどの手際のよさで仕事を片付ける俺は多少怪しまれたものの、それ以上に重宝されていた。
これもスパイ派遣会社のおかげだ。分からない仕事をあらかじめ報告しておけば、どうすれば良いのかアドバイスをしてくれる。やがて自分自身もコツが掴めて、会社の業務の方は順調だった。
しかし本来の目的、スパイ活動の方はさっぱり成果が上がらなかった。その事を報告すると、
「スパイは一日にしてならず」
という格言を送られた。もっと仕事をして周りから信用されろ。昇進すれば調べられる情報も多くなってくる。
俺はその言葉通り、仕事を真面目にこなして異例の速度で部長に昇進した。
「部長、社長がお呼びです。」
俺は社長に呼び出された。社長の姿は何度か見たことがあるが直接話したことはない。なにより、何か重大な秘密を隠しているのは間違いない。どうやら、どこかの会社となんらかの取引をしているようだった。
俺は気を引き閉めて社長室に向かった。
社長室に入るなり、彼は質問をしてきた。
「君、なんで自分が呼び出されたか分かるかね。」
俺は思考を巡らす。最近は他の社員の数倍は仕事をこなしているし、些細なミスもしていないはず。ということは、アレしか心当たりはない。
「君はもしかしてスパイ」
その単語が発せられた瞬間に、俺は渡されていた薬を咄嗟に飲む。意識が遠のいてゆく。
数日後、男の勤め先の社長がスパイ派遣会社を訪ねていた。
「貴方の会社から送られてきた彼、今時の若者にしては仕事も丁寧だしやる気もある。今度、課長に昇進させるつもりだよ。本当にここに頼んで正解だった。」
派遣会社の職員はにこやかに答える。
「スパイというものはより良い世の中を作るために存在するのですから。」
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