計画殺人


 私は書きかけのノートとにらめっこしながら、頭を悩ませていた。

 ノートには、付き合ってる彼氏をどうやって殺害するかの計画が乱雑にメモされていた。

 きっかけは彼氏の浮気だった。彼と付き合って5年が過ぎたが、二人の関係は決め手にかけていて、なかなか進展しない。それどころか最近は私に隠れて浮気をしているようだ。

 証拠は十分すぎるほど見つかった。彼の胸ポケットからは、いかがわしいホテルの名刺が出てきたし、財布を覗いてみると、二人分のディナーやら女性もののブランド品の領収書が出てきた。

 それとなく彼に聞いてみると、仕事が長引いてとか、上司との付き合いで等と適当な事を行っているが、全部お見通しだ。

 だから、私は彼を殺すことにした。自分でも突拍子もないことを考えたものだが、昔からやると決めたことはすぐに実行に移す性格なのだ。

 問題はその性格が災いしたのか、とにかく計画というものを建てるのが苦手だった。私は悩み抜いた末、彼を毒殺することに決めた。

 計画の手筈はこうだ。まず彼氏を誘って山にハイキングに行く。目的地の山はキノコ狩りで有名な場所を選んだ。そして山頂で採ったキノコを調理して食べる。その際に予め用意した毒キノコを料理に混ぜ、彼を不幸な事故に見せかけて殺すのだ。

 我ながら完璧な計画だ。私は、自称残業中の彼に電話を掛けた。



 その男は殺人計画を考えていた。きっかけは自身の浮気だった。幸い彼女には気がつかれていないようだったが、他の女と付き合うとなるといずれは邪魔になってくる。

 そんなことをするぐらいならば、別れればいいじゃないかと思うかもしれない。しかし彼女と付き合って5年、周囲の目がある。もう両親もそれとなく催促してくるし、彼女の方も直情的な性格なので浮気をしている、なんて言ったら何をされるか分かったもんじゃない。

 男は悩み抜いた末、彼女を転落死させることに決めた。

 計画の手筈はこうだ。彼女を誘って山にハイキングに行く。目的地は、今の季節だとキノコ狩りが有名な山がいいんじゃないだろうか。そして、キノコ狩りに夢中になった彼女をそれとなく崖に誘導し、そこから突き落とすのだ。警察には不幸な事故だったと言えば良い。

 我ながら完璧な計画だ。 そう思った時、彼女から電話がかかってきた。



 あるカップルが山にハイキングに向かっていた。道中は生憎の雨模様だったが、どちらも今日の計画を中止しようとは言い出さなかった。そんな二人の思いが通じたのか、山につく頃には天気は好転していた。

 二人は山の中腹にある、キノコ狩りスポットで仲良くキノコを採取していた。男は真剣な表情でキノコをかき集めている女を、景色でも見ないかと言って崖際に連れ出した。

 開けた場所で女は男に向かって、

「私のこと好き?」

 と聞いた。

 男は山びこの代わりに

「大好きだよ」

 と返しながら女の背中を押そうとした。

 その時だった、男は雨のせいでできたぬかるみに足を取られ、崖から落ちてしまう。



 私は動揺していた。彼氏がキノコ狩りの途中で崖から落ちてしまったのだ。回り込んでで崖下に行ってみると、彼は意識不明の状態だった。

 私の頭の中こんがらがっていた。彼を殺そうとしていたものの、こんな形で死んでしまったら、わざわざ私が建てた計画も、苦労して入手した毒キノコが意味がないじゃないか。いや、それよりも本当に彼が死んでしまっても良いのだろうか。大好きだと言ってくれた彼を。


「ちょっと、こんなところで死なないでよ。こっちはせっかく準備したんだから。」


 私は計画外の出来事に焦ったのだろうか、それとも心の何処かに彼への愛が残っていたのか、必死に応急手当てをした。

 幸い、山の頂上ではなかったので携帯の電波が届き彼は無事に病院に搬送された。

 医師の話によるとどうやら、崖の高さが低かったようで致命傷ではなかったようだ。

 やがて意識が戻った彼は自らの浮気を告白し何度も謝ってくれた。私が必死になって助けてくれたことを病院から聞いて心を入れ換えたらしい。


 その後退院した彼との関係は進展し、できちゃった結婚を経て、5人の子供に恵まれた。

 そして私は今、通帳とにらめっこしながら、足りない養育費について頭を悩ませている。

 どうやら私達夫婦は、とことん計画性というものがないらしい。

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