戻る男

 男は20歳の誕生日を迎えた夜、今までの人生を後悔していた。

 まだ20歳だと周りは言う。しかし、もう20歳、人生の4分の1は過ぎているのだ。そしてここから40年、いやそれ以上の時間を労働という不自由に縛られなければならない。

 高校の時、もっと勉強しておけば良かった。中学の時、好きな娘に告白しておけば良かった。小学校の6年間の内にもっと楽しんでおけば良かったと。

「ああ、過去に戻りたい。」

男は呟く。時計は12時を回る。


 男はベットの上で目が覚める。あれ、俺はいつの間に寝たんだっけ。昨夜の記憶を思い出そうとしていると、携帯にメッセージが届く。

『明日お前誕生日だろ?どっか行かないか?』

友人からだった。

『俺の誕生日は昨日なんだけど』

『あれ、そうだっけ?』

『というか昨日、誕生日祝いだって言って散々俺のこと連れ回したじゃん』

『は?昨日お前と会ってすらいないだろ、寝ぼけてるの?』

寝ぼけてんのはどっちだよ。と思いつつ、試しにメッセージを上にスワイプすると、昨日のやり取りが跡形もなく消えていた。

 どういうことだ。俺は確かに昨日が誕生日だった。友人とも待ち合わせの連絡をして一緒に遊んだはずだ。日付を確認してみると、2日前の日付が表示されていた。


 どうやら俺は過去に戻っているらしい。

 男は3日後、カレンダー上では3日戻った後に自分の身に何が起こっているかを把握することができた。時計が12時になれば本来進むはずの明日にではなく、前日の起床時に戻されるらしい。

 そして、何よりも重要だと理解したことは、その日起こった出来事が、次の起床時には影響を及ぼさないのだ。

 つまり、友人に俺が置かれている状況を説明しても、次の朝には友人はそれを知らない。財布の金を全て使ったとしても、起きる度に元々その日に入っていた金額にリセットされる。

 これを利用すれば、例えば金が欲しい場合、予めギャンブルの結果を調べておけばその日に使いきれないぐらいの金が手に入る。そこまでしなくても、まとまった金が欲しければ、適当に借金すれば良かった。といってもその逆もしかりで、日付が変われば儲けた分はなかったことになるのだが。

 酒やタバコをいくら吸っても体に害はないのだ。男は違法な薬にも手を出した。

興味本位から犯罪もしてみた。万引き、不法侵入、器物破損、ある日12時を回る直前に友人を呼びだしてバットで殴った。だが、当然次の日にはなかったことになっていた。


 やがて男は10歳の誕生日を迎えていた。

 早く寝ろと言われる。適当に誕生日だから、と返事をしうるさい両親を黙らせる。

 最近は不自由になってきたなと感じる。学校を抜け、家を抜け出しぶらぶらしても、店には入れないし、警察に見つかれば何度も聞いた説教をされる。

だが、この巻き戻った10年間やりたいことはあらかたやりつくした。

「そろそろ、未来にいってもいいかもな。」

少年は歪んだ笑みを浮かべながらそう呟く。 

そして時計は12時を回る。


 男は目が覚める。だが、視界がぼやけている。体が思うように動かない。

誰かが周りで喋っているのが聞こえる。

「おい、こいつで間違いないか。」

「はい、しかし年齢の割に老けてますね。」

「こいつが人並みの人生を送ってきたと思ってるのか。窃盗、詐欺、強盗、殺人。間違いなく平成最悪の犯罪者だ。」

「10歳の誕生日に両親を殺して、逃走でしたよね。世間では悪魔の子と呼ばれてましたっけ。」

「しかし、こんな体で今まで捕まらなかったのが不思議だったんだ。」

「10月14日午前0時1分、犯人確保。」


男は悟った。ああ、10年分の清算がやってきたのだと。

「今度は真面目に生きる。頼むから過去に戻らせてくれ。」

男はそう叫ぼうとした。しかし、なにが原因なのかも忘れてしまった潰れた喉のせいで声にもならなかった。

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